第85話 激突 3

「うおりゃぁぁ!!」

「はぁぁぁぁ!!」


 奴の攻撃のせいで空中に貼り付けになっていると、地上の方から裂帛の気合が聞こえてきた。その方向に目を凝らして見ると、身体中ボロボロになったジェシカ様が大剣で斬りかかり、同じくレイラ様が槍を突き込んでいた。


しかしーーー


「くぅぅ・・・」

「うぅぅ・・・」


2人の攻撃はやはり、奴の身体の寸前で完全に停止しており、かすり傷すらも付けられていないようだった。


「このおぉぉ!!」

「せやぁぁぁ!!」


その状況に、更にキャンベル様が剣を袈裟斬りに振り下ろし、パピル様が刀身を伸ばしながらレイピアで突き刺そうと踏み込んでいたが、やはり2人も奴の防御を突破することは叶わなかった。


「やぁぁぁぁ!!」


そして、ルピス様が奴の頭上に飛び上がると、二刀流の剣を交差させるようにして、落下の勢いも利用した攻撃を仕掛けていた。しかし、5人がかりでも奴の防御を突破するには至らず、ルピス様はそのまま奴の頭上に留まるような格好になっていた。


(皆さん・・・)


既に奴の一撃を受けてしまい、満身創痍に見える皆さんの決死の表情に、自分の力の無さが悔しかった。


よく見れば、ジェシカ様は左腕が変な方向を向いており、大剣を右手一本で振り回している。レイラ様は頭を打ったのか、額から鮮血が滴り、銀髪を赤く染めている。キャンベル様は足を引き摺るようにしており、太股の辺りから血が零れている。パピル様は服の大部分が血で滲んでおり、ルピス様も腕や足の素肌が見える部分が赤黒く変色していた。


(こんな程度の痛みで・・・)


脇腹の痛み程度で具現化すら出来ないでいる自分と、皆さんも奴の攻撃で激痛を感じているはずなのに具現化しているという、精神的な強さと対比した自分の弱さに打ちひしがれ、自分自身が許せなかった。


何よりも皆さんのその表情から、奴の攻撃で動けないでいる僕を助けようとする為のものだという事が嫌というほど理解できた。


(こんな身体の痛みより、今はもっと大事なことがある!!奴が軽く腕を払うだけで、とんでもない威力の攻撃になるんだ。次に殿下達が奴の攻撃を受けてしまったとしたら・・・)


具現化したアルマエナジーを纏っているにも関わらず、たったの一撃で骨折や裂傷を負ってしまったのだ。もう一度攻撃を受けた際の結果なんて考えたくもなかった。


そう考えていると、奴の瞳が自分に攻撃を加えてきている殿下達の方を向いたような気がした。その瞳には、脅威を感じているようなものではなく、単に鬱陶しがっているような感情を浮かべているような気がした。

 

(駄目だっ!やらせないっ!!)


奴の重心が僅かに落ち、何か行動を起こそうとしているのだろうと察した。それはこの状況において、殿下達へ攻撃を加える為のものだろうという考えに至った僕は、途轍もない焦燥感に駆られた。


(守らないとっ!殿下達が僕を守ろうとしてくれているように、今度は僕が殿下達を守るんだっ!!)


そう決心した瞬間、不思議と今までの耐え難い身体の痛みが引いていき、周りの景色が急激に色褪せ、奴と殿下達の姿だけが僕の瞳に鮮明に映った。その光景は、とてもゆっくりと時間が流れているように感じ、奴が長い尻尾を殿下達に叩きつけようとしているのが見えた。


「―――っ!!!」


僕は小さく息を吐き出すと、具現化した複数の水色のレイピアを上空から殺到させた。殿下達が密集している状態の為、正確で繊細な制御が必要だったが、何故か今の僕には具現化したレイピアが、全て狙った場所に命中しているイメージがはっきりと浮かんでいた。


『ギギャギャ!?」


狙い通り攻撃途中だった奴の尻尾に全て命中し、その衝撃もあってか、奴は殿下達から少し離れた地面に倒れ、尻尾は地面に結いつけられている状態になった。その状況に、奴は何が起こったのか理解していないような声を漏らしていた。


(・・・奴の身体に纏うアルマエナジーは、さっきまであんなに強固だったのに・・・不思議だ、今はまるで障害に感じない)


僕の放ったレイピアは、奴の太い尻尾をあっさり貫通している。先制攻撃で放った貫通力に長けていたはずの弓矢でも拮抗していたはずなのに、今回は手応えがまるで無いかのようだった。


「ジール・・・さん?」


今の自分の状態に少し首を傾げていると、下からルピス様が怪訝な声で僕の名前を呼んでいるのが聞こえた。


「ルピス様、レイラ様、キャンベル様、ジェシカ様、パピル様・・・もう大丈夫です。後は僕が」


僕は落ち着いた心で殿下達の顔を順々に見ながら名前を呼び、奴は僕が倒すと宣言した。ただ、そんな僕の言葉に対してなのか、殿下達は目を見開いて驚きの表情を浮かべている。


「ジ、ジール・・・あなた、空を飛んで?」


「えっ?」


レイラ様の言葉に、改めて今の状態を確認するために自分の身体に目を向けた。気づけば奴の攻撃は収まっているのに、僕はずっと空中から下を見下ろしていた。この方が視界が開けているので、単に見やすいと思っていたのだが、どうやら僕は空を飛んでいるらしい。


気になって背中の方を確認すると、なんと自分の背丈以上の大きさの純白の翼が、自分の背中から生えるようにして存在しており、ゆっくりと上下に動いていた。これではまるで、レイラ様が描かれたあの絵の人物のようだ。


(この場所からの方が全体を俯瞰できるとは思ったけど、無意識に具現化したのか?でも、イメージも集中もしないでそんな事が?いや、今はそんなことより、奴を倒すことの方が先決だ!)


既に出来ていることに対して考えを巡らせても仕方ないと思った僕は、すぐさま思考を切り替えて、地面に結い付けられている奴の方へ視線を戻すと、尻尾を引きちぎりながら立ち上がったところだった。


『グギャーーーーー!!!』


痛みからか怒りからかは分からないが、奴は僕に向かって憤怒したような表情を浮かべながら咆哮をあげると、背中の翼を羽ばたかせて、殴り掛かるような体勢で僕のいる上空へと飛翔してきた。


「シッ!!」


具現化した刀を手に持ち、奴の動きに合わせるように、右薙ぎに水平斬りで振り抜こうとすると、奴は右腕を挙げて僕の斬撃を防御するような姿勢を取った。左の拳は腰の辺りに溜めた姿勢のままなので、僕の攻撃を受け止めると同時に、カウンターで放とうと考えているのだろう。先程までの攻防なら僕の武器は奴の防御を突破できていなかったので、その選択も分からないではないが・・・


「僕のレイピアが、お前の尻尾を串刺しにしたことを忘れてないか?」


嘲りを込めた僕の言葉を奴が理解出来るとは思えないが、吐き捨てるような声と共に刀を振り抜いた。


『グゲッ?』


斬り飛ばされている自分の右手を見ながら、奴は呆けたような声をあげた。その隙を逃さず、返す刀で斜め下から逆袈裟斬りに、左上段へと連撃を仕掛ける。


『グギャッ!!』


しかし、さすがに一筋縄ではいかないようで、奴は喰い縛った歯を見せながら僕の攻撃を瞬時に後退して避けてみせた。さらに、僕の周りを覆い尽くすように再度の具現化攻撃を仕掛けてくる。


「・・・邪魔だ」


自分の周りに、奥の景色が見えなくなるほどの密度で展開されている奴の具現化した牙や角に対して、僕は冷めた心でポツリと呟いた。すると、僕の周囲に無数の弓矢が出現し、自動的に弦を引き絞ったかと思うと、全方位に向けてそれは発射された。


『グギュルゥゥゥ!!』


僕の反撃に対して、奴は自分の正面に半透明の巨大な盾のようなものを出現させ、自らが具現化した牙や角を破壊して尚自分の方へ向かってきている矢を必死に食い止めている。しかし、全ては止めきれなかったようで、奴の身体は少しずつ削られていき、やがて地に落ちていった。


(・・・奴の具現化武器で威力が多少削がれてたかな?やっぱり遠隔攻撃は威力が落ちたり、方向を逸らされるのが難点かな。となると、直接攻撃の方が確実かな)


奴が僕の攻撃を防いでいる様子を見ながら、そんなことを考えていた。既に僕の思考には、奴は脅威として映っておらず、どうやって討伐しようかという考えしかなかった。


(苦し紛れに殿下達に手を出されても困るし、早々に決着をつける!!)


僕は殿下達の居る方を一瞬確認する。僕の攻撃の影響を受けないようにと、地面に対して放った矢については、着弾するかなり手前でアルマエナジーが霧散するようになっており、まるでそこだけ大規模な戦闘など起こって無いようだった。


殿下達は僕の戦闘の様子に食い入るような視線を向けており、皆さん心配したような表情を浮かべていた。そんな殿下達の様子に、僕は内心笑みを浮かべた。


(心配しなくでも大丈夫です。もう終わります!)


そう考えると同時、僕は手に持っている刀を変形させ、攻撃範囲の広い大太刀とした。その刀身は僕の背丈程もあり、今度はそう易々と攻撃から逃さない。


「さぁ、これで終わらせる!」

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