第15話 キャンベル・ドーラル 7
学園に通い出してから7ヶ月が過ぎ、14歳の年の11月になった頃だった。クラスメイトと共に昼食を食べている僕の元に、殿下が厳しい表情をしながら歩み寄ってきて、授業終了後に一人で演習場に来るようにという呼び出しを受けた。
一緒に食事をしていたクラスメイト達からは、「ついに直接対決して、どちらが上か決めるつもりかな?」と騒ぎ立て、僕も今まで何かと目を付けられていたこともあって、来るべき時が来たのかと覚悟を決めた。
そして授業が終わり、僕は殿下に言われた通り一人で演習場へ訪れた。既に演習場には殿下が腕を組みながら、仁王立ちして僕の方を見据えてきた。鋭い殿下の視線に、僕はすぐに目を逸らしてしまったが、それでも歩みを止めることなく殿下の元へと進んだ。
そんな僕らの様子は、どうやら昼食時にテーブルを一緒にしていたクラスメイトを中心に、あっという間に噂が学園内を駆け巡り、校舎の窓からは多くの生徒達が固唾を飲んで見守っている。
「来たわね!」
「お待たせしました殿下」
3mほどの間合いをとって殿下と相対すると、少し硬い表情になった殿下が口を開いた。時間通りに来たので待たせてはいないはずだが、一応礼儀として待たせたことについて謝意を口にする。
「いえ、時間通りよ。悪いわね、手間を取らせて」
「っ!?」
今まで僕に対して謝罪の言葉を一度も口にしたことのなかった殿下の対応に、僕は驚愕に目を見開いて固まってしまった。
「な、何て顔してるのよ!?」
「い、いえ。社交辞令でも、殿下が謝意の言葉を口にされるのを初めて聞きましたので・・・」
「わ、私だって悪いことをしたら謝るし、手間を取らせたら礼儀として謝意くらい口にするわよ!あ、あんたの前では、たまたまそういう機会が無かっただけよ!」
心外だとでも言わんばかりに頬を膨らませる殿下に、僕は頭を下げた。
「す、すみません。そんなつもりでは・・・そ、それで、僕を呼び出した用件は何でしょうか?」
このまま話していると、また殿下の事を怒らせてしまうかもしれないと考えた僕は、さっそく本題に入るように促した。
「そ、そうね。それを聞きたいわよね・・・」
「・・・???殿下?」
僕の言葉に頷き返した殿下だったが、急に目を泳がせながらそわそわし出すと、それから中々話し出そうとせずに俯いてしまった。そんな普段からは考えられない殿下の様子に、僕は困惑しながら問いかけた。
「・・・私と初めて会った時に交わした約束・・・覚えてる?」
「っ!もちろん覚えています。先に具現化した方が、土下座して相手の靴を舐めーーー」
「そ、そうじゃないわよ!何でも一つ、相手の言う事を聞くって約束でしょ!!」
僕が以前した約束を思い出しながら伝えると、殿下は言葉を遮って訂正してきた。
「えっと、元々はそうですけど、殿下がーーー」
「た、確かにそう言ったけど!半年以上も経てば、要求も変わるかもしれないじゃない!!」
「そ、それはそうですね。というか、その約束を今持ち出してきたということは、まさか・・・」
「ふん!そのまさかよ!!」
自信満々などや顔と共に放たれた殿下のその言葉に、先ほどから様子がおかしかった理由を察した。ついに殿下は、クルセイダーになる為の絶対条件である具現化に至ったのだと。
「良く見ておきなさいよ!私の具現化を!・・・『
その言葉を切っ掛けとして、殿下を漆黒のアルマエナジーが覆った。その直後、殿下の手には漆黒が美しい両刃の直剣が姿を現した。その様子に僕は息を飲み、校舎から見ていた生徒達からも驚きの声が聞こえるほどだった。
「これが殿下の具現化・・・」
「光栄に思いなさい!この具現化させた姿を人に見せるのは、あんたが初めてなんだからね!」
何故か殿下は頬を赤らめながらそう言い放った。理由は分からないが、その後殿下は具現化を解除すると、僕に歩み寄ってきた。あの約束の件を事前に確認してきたので、僕はどんな無理難題を言われるのかと身構える。
「約束通り、あんたに一つ言うことを聞いて貰うわよ?」
「分かりました。約束ですから。ただ、あまりにも無茶な事は遠慮して欲しいです・・・」
「そんな事言わないわよ!いい?私が将来一人前のクルセイダーになった時には、私のサポーターになりなさい!!」
僕を指差しながら声高にそう宣言してきた殿下に対し、一瞬意味が分からずポカンとしてしまった。
「・・・な、何とか言いなさいよ!」
しばらく僕が何の反応も示さなかった為か、殿下が苛立ちも露に顔を真っ赤にしながら問い掛けてきた。
「す、すみません。全く予想もしていなかった事を言われたものですから・・・でも、あの、殿下?僕はクルセイダーを目指しているのであって、サポーターには・・・」
「そんな事分かってるわ!でも、あんたは後1年もしない内に15歳になるでしょう?」
「そ、そうですね」
「それまでに具現化出来なければ、クルセイダーになるのを諦めて、一般の職業を目指すかサポーターになるかだけど、男であるあんたにそんな自由なんて無いわ!精々、将来の結婚に向けて家事の腕を上達させるように言われるだけね」
「・・・わかっています」
殿下の指摘に、僕は重々しく頷いた。この学園に編入した時点で、僕が自由を手に入れる可能性を掴めるかのカウントダウンは既に2年を切っていた。それは全て納得の上の事だったが、こうして面と向かってその事を指摘されると、焦る気持ちも生まれてしまう。
「だからもし間に合わなくても、私のサポーターを勤めていれば、あんたのその無駄に高い幸運でクルセイダーの道が開けるかもしれないわよ?」
何故15歳までに具現化出来なければクルセイダーになれないのか。それは、15歳を過ぎて具現化に至ったものが存在しないからだ。幼少期までに才能を開花させられなかったものは、クルセイダーの道を諦めるより他はない。それはサポーターとして働いたところで変わらないが、殿下は男性でありながら規格外のアルマエナジー量があり、既に顕在化していることで、例外的なことが起こり得るかもしれないと評価してそう言っているのだろう。
「そこまで殿下に評価していただけているとは、思ってもいませんでした。・・・そうですね、もし15歳までに具現化出来なければお願いするかもしれませんが、僕がサポーターになるのは迷惑ではないですか?」
いくら実力は評価されているかもしれないとはいえ、殿下は僕の事を煙たがっていたはずだ。そんな人物を常に共に行動することになるサポーターにするというのは、殿下にとって心労になるのではないかと心配した。
「・・・私があなたをサポーターに指名した意味、分かってる?」
「勿論です。殿下は僕の実力を評価して、将来国家の利益になるかもしれないと考えたのですよね?」
「・・・・・・」
殿下の問いにそう答えると、何故か苦虫を噛み潰したような表情をしてしまった。
「あの?殿下?」
何も言わずに剣呑な視線を向けてくる殿下に対し、僕が何か間違った答えを返してしまったのかと焦りを浮かべた。
「ふん!別に何でもないわよ!今のあんたに私の思惑を理解されても困るし!別に一生分かってもらわなくても良いし!」
「???」
急に怒り出した殿下に困惑してしまうが、何となく心の底から怒っているのではなく、表面的な怒りのように感じられたので、下手なことは言わずに沈黙を貫いた。
「で、あんたは15歳になっても具現化出来なかったら、将来私のサポーターになるって事で良いわね?」
ぶっきらぼうな殿下の言葉に、本当に大丈夫なのかと考えるが、僕としてはあと1年もなかった制限時間が延長されるという考え方で捉えることにした。
「はい。もしもの時にはお願いします」
「ふん!精々頑張ることね!あと、あんたには特別に私の事を名前で呼ぶことを許可するわ!これからは敬称の前に必ず名前を付けること!良いわね!?」
「えっ?良いんですか?」
突然の殿下からの申し出に、僕は目を丸くして驚いた。そんな僕の様子に、殿下は顔を真っ赤にして声を荒げた。
「か、勘違いしないでよね!これから先その敬称だけで呼ばれても、この国には3人もその敬称が付く人間がいるんだから!名前で呼ばれないと、誰を呼んでいるのか分からないでしょう!」
確かに殿下はこの国の第三王女なので、上に2人も王女殿下という敬称を付けなければならない人物が居る。学園内で呼ぶ分には他の人物と混同されることはないが、学園から出ればそうもいかないだろう。もっともな殿下の指摘に、僕は大きく頷いた。
「確かにそうですね。分かりました」
「わ、分かったなら良いわ。ちょ、ちょっと呼んでみなさいよ?」
「え?今ですか?」
「そう!今よ!」
「えぇと・・・キャンベル殿下?」
「っ!!」
僕が殿下の名前を口にすると、身体を硬直させるように固まってしまった。ただ、満足しているような表情を浮かべているので、何か僕が失礼を働いたということは無さそうだ。
「う゛、うん!中々よかったわ!」
「そ、そうですか。よかったです」
「せ、せっかくだから、今後は私もあなたの事を名前で呼ぶようにするわね?」
「はい。どうぞ」
しばらく硬直していた後、殿下から僕を名前で呼ぶからと確認するように宣言されたのだが、そんな必要も無いのにと思いつつ承諾すると、殿下は急に落ち着きなくソワソワし出して、僕の事をチラチラ覗き見るような仕草をしていた。
「・・・ジ、ジール・・君」
「はい。キャンベル殿下」
「ふ、ふふふ・・・」
「???」
何かが殿下の琴線に触れたのか、しばらくの間満足した表情でニヤニヤとした笑みを浮かべていた。そんなやり取りで結局その日は終わった。もしかしたら、殿下との今までの学園での関係に決着を着けるかもしれないと意気込んで来たわりには予想外の結末だったが、15歳までに具現化出来なくても自由への道は完全には閉ざされない可能性が出てきた。
もちろん、それに安堵すること無く日々の鍛練はしなければならないが、それでも精神的な余裕を持てたのは間違いなかった。
それから数日後、具現化に至った殿下は、クルセイダー見習いとなる為にこの学園を卒業し、王都の駐屯地へと配属されることになった。学園では盛大な壮行会が行われ、中には殿下との別れを惜しんで涙する学生もいた。殿下も貰い泣きのように涙を流し、感動的な様子で学園を旅立たれた。
その別れ際、周りの目を気にするように僕に近寄ってくると、「約束、忘れないでよね」と耳打ちしてきたので、「もちろんです」と答えると、僕の対応に満足した表情を浮かべて去っていった。
そして翌日以降、殿下の居なくなった学園で、僕は今後の実技の授業について、最大の問題に直面することとなってしまった。
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