第86話 激突 4
ーーー最終防衛ラインーーー
時は少しだけ戻り、ジールと各国の殿下達が戦う場所から距離を離した場所にある最終防衛ライン。第二防衛ラインまでに十分な数の害獣を誘き寄せ、そこから更に最終防衛ラインを3つに分散することで、予想以上の数の害獣やその老成体が襲ってきても対応できるように、敵戦力を分散する目的で最終防衛ラインを分けている。
当然ながらこちらの戦力も分散されてしまうが、それでも一ヶ所で老成体を複数体相手にするという状態は現実的ではない。スペースの関係や同士討ちの可能性もあるので、4・5百人づつ3ヶ所で人数を別けた方が効率的だと考えられた結果だ。
それぞれの防衛ラインの指揮官は、各国の序列1位のクルセイダーが担っており、その中のリーグラント王国の序列1位が指揮官を勤める最終防衛ラインで異変が確認されたのだった。
「で、伝令!」
「どうした?また害獣の増援か?」
妖精族のサポーターが、最終防衛ラインの戦場で積極的に先頭に立ちながら、戦闘と指揮を同時にこなしている同じく妖精族序列1位の女性に対して、焦った表情を浮かべながら駆け込んできた。
実は先程から同じように伝令が走り込んできていて、後方からの害獣の増援を知らせに来ていたこともあり、彼女はまた同じ報告なのだろうと、内容を予想したように聞き返した。しかし、サポーターの女性は蒼白な顔をしながら、震える声で報告を行った。
「ミュ、ミュータント・1を確認!現在、この最終防衛ラインに向かって来ているとの事!接敵までおよそ30分!」
「っ!?バカな!!ミュータント・1は確かに今、殿下達の班と戦闘を行っているという報告を受けていたぞ!?まさか、殿下達が敗北してこちらに来たとでも言うのかっ!?」
伝令の内容に、信じられないといった表情でその真偽を問う彼女だったが、続く報告に一瞬、頭の中が真っ白になる。
「報告から推測するに、別個体とのことです!殿下達が相対している存在の特徴は、先の報告から成長、あるいは進化したような姿だと思われていたのですが、実際には全くの別個体・・・ミュータント・2《ツー》とでも呼称すべき存在だったようです・・・」
「んなっ?」
「現在こちらに向かって来ている存在は、先の報告書通りの姿をしております。おそらく、奴こそがミュータント・1であると推定!」
「・・・まったく、最悪の想定ばかり現実になるんだから・・・」
その報告に、彼女は深いため息を吐き出しながら苛立った言葉を吐いた。
「あの?如何致しましょう?」
「ダイス王国とドーラル王国の序列1位は他の防衛ライン・・・ここの最上位クルセイダーは8人。現状は老成体を含めた奴等との戦力は均衡を保っている状況だけど、ここにミュータント・1が来たら一気に勢いを持っていかれるかもしれないわね・・・まさか、狙って手薄なここから潰しに?」
彼女は現状を言葉に出しながら自分の考えを整理していき、どのような対策・行動を取るべきかを判断していく。そんな彼女の様子に、伝令のサポーターは固唾を飲んで見守っていた。
「アルマ地雷の残数・・・アルマ砲の残機から・・・ここにいる害獣を、他の防衛ラインと合流させるわけには・・・」
彼女はブツブツと呟くと、すぐに結論を出した。
「迎え撃ちます!全サポーターはミュータント・1の予想進路上に大至急アルマ地雷を設置!同時にアルマ砲を2門移動させ、発射準備を整えなさい!」
「了解しました!他防衛ラインに対しての救援要請は如何致しますか?」
「現状報告に留めなさい!あちらもあちらで戦力に余裕は無いと聞いています。ここでバランスを崩されると、一気にやられますよ!」
「分かりました!すぐに周知いたします!!」
指揮官の命令に敬礼を返すと、伝令のサポーターは大慌てで走り出した。その背中を見送った彼女は、厳しい表情を浮かべながら空の彼方を見やった。
「どちらの個体が害獣を操っている?あるいは両方にその能力があるのか?それとも個体毎に能力が違うのか?どちらにしても、時間稼ぎをしていれば良い状況ではなくなったな・・・」
ーーー20分後ーーー
「アルマ地雷の敷設作業完了!」
「アルマ砲、発射準備完了です!」
本物のミュータント・1接近の報告から、司令官の彼女はこの防衛ラインに配置されている人員でどう対処すべきか頭を悩ませた。正直に言えば、今の複数の老成体と害獣の対処だけでも手一杯というのが実情だ。既に少なくない被害も出ていることから、これ以上ここの戦力を別の事に割く余裕は皆無だった。
しかし、確実に老成体よりも厄介なミュータント・1という存在を無視して、易々と合流させるわけにもいかない。その為彼女は、この防衛ラインでトップの実力者である自分と、序列10位前後の数人のクルセイダーを同行させるという少数精鋭での対応を決断をした。
当然、この程度の人員でミュータント・1を討伐出来るとは考えていない。今最優先すべきは、防衛ラインでの戦力バランスを崩させないことだ。ミュータント・1の合流で、一気に流れを持っていかれれば、最悪全滅の憂き目にあう可能性を考えると、ここで奴にこちらの実力を見せつけ、自分を追わせて合流を阻止するのが最善手と考えたのだ。
「よし。ミュータント・1の動向は?」
「進行速度変わらず、予定通りあと5分ほどで視認できる距離とのことです!」
司令官である彼女の確認に、伝令役のサポーターが駆け寄ると、端的に内容を報告した。現在彼女達は防衛ラインから5キロ程離れた地点の森林地帯にいる。大急ぎでアルマ地雷とアルマ砲を移動させ、素早く設置し、ミュータント・1を大木の影から窺うようにして待ち伏せている。
「アルマ地雷設置場所に来たら、合図を待たなくて良い。すぐに起爆しろ!アルマ砲は爆発の煙が引き、照準が付き次第、1発だけ発射だ!」
「了解しました!配置につきます!」
手早く最終の確認をサポーターと行うと、彼女は自身の引き連れてきたクルセイダー達に向かって口を開いた。
「貧乏クジを引かせてすまないが、君達の力が必要だ。といっても、無理をする必要は無い。危険だと判断したら全力で逃げろ!目的は、奴を防衛ラインの害獣共と合流させない事だからな」
「分かっています。それに、貧乏クジだなんて思ってませんよ。こんな重要な役を任せてくれるなんて、嬉しいです!」
「そうですよ!上手く行けば序列も上がって、可愛い男の子を
彼女の言葉に、同行しているクルセイダーは笑みを浮かべていた。若干自分の欲望をそのまま口にする者もいたが、それでもここにいる全員、強大な相手に対して恐怖を抱いている様子はない。覚悟が決まっているからか、実際にミュータント・1と対峙したことが無いからかは分からないが、士気は十分だった。
「ふっ!頼もしい仲間で安心したよ。では、頼むぞ!」
「「「はっ!!!」」」
そんなやり取りの直後、遠目に目標の姿が見えてきた。事前の情報通り、身長は2m程の
『ーーーーっ!!!』
アルマ地雷敷設場所にミュータント・1が足を踏み入れた瞬間、間髪入れずに爆破が起こった。その衝撃に、周囲の木々は吹き飛び、薙ぎ倒され、少し離れた場所で身を潜めているクルセイダー達も、爆風で身体が飛ばされないように歯を喰い縛っていた。事前に安全性の高そうな場所を見繕って隠れてはいるが、それでも完全に衝撃をやり過ごせるような場所は無かったのだ。
『ーーーーっ!!!』
続けて、爆発の煙がある程度晴れると、アルマ砲が発射された。耳をつんざくような音に聴覚がおかしく感じるが、司令官の彼女はすぐに身を潜めていた場所から少しだけ顔を出すと、攻撃の成果を確認した。
「・・・バカな・・・」
彼女が目にしたのは、強力な攻撃を受けたにも関わらず、悠然と立ち尽くしながらこちらに向かって歪めた口元から白い牙を見せているミュータント・1の姿だった。
「ま、まずい、逃げーーー」
そう指示しようとした瞬間だった。ミュータント・1の姿が消えたかと思うと、いつの間にか眼前に現れ、右腕を振り下ろそうとしていた。その手には、1m程の暗緑色をした棒の様なものが握られていた。
(くっ!具現化武器かっ!!)
咄嗟に彼女は後方に飛び退きながら、瞬時に2本のシミターを両手に具現化すると、交差させるようにして奴の攻撃から身を守ろうとした。
しかし・・・
「ごあっ!!!」
彼女のシミターは2本とも弾き飛ばされ、攻撃の勢いは衰えないままに、暗緑色の棒が避けきれなかった彼女の胸元を抉った。直撃したわけでは無いが、それでも人外の威力の攻撃に曝された彼女は吹き飛ばされた。
「なっ!?おのれっ!!よくもっ!!」
『・・・・・・』
司令官の彼女が吹き飛ばされたのを見て、同じ妖精族であるクルセイダーの一人が、激情も露わにレイピアを具現化して、ミュータント・1に襲いかかった。その様子に、ミュータント・1は表情を変えることなく、ただじっと見据えていた。
「やあぁぁぁ!!!」
渾身の力でもってミュータント・1を貫こうと放ったレイピアは、正確に喉を狙ったものだった。妖精族の彼女は身長差もあり、頭部は狙えなかったのだ。それでも、生物であれば呼吸をするため、喉を裂かれれば死ぬのは免れない。
しかしーーー
『キィィン!!』
「えっ?」
ミュータント・1は自らに迫り来るレイピアを冷静に見極め、喉に達する寸前で暗緑色の棒を無造作に振るっていた。それだけで、眼前のクルセイダーのレイピアの刀身を半ばから破壊し、甲高い音が周囲に響いた。突き込んだ姿勢で固まっている彼女は、何が起こったか理解できないような表情をしながら、折られた自らのレイピアを見つめていた。
「・・・っ!!ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それはまるで、断末魔の叫び声のようだった。具現化した武器を折られたのだと認識した瞬間、彼女は激痛に顔を歪めながら、のたうち回るように地面を転がっていた。やがて動かなくなると、身体をビクビクと痙攣させ、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃとなり、下腹部からは失禁してしまったのか、黄色っぽい染みが広がっていた。
「さ、散会!!正面から仕掛けるな!皆で連携して隙を突くぞ!」
「っ!りょ、了解!」
その惨状に、クルセイダーの一人が我を取り戻して声を荒げた。最上位の実力を持つはずの彼女でさえ、あっさりと具現化した武器を破壊されてしまったのだ。まともにやり合っては瞬く間に全滅するだけだと理解したようだった。自分達の出来ることは、こちらに意識を向けさせ、当初の予定通りに防衛ラインの害獣と合流させないことだけだった。
しかしーーー
「ぐあっ!!」
「ぎゃっ!!」
「ごふっ!!」
ミュータント・1から距離を取りつつ、攻撃の隙を図ろうと動き出したクルセイダー達に向かって、ミュータント・1は一瞬で距離を詰めたかと思うと、次々に彼女達をなぎ倒していった。先の光景が脳裏に過っていた為か、彼女達は相手の攻撃を具現化武器で受けようとはせず、アルマエナジーを最大限身体に纏わせつつの回避を選択したのだが、鎧袖一触を体現しているようなミュータント・1の攻撃に、次々と倒れていった。
「・・・みんな・・・」
司令官である彼女が痛む身体を引きずりながらも元の場所へと戻ると、そこには無惨に地面に転がるクルセイダー達がいた。生死は不明だが、その傷だらけの身体を見れば、良くて再起不能の重傷だと思わせるものだった。
『・・・・・・』
そんな状態にした張本人であるミュータント・1は、まるでゴミでも見るような冷めた視線でクルセイダー達を見下ろしているようだった。その様子に彼女は激怒したが、自分の怒りを深く沈めるために大きく息を吐くと、重心を落とし、もう一度具現化したシミターを両手に構えた。
「・・・死ねっ!!」
明確な殺意を持って、彼女はミュータント・1へと殺到する。勝てるか、勝てないかではない。自らの命令に、嫌な顔一つせずに同行してくた彼女達をあんな目に遇わせたのだ、このまま何もせずにおめおめと引き下がれはしなかった。
『・・・・・』
そんな彼女に対してミュータント・1は、特に構えるでもなく、無機質な視線を向けているだけだった。
「シッ!」
真っ正面から突撃した彼女は、お腹の辺りで腕を交差させるようにして2本のシミターを引き絞ると、ミュータント・1の腹部目掛けて武器を交差しながら横薙ぎに放った。そんな彼女の攻撃にカウンターを合わせるようにミュータント・1が蹴りを放つ。しかし、そんな攻撃を予期していたように彼女は攻撃途中にも関わらず身体を右に回転させるようにして回避すると、遠心力を上乗せした一撃を、ミュータント・1の横合いから放った。
「はぁぁぁ!!!」
裂帛の気合いを上げ、当たると確信した彼女の攻撃はしかし、一瞬で眼前から姿を消したミュータント・1に対して、虚しく空を斬るだけの結果となってしまった。
「なっ!?何処へ?」
次の瞬間、自身の頭上からとてつもない衝撃が加わったと思うと、地面に倒れ伏すこととなった。
「がっ!!」
肺の中の空気を強制的に出され、苦痛に顔を歪めると、自分がミュータント・1に上から足で押さえつけられているのだと察した。
『・・・・・・』
女性がなんとかミュータント・1の方へ視線を向けると、相変わらずの冷たい瞳がそこにはあった。そして、無造作に手に持っている暗緑色の棒を掲げると、そのまま彼女の頭部へと振り落としてきた。
「くっ!」
その瞬間、死を覚悟しつつも、何の意趣返しも出来なかったことに悔しさを噛み締めながら、振り落とされる暗緑色の棒から目を背けた。しかし、いつまで待っても自らを命を刈り取る一撃は訪れなかった。
「・・・?」
怪訝に思い目を開けると、ミュータント・1は何処か彼方の方へ顔を向けており、何となくだが焦りの色が見てとれた。そして次の瞬間には、今止めを刺そうとしていた彼女の存在など眼中に無いとでもいうように、この場から消えるようにして姿を消した。
「た、助かった・・・の?」
痛みに悲鳴を上げる自身の身体に鞭を打って立ち上がると、ミュータント・1が去って行ったとみられる方向に視線を向けた。
「いったい何があったというの?あんなとんでもない存在が、焦りを浮かべるなんて・・・」
信じられないといった感情が沸き上がりながらも、自分の今すべきことに考えを改める。
「とにかく、皆の生存確認と治療をしないと。それと、ミュータントは最低2体いるという情報も共有しなければ・・・」
彼女はヨロヨロと歩き出すと、倒れ伏しているクルセイダー達の容態を確認する為、行動を開始したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます