第87話 激突 5

 僕の反撃によって身体中をボロボロにし、片膝を地面に着いて尚、こちらを鋭く見据えてくるような目を向けているミュータント・1に対して、僕は上空から具現化している翼の反動と、自分の体重も利用して一足飛びに殺到し、両手で保持している大太刀を水平に構え、間合いに入った瞬間、水平斬りに太刀を振り抜いて奴の首を切断しようとしたのだが・・・


『ガギィィィンーーー』


「っ!?」


あと僅かで奴の首に到達しようとしていた僕の太刀筋に、突然漆黒の何かが割り込み、その勢いを殺されてしまった。驚きに目を見開き、その原因を確認すべく、漆黒の棒を持つ存在を確認した。


「なっ?ミュータント・・・1《ワン》?」


『・・・・・・』


視線の先、漆黒の棒を振りかざして割り込んだ存在は、以前姿絵で見た姿と同じで、身長もジェシカ様より一回り大きいくらいと、事前に聞いていた情報と一致していた。その事実に、今まで自分が相対していた存在はミュータント・1ではなく別の個体、ミュータント・2《ツー》とでも言うべき存在だったのではと気がつかされた。


そして同時に、当初懸念されていたミュータントが複数存在しているのではないかという疑念が確信へと変わってしまった。しかも、個体によって姿形が異なるため、その能力にも違いがあるのかもしれない。そんな事を懸念して警戒している僕に対し、乱入してきた小さい方の奴は無言を貫きながらも、何となく憤怒した顔をしているような気がした。


「くっ!」


自分の大太刀を止められた事で、警戒のために一度その場から飛び退いて距離を取ると、小さいミュータント・1が、地面に膝を着いて俯いているミュータント・2の首根っこを掴むと、邪魔だと言わんばかりに後方へと投げ飛ばしていた。その間、奴は一度も僕から視線を外そうとはしておらず、僕も警戒は緩めなかった。


「ジール。これは想定外の事態ですわ。さすがに複数のミュータントを、一度に相手するのは無謀です。撤退致しましょう」


僕は奴らから距離を取ると同時に、殿下達が危険に曝されないようにと皆さんのいる方へ下がっていた。すると、レイラ様が震える声で僕にそう進言してきた。


「残念ですがレイラ殿下、あの小さい方・・・多分あれこそが報告にあったミュータント・1なんでしょうけど、逃げられる隙が無いような気がします」


僕は大太刀を構えながら、最大限の警戒をあの小さなミュータント・1に向けているのだが、ここにいる6人全員が無事に奴から逃げられるイメージが出来なかった。それは、あのミュータント・1から発せられている純粋な殺意が、常時僕に対して向けられているせいかもしれない。仲間意識が強いのか、ミュータント・2を倒す直前まで追い込んだ僕を警戒しての事か、逃がさないという意思をヒシヒシと感じた。


「ジール殿。正直オレ達は既に満身創痍で、全力で戦うことは難しい。そしてそれは、少なくないダメージを負っているジール殿も同様だろう・・・」


「僕は大丈夫です。まだ戦えます。殿下達はここから退避を。何となくですがあの小さい奴、僕以外は眼中に無いような気がするんです。こうして殿下達と話していても、動き出す気配もない。おそらく、待ってくれているんだと思います」


いつもの剛毅な話し方ではなく、焦燥感を浮かべながら訴えてくるジェシカ様に、僕は逃げて欲しいと伝えたが、そんな僕の言葉をキャンベル様は焦った声で否定してきた。


「だ、ダメです!ジール君も一緒に下がりましょう!あなただけ置いていくなんて、そんなこと出来るわけ無いでしょう!」


「そ、そうですよジールさん。あの小さい方が大きい方を庇っているようにも見えますし、今なら見逃してくれるかもしれないのです!」


キャンベル様の言葉に、ルピス様も同調する。ただ、2人ともあの小さいミュータント・1に完全に萎縮してしまっているような口調だった。大きい奴と比べると、あの小さい方の放つ雰囲気は強者のそれと似ているようで、キャンベル様とルピス様は自分達では敵わないと直感しているような気がした。


「キャンベル殿下、ルピス殿下、奴を良く見てください。視線は完全に僕の一挙手一投足を捉えています。ここは僕が何とかしますので、殿下達は一度下がって治療をーーー」


「ジルジル、死ぬ気なの?」


僕の言葉を遮って、パピル様が真剣な声を僕に向けてきていた。僕の視線は常にあの小さなミュータント・1へと向けているので、パピル様の表情は分わからないが、その声には悲痛な想いが感じられた。


「こんな所で死ぬつもりはありません。ただ・・・僕が全力を出そうと思うと、皆さん達まで巻き込んでしまう可能性もありますから・・・お願いします」


不敬かもしれないが、僕は言外に皆さんがこの場にいるのは足手まといになるということを告げた。怒られるかもしれないと思ったが、これまでの一連の戦闘で、皆さんではあのミュータント・1の攻撃に耐えられないだろうと確信してしまったからだ。僕の渾身の一撃を難なく止めたあの実力を見れば、下手をすると殿下達の命に関わるだろう。だからこそ僕は、一瞬後ろを振り返り、殿下達の顔を見ながらお願いの言葉を口にしたのだ。


「・・・そんな顔をされてお願いされては、余計この場を離れられません!そんな、死を覚悟したような表情をしないで下さい・・・」


僕の言葉にレイラ様は、泣きそうに声を震わせていた。僕は心配させまいと笑みを浮かべていたつもりだったのだが、どうやら表情を作るのに失敗してしまっていたようだ。しかし、だからといってこのままではまずい。あの小さい奴は既に具現化武器を構えてこちらの様子をずっと伺っているのだ。何かの弾みで戦闘に突入すれば、殿下達を気に掛けている余裕も無くなってしまうだろう。


こういった時、冷静な判断と決断を下せるであろうジェシカ様に、僕は少し声を荒げた。


「ジェシカ様!!皆さんを連れて行って下さい!」


「ジ、ジール殿!?しかし・・・」


「僕の今の実力では、皆さんを守りながらは戦えない!そして、皆さんでは奴に敵わない!」


「ぐっ・・・だ、だがオレは・・・」


僕の言葉に、尚も迷いを見せるジェシカ様に向かって、僕は懇願するように視線を向けた。

 

「ジェシカ様!・・・僕を信じてください」


「っ!・・・分かった。死なないでくれ、ジール殿」


「えぇ、約束します!」


ようやくジェシカ様は決意してくれたようで、拒絶する殿下達を諭しながら、この場からの退避を開始してくれた。キャンベル様とルピス様は最後まで抵抗していたが、最終的にはジェシカ様に抱えられるようにしてこの場をあとにしていた。



 皆さんの後ろ姿を見送った僕は、ゆっくりとした動作でミュータント・1へと向き直る。


「お待たせたました。始めましょうか?」


『・・・・・・』


言葉は伝わらないと分かってはいても、こちらの準備が整うまで動かないでいていくれたミュータント・1に対して、少しだけ敬意を持った口調で話しかけた。そんな僕の言葉に、やはり奴は無言を貫いていたが、僕の言葉を戦いの開始の合図だと理解しているかのように、奴の重心が少しだけ沈んだ。


その様子に僕は、具現化している武器を大太刀から刀へと戻し、正眼に構えていつでも動き出せるように奴を見据える。


既に先の戦闘でこの辺り一帯の木々はなぎ倒され、平原の様相を呈している。遮蔽物に隠れて奇襲を仕掛けるような事も出来ず、正々堂々、真っ正面からの激突が始まる。


「行くぞっ!!」


『・・・・・・』

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