第88話 限界の先 前編

「ハァァァァ!!!」

『・・・・・・』


 本物のミュータント・1との戦闘を開始してしばらく、連綿と攻撃を仕掛けている僕に対して、奴は冷静に攻撃を防ぐ。かと思えば、僕の隙きを突いて身体を入れ替え、とんでもない速度での連撃を繰り出し、防御に専念せざるを得ないような状況に追い込まれる。攻防は一進一退で、お互い如何に相手に隙きを見せないか、如何に相手の隙きを突くかに終始しているような状態だ。


(くっ!強い!あのミュータント・2と比べると、戦い方が人間的だ!しかも、具現化した武器を自由自在に振るってくるし、その膂力は老成体以上ときてる・・・これなら、あのデカいミュータント・2の方がやりやすかった・・・)


クルセイダーになってからも駐屯地での鍛練が中心だった僕には、圧倒的に実戦経験が乏しい。正直に言って害獣との戦闘よりも、対人での鍛練の方が多いくらいだ。それでも、動物的な本能で動く事が多い害獣の方が、相手の動きや視線から行動を推測し、虚実を織り交ぜた攻撃を仕掛けてくる対人よりも対処し易かった。


そんなことを内心で愚痴を吐き出しながらも、相手の戦力を分析していく。素早さも腕力もミュータント・2以上で、アルマエナジーの扱い方も全く異なっている。害獣の様な攻撃スタイルを見せていたミュータント・2と比べ、より人間的な戦い方で、体捌きも訓練を受けているクルセイダーのようだった。


現状は何とか拮抗しているような状態なのだが、何がきっかけで押し込まれるか分からない。刀を振るう一つ一つの所作さえも、細心の注意が必要とされる攻防が続いていた。


「はあぁぁぁ!!」


奴が地面の窪みで足を取られたように姿勢が崩れると、間髪入れずに首を狙って水平斬りを放つが、奴は背中の翼を動かし、あっという間に上空へ退避していく。


攻撃が空振った僕は、さして驚くこともなく奴を追うように空中へと飛び出し、またお互いの隙きを探り合う攻防に移行していった。地上との違いは、より立体的な軌道が出来るので、相手の周囲360度の何処からでも攻撃が仕掛けられるという点だ。足元から、もしくは頭上からという、本来の戦闘方法ではあり得ない攻撃手段が可能だが、それは相手も同様で、こちらも周囲360度の全てに注意を向けなければならない。


(くっ!一瞬たりとも気が抜けない!瞬きするのも危険だ!)


常に全神経を張り巡らせるようにして集中した攻防の中、ジリ貧になっていると感じていた。速度も力も拮抗し、アルマエナジーの強度でさえも優劣がつかない状況で、現状において最も重要なことは集中力を切らさないことだ。しかし、人間の集中力の持続時間には限界がある。特に今のような極限状態での集中を余儀なくされるような状況では、もって数十分が限界だろうと感じていた。


ミュータント・2との戦闘から考えても、既に10分以上の集中状態を継続していることを考えると、あまり猶予は残されていないだろうと考えていた。特に相手は人智を越えた存在なのだ。もしかすると集中力が切れることも、体力が切れることも、アルマエナジーが枯渇することすら無いのかもしれない。だからこそ、今の拮抗した状況を打破できるような何かが必要だった。


しかし、先程やったような具現化した弓を周囲に浮かべて一斉掃射したりすることは不可能だった。何故なら、そんな事に集中を少しでも割くような余裕が全く無いからだ。無意識で翼を具現化してもいたが、その根底にはそうだったら良いのにという願いが有ったからこそだ。今は僅かでもそんな事を思う隙きもない。


『・・・・・・』


そんなこちらの心情を知ってか知らずか、斬り結ぶ時に見える奴の顔からは、冷淡さしか感じなかった。そもそも表情というもの自体欠落しているような存在で、無表情を絵に描いたような奴なのだが、今はその顔が、僕の自滅を待ちわびているかのように見えた。



そしてーーー


「っ!しまっーーー」


 僕が連続攻撃を仕掛けた中で、大振りになってしまった一撃を見逃すこと無く、奴は僕の刀をいなし、体勢が崩されたところで腹部に強烈な蹴りを放ってきた。


具現化した武具での防御も間に合わず、身体に纏っているアルマエナジーによる防御のみになってしまい、その衝撃の勢いを削ぐのも叶わず、吹き飛ばされてしまった。


「がはっ!」


どれほどの距離を吹き飛ばされたのか認識できない内に何かに激突し、勢いが止まってそのまま力なく地面に落ちた。強打した時に肺を傷つけてしまったようで、呼吸をするにも息苦しく、吐血してしまった。


(ぐぅぅぅ・・・)


奴の攻撃の影響で、忘れかけていた腹部の痛みが倍増するように襲いかかってくる。油断すると意識が薄れていきそうなまでの激痛に、僕は両手で腹部を押さえ、歯を食いしばりながら耐えた。


精神が肉体を凌駕する。そんな話を以前聞いたことがある。肉体的には限界に達しているのに、それを強靭な精神力でもって押さえつけ、限界以上の実力を出す事ができる状態のことだ。その部分だけ聞けば凄い状態だと思うのだが、当然何のリスクも無い訳がない。


本来表面化している肉体的な痛みなどは、身体からの危険信号なのだ。それを無視して動き続ければ、悪化するのは火を見るより明らかだし、下手をすれば命にも関わる。更に、肉体の限界を無視して身体を酷使し続ければ、いずれ肉体が崩壊してしまい、再起不能になってしまうこともあるらしい。今の僕はまさにその状態なのではないかと思えるほど、身体が痛みに悲鳴をあげて、言うことを聞かなかった。


それでも、何とか顔を起こした僕は、自分が飛ばされてきた方向を確認する。すると、当然のように僕に追撃を加えるためだろう、奴が高速でこちらに飛行してきていた。どうやら僕に止めを刺すまで逃がすつもりなどないのだろう。


(精神的な疲労も限界か・・・身体もボロボロで、今奴に攻撃されると耐えられる自信が無いな・・・)


先程まで精神的な力で押さえつけていた身体の痛みは、その反動もあってか、尋常でないくらいの激痛が走っているし、そのせいでまたも具現化は解かれてしまっていた。そんな絶望的に過ぎる状況のせいか、僕の頬を涙が流れていた。


(皆さんを守ると言ったのに、これじゃあ・・・所詮、男の僕がこの大陸を救おうとしたのが間違いだった・・・いや、それ以前にクルセイダーになろうとした事さえ間違いだったんじゃあ・・・)


暗い考えが頭を過ぎり、次第に自分に対して否定的な思いが次々と思い浮かんでくる。


(僕なんかが変に力を持ってしまったから・・・王女殿下達と出会ってしまったから・・・)


段々と奴の姿が近づいてきているのにも関わらず、僕の思考はその迎撃を全く考えていなかった。むしろ過去を回想し、自分の死を受け入れていくような考え方になっていった。


(そもそも、僕が自由に生きたいなんて考えなければ、こんな事にならなかったかもしれない・・・大人しく普通の男性のように生きていたら良かった・・・)


懺悔の言葉を心の中で呟き、迫りくるミュータント・1の姿を確認し、僕は目を閉じた。全てを受け入れるように身体の力を抜くと、小さく口を開いた。


「レイラ様、ルピス様、キャンベル様、パピル様、ジェシカ様・・・すみません・・・さようなら・・・」


『ーーーーーっ!!!!!』


別れの言葉を口にした直後、突然の爆発が起こった。耳を劈く轟音にも関わらず、自分の身体はその衝撃を感じてはいなかった。不思議に思い目を開くと、そこには誰かの背中が見えた。


「うおぉぉぉ!!!ジール殿はオレが守る!!!」


「・・・ジェ、ジェシカ・・・様?」


「私だって守ってみせる!!」


「絶対に守るのです!!」


「パピルが助けるんだから!!」


「み、皆さん・・・」


ジェシカ様は大きな盾の様なものを持ちながら、僕の前で爆発の衝撃から守ってくれているようだ。左腕は骨折していたのだろう、添え木をしている状態で、右腕と身体全体を使って衝撃を抑え込んでいる。そんな満身創痍な様子は他の皆さんも同様のようで、あちこちに包帯を巻きながらも、爆風から僕のことを守ってくれていた。


驚きながらも周りを確認すると、僕が激突して止まったのは、ダイス王国特製のコンクリートで出来た障壁だった。つまりここは何処かの防衛ラインということになるが、他にクルセイダーの人達が居ないことを考えると、おそらくは最初に害獣を誘い込んだ第一防衛ラインなのだろう。しかし、ミュータント・1と戦闘していた場所からはかなりの距離があったと思うのだが、それほどまでに僕が吹き飛ばされてしまったということなのだろう。


僕が現状確認をしている間にも、爆発音が絶え間なく聞こえてくる。ミュータント・1の様子は皆さんの背中と盾で完全に見えないのでどうなっているか分からないが、この程度では傷を負わせることすら難しいだろうと考えた。それと同時に、強引に退避してもらった殿下達をまた巻き込んでしまっていることに悲観した。


(どうする・・・どうする・・・)


自由に動かない身体に焦りながらも、ここからどうやって殿下達をもう一度避難させるか、僕は絶望的な思いで考えを巡らせたのだった。

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