第16話 ルピス・エレメント 1
実技の相手がいない・・・
キャンベル殿下が学園を卒業されて以降、実技の授業で僕の相手を勤められるクラスメイトがいなくなってしまった。最初はキャンベル殿下に次ぐ実力の持ち主になると思っていたのだが、実はこの数ヵ月に渡って常にキャンベル殿下と切磋琢磨していた僕は、いつの間にか学園2位の実力になっていた。
もちろん制御の方は依然として拙いままなのだが、それを補って余りあるほどのアルマエナジーの量と強度で群を抜いていたらしい。その為、現在では僕が首席となってしまっていて、僕の強度に対して耐えられる相手が居ないということになってしまったのだ。
当初は、僕の事を応援してくれていたクラスメイトが相手役を買って出てくれたのだが、強度を計ったり、強弱を計測することは出来ても、模擬剣等を使った試合の相手が出来るものはいなかった。
そして新年も明け、一日一日と過ぎていく中、このままではこれ以上の成長が見込めないと危機感を覚えるほどになってしまい、母さんに相談すると、「なら、実戦で学ぶわよ」と言われた。ちょうど来週から学園は、新年度を迎えるにあたっての2週間の長期休暇に入る。母さんもクルセイダーの駐屯地で参謀として勤めているが、わざわざ僕に合わせて1週間の休みを取ってくれるというのだ。
僕の誕生日が7月だということを考えれば、残された猶予はあと4ヶ月弱。一応15歳を過ぎても、キャンベル殿下との約束でサポーターへの道が残っている事もあり、その仕事をしながら奇跡を信じて具現化に挑み続けるという事も出来るが、僕としては何としてもあと4ヶ月の内に具現化を果たしたかった。
学園は休みに入り、僕と母さんは人狼国との国境付近にある、害獣蔓延る深い森、”夕闇の森”へと出掛けることになった。
夕闇の森への移動は、アルマエナジーを燃料とした車という6人乗りの乗り物で、300㎞程の距離を約6時間を掛けて移動した。食料やテントなどの野営に必要な荷物も全て車に乗せて運ぶことができ、快適な道のりで、目的地には昼過ぎに到着することができた。
「着いたわね。ここからは徒歩で移動することになるわ。鍛練として、常にアルマエナジーを顕在化して移動速度を上げ、夕方までにはこの森の中層に向かうわよ」
森の入り口には車を停める広場があり、そこで昼食を食べると、早速移動を開始することになった。
母さんは大きなリュックに詰め込めるだけの飲料水と調味料等の重いものを、僕は着替えなどの比較的軽いものをリュックに詰め込んで森の中へと入っていった。
母さんも僕もアルマエナジーを顕在化させて身体能力を強化して森を突き進んでいくのだが、僕の方が分厚く垂れ流している状態なのに対し、母さんは身体に薄く纏っている状態だ。
パッと見、より多くのアルマエナジーを身体に纏っているように見える僕の方が高い身体能力を発揮しそうなのだが、僕は母さんが進む速度に付いていくのも精一杯で、見失わないか不安に思ってしまうほどだった。
2時間ほど母さんに必死で食らいついていく頃には息切れもしだし、僕は身体中びっしょりと汗をかいていた。アルマエナジーが枯渇してきたのではない、単純に身体を動かすのに必要な体力が足りないのだ。
母さんはそんな僕の様子をチラッと確認すると、移動の速度を緩めて僕に声が聞こえるように距離を詰めた。
「あと30分もすれば湖畔が見えてくるわ。そこで休憩にするから頑張りなさい」
「わ、わか・・った・・」
息も絶え絶えになりながらも、30分後には休めるという希望を胸に、何とか必死に足を動かした。
僕の移動速度が遅かったせいか、結局湖畔が見えてきたのは、それから1時間近くも経った頃だった。
「はぁはぁ・・・はぁは・・・はぁ~」
呼吸するのも一苦労するような状態まで追い込まれた僕は、湖畔のそばで大の字になって横たわっていた。そんな僕の様子を尻目に、母さんはリュックから水筒を取り出すと、仰向けに倒れている僕の隣に置いてくれた。
「かなり水分を失っているから、しっかり補給しておきなさい」
「わ、わか・・ったよ・・・」
同じ距離を同じような速度で走っていた母さんは、多少汗はかいているものの、僕のような無様を晒すことなく平然としている。これが技量の差、制御の差なのだろう。いくら量があるからといっても、制御できなければ意味がないのかと少し沈んだ気持ちになってしまった。
「・・・安心しなさい。ジールは既にそこいらのクルセイダーよりも実力は上よ?」
「えっ?ど、どういう・・こと?」
僕の心情を察したように、母さんは優しげな表情で語りかけてきた。その言葉に、少し回復してきた僕は、上体を起こして聞き返した。
「森の入り口からこの湖畔まで、3時間以内に到着すること。それがクルセイダーとなった時に最初に課される訓練よ」
「さ、3時間以内?えっと、僕はここまで来るのに・・・」
「およそ3時間ね。まぁ、この訓練は9割方の新人は時間内に間に合うことがないわ。求められる技量と自分の実力を確認する事と併せて、新人の鼻っ面を一度へし折っておくのが目的ね」
太陽の位置の推移から、ある程度の時間経過を確認しようとした僕に、母さんは半笑いを浮かべながらそんなことを説明してきた。
「は、鼻っ面を折るなんて、何でそんなこと?」
「クルセイダーというのは、この世界中で見てもエリート中のエリートよ?見習いとはいえクルセイダーになれた人物は、どうしても心に驕りがあるもの。それは慢心になり、実戦では隙に繋がってしまう。だから、自分の実力を過信しないようにという戒めを込めた洗礼ね」
「な、なるほど」
「どんな形であれ、ここまで付いてこれたことは誇って良いわよ!」
「で、でもそれだと、自分の実力を過信しちゃうんじゃ・・・」
「よく覚えておきなさい!自信と過信はまるで違うわ。自らの実力を正確に把握して自信とすることで、動きは良くなるものよ。逆に過度に自分を卑下することは、動きを固くしてしまう。今のあんたはもう少し自信を付けても良いわ!」
母さんがここまで真っ直ぐ僕の事を褒めるのも珍しかったので、目を見開いてその言葉に聞き入っていた。
「ありがとう母さん。僕、もっと頑張るよ!」
「ま、最後まで足掻いてみなさい」
しばらくの休憩の後、更に森の奥へと向かった。既にこの辺りは中層らしく、猪などの多くの獣が蔓延っているような場所だ。ここまで来ると木の生えている密度が増し、まだ陽も暮れていないというのに、日没後のような薄暗い中にいるようだった。
夕闇の森という名前が付いた意味を知り、段々と光が閉ざされていく
「ど、どうしーーー」
「しっ!」
母さんの背中越しに僕が問いかけると、瞬時に僕の口を塞いである方向を指差した。
「・・・・・っ!!」
母さんが指差す先、その方向に目を凝らしてみると、かなり大きな影がゆっくりと動いているのが分かった。
あれはおそらくーーー
「害獣ね。あれは元は家畜だった豚の突然変異、ピッグディザスターよ」
小声で僕に説明してくれる母さんの声を聞きながらも、その姿をつぶさに観察する。
遠目からだが、体長は約5mの巨体をしており、その口には下顎から大きな牙が2本、存在感を主張するように天に向かって逞しく伸びている。体表は薄い焦げ茶色の体毛で覆われているが、灰色の地肌が見えている。4足歩行でのっしのっしと悠然と歩く姿は、この森の主のような威厳さえ感じた。
「お、大きい・・・」
「いえ、あれはまだ子供ね。大人ならあれの3倍は下らないわ」
「っ!!そ、そうなの?」
母さんの指摘にショックを受けた僕は、改めてピッグディザスターを見つめる。知識としてその存在を知っているのと、実物をその目で見るのでは、天と地ほどの差を実感する。この森の主のようだと感じていた存在は、実際には子供に過ぎないという。いかに僕の知見が狭いものなのかということを痛感させられた。
「ど、どうするの?」
「仕留めるわ。あいつらはすぐに繁殖するから、発見次第殺すのが定石よ。幸い、単独で行動しているようだし、危険性はほとんど無い」
そう言うと母さんは僕に下がるように指示し、アルマエナジーを具現化させた。
「顕現せよ」
具現化した輝く漆黒の刀を手にした母さんは、腰を落として力を溜め、いつでも動き出せるように構えていた。
「ジール、よく覚えておきなさい。害獣は急所である心臓を破壊するか、首を落とすのがセオリーよ。それ例外の方法では、あのバカみたいな生命力を持った害獣を倒すのは困難なの。序列の低いクルセイダー達は連携して討伐するけど、上位者になれば単独がほとんどよ」
そう言い残すと母さんは、目にも止まらない早さで害獣との間合いを詰め、上段に振り上げた刀を一気に振り下ろした。
『プギッーーー』
何が起きたのかも分かっていないような害獣の断末魔が、胴体から切り離された頭から発せられた。ドサッと頭部が地面に落ちると、続いて巨大な身体がゆっくりと傾き、やがて大きな音を立てて崩れ落ちた。
「・・・凄い」
これがクルセイダー元序列2位である母さんの実力と、今回の害獣よりも遥かに巨大な存在を相手にするのがクルセイダーの仕事かと思うと、無意識に身体が震えてくるようだった。
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