第14話 キャンベル・ドーラル 6
翌日から実技の授業の際の相手は、本当に殿下と組むことになった。周囲のクラスメイト達はその状況に困惑した表情を浮かべながらも、興味深い視線を僕達の方へと向けて、時々何かを話している声が聞こえてくる。
殿下は、周りから向けられているそんな好奇の視線に渋い表情を浮かべながらも、集中を切らすこと無く真面目に授業を受けていた。
「ちょっと、どこ見てるのよ!ちゃんとやりなさいよ!」
「す、すみません!」
今日の実技は、アルマエナジーの制御の応用だ。顕在化するアルマエナジー量を増やしたり減らしたりといった調整をすることで、任意に使用量を調節し、戦闘時の無駄な消費を抑えられるようにするのが目的の鍛練だ。
この鍛練にはエナジー量を計測する道具を使う。15センチ程の筒状の道具で顕在化している相手を覗くと、その量が数値となって表示されるのだ。2人一組で行われるこの実技は、片方が顕在化している時、もう一方は記録係となる。10秒毎に強弱を調整して、その数値を記録していくのだ。
今は僕が殿下の数値の記録をする番なのだが、周囲の様子が気になってしまった僕は、周りに意識が向いてしまっていた。そのため、測定に対する意識が疎かになってしまっていたところを殿下に咎められてしまった。
「周りが気になるのは分かるけど、今は授業中よ!集中して!」
「すみませんでした!ちゃんと集中します!」
殿下の苦言に頭を下げると、大きなため息が聞こえてきた。
「まったく、よくそんな意識でクルセイダーに成りたいと思えるわね!これだから厳しい現実を知らない男子って嫌なのよ!」
「・・・・・・」
ぐうの音も出ない殿下の言葉に、僕は萎縮してしまう。そんなやり取りを見ていた周囲のクラスメイトからは、殿下に対する否定的な言葉が囁かれているのが聞こえてきた。
「なにもそんな言い方しなくてもいいのに・・・」
「男の子なんだから、ちょっとは大目に見てもいいのにね」
「ジール君、可哀想~」
周りからの言葉に、僕は居たたまれない気持ちになった。マリア先生から殿下の人間関係改善について仄めかされていたので、僕のせいで殿下に対する悪感情が生まれてしまうのは避けなければいけない。
(どうすれば皆が殿下に対して良い感情を持ってくれるんだろうか・・・?やっぱり、殿下が王族で真面目過ぎて、話し掛け難いっていう事があるのかな?それに、いつも気を張っているようで、目付きも鋭いし・・・そうだっ!)
僕はあることを思い付き、早速実行してみることにする。殿下に対して不敬になってしまうかもしれないが、この学園は実力が全てだということだし、最悪はマリア先生に何とかしてもらおうと考えた。
「殿下、アルマエナジー量の制御について少し確認したいのですが、よろしいですか?」
「何よ?」
僕の問い掛けに殿下は、周りから棘のある視線もあってか、ことさら険しい表情をしながら聞き返してきた。そんな殿下に対して僕は内心怯えながらも、それを感じさせないように意を決して口を開く。
「そもそもエナジー量の制御なんてしなくても、常に全開で顕在化すれば、どんな攻撃だって耐えられますから、意味がないのでは?」
「・・・はぁ!?あんた何言ってるのよ!?そんな事してたら、すぐにアルマエナジーが枯渇して昏倒しちゃうじゃない!知識がないにも程があるわよ!!」
「う~ん。でも僕は、その状態で一時間以上平気で攻撃を受け続けることも出来ましたから、量の調整ってしなくても良いかなと思うんですよね?」
「あんたね・・・緻密な制御が出来なきゃ、具現化なんて永遠に不可能でしょ!!バカなの!?」
「でも、僕は大して制御できなくても顕在化出来ましたし、もしかしたらこのままでも具現化まで出来ちゃうかもしれないんですよね~♪」
「・・・(ピキッ!)」
僕の煽る言葉に、ついに殿下の額に青筋が浮かんだ。それを確認した僕は、一気に畳み掛ける。
「そうだ!殿下、僕とどちらが早く具現化出来るか勝負しませんか?」
「・・・勝負ですって?」
「はい!より早く具現化出来た方が勝者で、勝った者は負けた者に何でも一つ言うことを聞かせられるというのはどうでしょう?」
「いいわ!その勝負、乗ってあげる!私が勝ったら土下座して、靴が綺麗になるまで舐めてもらおうかしら!」
「・・・では僕が勝ったら、逆に殿下にそれをやってもらいましょう!」
「ふん!後悔しても知らないわよ!?」
「大丈夫です!僕が勝ちますから!」
僕を射殺さんばかりの鋭い視線を投げ掛けてくる殿下に、背中を嫌な汗が流れていくが、それを悟らせないように努めて柔らかな笑みを浮かべる。演習場は一種異様な雰囲気に包まれていたが、先程までの殿下に対する悪意のあるような声は聞こえなくなり、僕と殿下とのやり取りを面白がる声や、王族に対して無礼なのではないかという声が囁かれていた。
(僕が悪役になれば殿下の評判は上がるはず。女性からの悪意の籠った視線は怖いけど、女性恐怖症を克服する為だと思って頑張ろう!)
この日から、クラスの雰囲気は大きく変わることになった。
元々クルセイダー養成学園に男子が来ることを良く思っていなかった人達は殿下の応援を、殿下の放つ近寄り難い雰囲気と優秀さを煙たがっていた人達は僕の応援を、興味はあるが巻き込まれたくない人達は中立という具合に。その比率は大体4:3:3といったところだ。
そうなっている事に対してエンデリン先生は、特に口を出すこと無く様子を見守っていた。マリア先生も、その状況を面白がっているようだった。
日が経つにつれて、僕らの関係性はいがみ合うような仲から、まるでライバルのような関係性へと変化していった。特に実技の授業中はそれが顕著に出ているようで、クラスメイト達は殿下や僕のことを応援しながら授業が進行していく様子が当たり前の光景になっていった。
殿下の僕への対応も、最初の棘のあるような感じから、次第に僕の実力を認めるようになり、ライバルである関係性であるにも関わらず、適宜助言もしてくれるようになった。僕も龍人族のレイラ様に教えられた中で役に立つような事があれば、それを殿下に伝えていった。
そして学園に編入して半年も経つ頃には、お互いがお互いを認め合い、互いに実力を高め合っていくような関係性が形作られていた。そして殿下の人間関係においても大きな変化がもたらされ、今までは孤独に昼食を食べていたりしていたのが、最近では常に友人と一緒にいるようになっていったのだ。
学園全体の雰囲気もどんどん変化していき、僕か殿下のどちらかを応援するのではなく、まるで僕らのやり取りを楽しむような盛り上がりを見せていった。そうしていつしか殿下からは、近寄り難い雰囲気や張り詰めた気配は消えていき、最近では笑顔を見せることが多くなっていった。
◆
side キャンベル・ドーラル
彼、ジール・シュライザーがこの学園に来てから、私を取り巻く環境が一変していった。今まで私の事を敬遠していた同級生達から、なんと声を掛けられるようになったのだ。最初の頃の話の内容は、ほとんど彼としたどちらが先に具現化できるからの競争についてだったのだが、次第に世間話などもするようになり、数ヵ月も経つ頃には休日に一緒に出掛けるような友人まで作ることが出来た。
その変化が、憎らしい彼によってもたらされたのだと思うと釈然としないものもあるが、それでも私は、この学園に入学して初めて充実した日々を過ごしていると実感している。制御は拙いが、馬鹿げた量のアルマエナジーを使って力業で実技の評価を貰っている彼と張り合うのも、その事を毎日愚痴混じりに同級生とお喋りしている事も、私にとっては新鮮で得難いものだった。
そんな日々の中で、段々と彼が女性しかいないこのクルセイダー養成学園に来たことに、僅かながら感謝さえし始める自分が居た。そんな感情を決定的にさせたのは、彼が編入してから半年程たったある日の出来事が切っ掛けだった。
「まったく、あいつの強度は本当に尋常じゃないわね・・・攻撃の角度が悪いと、こっちが身体を痛めちゃうじゃない」
私は授業終了後、廊下を小声で愚痴りながら保健室へと向かっていた。最近の私なら、友人達数人と連れ立って行くところだったが、この日はたまたま一人だった。
彼との実技はこのように怪我をすることも多いが、それでも自分の攻撃の欠点を教えられているような気がして、充実したものになっているという実感があった。だからこそ、彼に対していつも表面的には悪態をついて見せるが、本心ではそれほど嫌っているというわけでも無くなっていた。
(・・・ん?保健室に誰か居るわね)
保健室に到着し、ノックをしようと手をあげた瞬間、中から話し声が聞こえてきた。別に気にせず入室の許可をもらっても良かったのだが、聞こえてきた声の主が彼だったことで、私は何故か身を潜めるようにして扉に耳を押し当てていた。
『それでどう~?同級生達とは上手くやれてる~?』
『はぁ、まぁ、何とかなっているといったところです』
『最近は無くなってきたようだけど~、一時期は君への嫌がらせも凄かったっていうから、先生心配してたのよ~?』
『ははは。まぁ、自分で選んだ道なので・・・それに、最近ではほとんどそういう事もなくなりましたから大丈夫です』
『さすがに直接的な行動は無かったから良かったものの、少し間違えば学園の生徒から犯罪者が出ていたところね〜』
『そ、そうですね。これでも僕は国家から保護されている男性ですから、僕の思惑で罪に問われるような人が出なくて良かったです』
扉越しに聞こえてくる会話に、私は目を見開いた。彼が他の生徒達から嫌がらせを受けていたことなど知らなかったからだ。ただ、言われてみれば一時期学園内では、私と彼で二分する派閥のようなものが出来ており、もしかしたらその影響を受けたのかもしれないが、彼が言う「自分で選んだ道」という言葉が気になった。
(彼は嫌がらせを受けても仕方ない道を選んだ??どういうこと??)
気になった私は、続く会話を聞きとろうと自分の聴覚に意識を集中した。
『聞いた時は驚いたわ~。まさか女性恐怖症の君が、わざわざキャンベルちゃんの為に悪役を買って出るような真似をするなんてね~』
『僕のせいで周囲からの殿下の印象が悪くなりそうだったので・・・それに、女性恐怖症も克服したいと思ってましたから』
『キャンベルちゃんの学園における人間関係も良好になって、先生は安心したわ~。それで、君の成果は出たの?』
『えっと、残念ながら・・・頑張れば1分位は目を見て喋れるんですけど・・・そう簡単にはいきませんね・・・』
『そう・・・もし君がクルセイダーの世界に本当に入ることになれば、それは致命的にもなりかねないわ~。荒療治が必ずしも良いというわけではないから、無理はしないでね~』
『はい。その時はまた相談させてください』
『もちろん良いわよ~。ホリーちゃんによろしく言っておいてね~』
『分かりました。では、失礼します』
(っ!いけない!見つかるっ!!)
聞こえてくる会話の内容に唖然としていた私だったが、彼が保健室から出てくる気配を感じとると、足早にその場をあとにした。その時既に私は、痛めた身体のことよりも、聞いてしまった話の内容の方に意識を取られていた。
廊下の死角となる柱の影に身を潜めて彼をやり過ごすと、私は先程の先生と彼とのやり取りを思い出した。
(どういうこと?彼が女性恐怖症?それに、私の為に悪役を買って出ていた?)
色々な情報が、一度に頭の中に入ってきたことで混乱してしまう。私は何度か深呼吸を繰り返しながら、聞き取った内容を検証するように過去を思い出した。
(彼が女性恐怖症・・・確かに彼は最初からずっとオドオドした様子だったし、人の目を見て話が出来ていなかった。それは単に意気地が無い気弱な性格なだけだと思っていたけど、そういうことだったの・・・)
彼の今までの様子に合点がいった私は、もう一つの重要な発言についても思いを巡らせる。
(何で敵意を剥き出しにしていた私なんかの為に悪役を?初対面で女性恐怖症なんでしょう?何でよ?)
これだけはいくら考えても分からなかった。今なら客観的に自分を見ることが出来るが、当時の私は彼からしてみれば、嫌な奴の何者でもなかっただろう。それなのに何故、私の為に自分を犠牲にするような行動を取ったのか理解に苦しんだ。
何故という疑問が延々と浮かぶと同時に、心の中に彼に対する今までとは全く違う新たな感情が芽生えた。それを自覚した瞬間、私は自分の身体に、心に、表現し難い熱が灯るのを感じた。
(嘘でしょ!?私があんな奴を?あんな・・・やつを?)
否定すればするほど、その感情が膨らんで抑えきれなくなってしまうようだった。次に顔を会わせた時、どんな顔をして見ればいいというのだろうか。
(落ち着け私!まだそうと決まった訳じゃない!とにかく、この気持ちが本物かどうか確かめなくちゃ!)
自分にそう言い聞かせると、私は逃げるように学園から帰宅した。
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