第17話 ルピス・エレメント 2

 母さんが豚の害獣であるピッグディザスターを討伐すると、すぐに血抜きと解体を行った。家で料理をしていたとはいえ、これだけの大きさの獲物の解体など経験はなかったので、母さん指導の元、四苦八苦しながら何とか解体していった。


本来こういった害獣の解体などはサポーターがしたり、血抜きした害獣をそのまま運び込んで業者に任せる事が一般的らしいが、僕らはこの森に鍛練をしに来ているので、とりあえずはこの解体した害獣のお肉が、当面の食料ということになる。


「・・・アルマ結晶だ」


胴体部分を解体していると、心臓付近から以前レイラ様に見せてもらった透明な球体のアルマ結晶が出てきた。大きさは親指の先ほどしかないが、何となくレイラ様との鍛練を思い出すので、感慨深いものがある。


「・・・その大きさじゃあ、売り物にもならないわね。捨ててもいいわよ?」


アルマ結晶をマジマジと見ている僕に、母さんは小さなため息と共にそう言ってきた。


「う~ん、記念に持っておくよ」


捨てるのは勿体ないと思った僕は、アルマ結晶を綺麗に拭くと、服のポケットに仕舞った。



 そうして解体も終わり、そのままここで野営をすることになった。学園の授業で学んでいたこともあり、テントを手早く設営し終えると、早速夕食の準備に取り掛かるために火を起こす。害獣のお肉については、今日食べる分以外を近くに自生していた抗菌作用のある大きな木の葉に包んで保存する。


害獣の血の匂いがうっすら漂う場所での野営に疑問はあったが、母さん曰く野生の獣よりも別格に力のある害獣の血の匂いは、格下の獣を寄せ付けないらしい。また、三種類の害獣は互いに縄張り意識が強く、警戒するとしたら同じピッグディザスターの襲来だということだ。それに、結構大きな音を立てて移動するらしく、きちんと警戒していれば問題ないと教えられた。


その説明に安堵した僕は、改めて調理を再開した。適当な大きさに切ったお肉に塩と胡椒、臭み取りに香辛料を振り掛けてフライパンで焼いていると、母さんがさっきの戦闘について色々と教えてくれた。


「さっきの害獣との戦闘だけど、あれは相手がこちらに気付く前に仕留めたからあれほど簡単だったのよ?」


「つまり、本来はもっと大変な戦いになるの?」


「そうよ。ちょうどいい機会だから、あなたに害獣の討伐について教えておくわね」


そう前置きすると母さんは、害獣の討伐方法や

その成体の特徴等について教えてくれた。


曰く、あの個体はまだ幼体で、敵意や気配の察知に疎かったが、成体ともなればそうはいかないらしい。こちらの気配を察せられた時点で、害獣は自身のアルマエナジーで身体を覆い、害意に気付けばこちらに攻撃を仕掛けてくるという。


しかも、エナジー量は人間とは比較にならないほど膨大なもので、相手のアルマエナジーを削りきるには、具現化した武器でなければ絶対に傷付けることは出来ない。


また、多少の手傷を負わせても、自身のアルマエナジーを身体に巡らせてすぐに回復してしまうので、間髪入れずに攻撃し続けるか、複数人で連携して攻撃を仕掛ける必要があるとのことだ。そして一番重要なことは、相手を殺すという明確な殺意を具現化した武器に乗せなければ、対象を切断することは出来ないのだという。


アルマエナジーは魂の力。攻撃の意思なく相手にエナジーをぶつけても、それではダメージは与えられない。相手に対する害意を持つことで傷付ける事ができ、殺意を持って初めて殺すことが出来るのだという。


では、具現化できない今の僕の状態で害獣の成体に出会ったとしたらどうするか。答えは、逃げの一手しかないようだ。顕在化して耐えるという手段も取れなくはないらしいが、当然ながら耐えるだけでは討伐は不可能。相手を攻撃する手段がなければジリ貧になるのは目に見えていると言われた。


「で、そんなジールを連れて来て、この森でどんな鍛練を行うかと言うと・・・」


「・・・言うと?」


何故か母さんは、勿体つけるような間を取って発言に注目させた。


「3日間、この森で生き延びてもらいます!」


「・・・生き延びる?」


母さんの意図が分からない僕は、首を捻りながら聞き返した。


「つまり、サバイバルね。3日間一人で飲み水や食料を確保し、この森で生きる。そういうことよ?」


「えっ?あの、持ってきた飲料水や討伐したこの害獣は?」


「当然、私の食料よ?」


「・・・・・・」


あまりの状況に理解が追い付かなかった僕は、「何を当然の事を言っているの?」と言うような母さんの顔を凝視しながら固まってしまった。


「大丈夫よ。人間、3日間飲まず食わずでも死にはしないわ。それに、最悪成体の害獣と出くわしても、ジールのアルマエナジー量なら十分身体を守れる。3日経ってもこの拠点の場所に戻ってこなかったら捜索してあげるから、しっかり生き延びるのよ?」


「・・・僕、死んじゃわない?」


「言ったでしょ?ジールのアルマエナジー量なら大丈夫!それに、あなたは普通の鍛練より、極限状態に晒してこそ成長が見込めると思うのよね・・・」


どうしてそう思ったのか理由を問い詰めたいところだが、既にこの森まで来てしまっている以上、何を言ったところで今更無駄なんだろうと、諦めにも似たため息を思わず吐いてしまった。


「スタートは、明日の日の出から2日後の日暮れまでよ。せめてもの情けで、今日の夕飯はお腹いっぱい食べてもいいわよ?」


「あ、ありがとう?」


母さんの優しいのか厳しいのかよく分からない言葉に疑問を浮かべながらも、夕食はお腹がはち切れる程の量を食べ尽くした。



 翌朝ーーー


「いってらっしゃい。気を抜かないようにね」


「行ってきます」


 僕を見送る母さんの顔は少し不安げな表情をしていたが、とにかくこれから3日間は自分の力で生き延びなければならないと、決意を込めて一歩目を踏み出した。


一先ずの目的地は、事前に母さんから教えられている場所で、20キロ程ここから離れた所だ。そこには小さな泉があり、魚も捕れるので、比較的簡単に水と食料が手に入るらしく、鍛練をするには最適だということで、そこに向かうことにした。


アルマエナジーを顕在化させながら慎重に歩みを進めていくと、3時間ほどで聞いていた泉に到着することができた。僕一人で母さんが居なかったからか、必要以上に周囲を警戒して進んでいたので、かなりの時間を要してしまった。陽の光を反射して綺麗な青色に色めく泉を前に、とりあえずその様子を眺めながら今後の3日間をどうやって過ごしていくか考えることにした。


「まず大事なのは、水と食料の確保。水はこの泉の水で問題無さそうだから、後は食料か・・・」


そう考えて泉の中を覗き込んで見ると、結構な大きさの魚が泳いでいる姿を見てとれた。とはいえ、問題はその泳いでいる魚をどうやって捕まえるかだ。釣りの道具はないし、手掴みするにもあれだけ素早いと難しいだろう。


「となると、アルマエナジーを応用して捕れないかな?」


しばらく泉の畔で腕を組ながらどうやって魚を捕ろうかウンウンと唸っていたが、最終的に思い付いたのは、泉に入って息を潜め、近くによって来た魚を掴み上げるというものだった。



 2時間後ーーー


「ダメだ~!!全然捕まえられない!!」


僕は泉から出て、大の字になりながら地面に横たわっていた。アルマエナジーで身体能力を向上させているというのに、まったく魚を捕まえることが出来なかったのだ。そもそも、息を潜めて待ち構えていたのに、魚が全然僕の方には寄ってこなかったのだ。仕方なく追いかけ回すようにしたのだが、水の中では魚の早さに追い付けるわけもなく、まるで魚に遊ばれているような感覚だった。


「はぁ・・・食料・・・どうしよう」


そこそこの時間魚を追いかけ回していたことで、僕のお腹は空腹を訴え始めていた。このままでは3日間水しか飲めないのでは、という危機感がじわじわと沸き上がってきた。


「そうだ!こんな森の中なら、キノコや野草なんかが生えているかもしれない!魚は一旦諦めて、そっちを探すことにしよう!」


考えを切り替えた僕は、泉の場所を記憶しながら、周辺に食べられるものが自生していないか、目を皿のようにして探しつつ、森の中を探索することにした。



 そうして体感的にお昼を過ぎた頃、遠くの方で『ズシーン!ズシーン!』という地鳴りかと思うほどの大きな音が聞こえてきた。


「・・・何だ?」


疑問に思った僕は、音の正体を確認しようと地鳴りの鳴り響く方へ近寄っていった。


「なっ!!!」


しばらく進んでいくと、前方に小山のような大きさの生き物が目に映った。


「何だこれ?大き過ぎるよ・・・」


その姿は間違いなく昨日母さんが討伐したピッグディザスターだが、大きさが比ではなく、目測で優に10mは越えているであろう巨大さだった。これが成体だとするなら、確かに昨日の害獣は子供だと理解できた。


しかも、そんな巨大なピッグディザスターが前方に3匹。森の木々を踏み倒して、そこだけ開けた平原のようになってしまっている。こんなのが人間の住む街に現れたらと考えると、確かに彼らは害獣と呼ばれるに相応しい存在だと、妙に納得してしまった。


「とにかく、ここから逃げないと。見つからないように、慎重に・・・」


母さんから、僕が害獣の成体に遭遇した場合は逃げろと言われていた。殺されることはないが、倒すことも出来ないのではどうしようもないからだ。もしかしたらアルマエナジーが枯渇する可能性も考慮すると、見つかってしまうのは危険だろう。そう考え、ゆっくりとこの場から離れようとしたのだが、その時、ある事に気づいた。


「・・・あれ?誰かいる?」


3匹のピッグディザスターの隙間から、茶髪のボブカットの少女の姿が見えた。しかも、驚くことにその少女の頭には、人狼族の特徴でもあるケモ耳を生やしたていた。

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