第13話 キャンベル・ドーラル 5

「こ~ら。まだ手当ての最中なんだから、動いちゃダメよ~?」


 急に立ち上がった殿下に対して、先生はおっとりとした口調ながらも、厳しい視線を向けて注意していた。


「す、すみません、先生・・・」


先生に指摘されると、殿下はハッとした表情を浮かべ、ばつが悪そうに椅子に座り直した。そんな殿下に対して先生は優しく微笑むと、手早く包帯を巻き終えた。


「待たせてゴメンね~。キャンベルちゃんの手当てを先に済ませたかったの~」


「い、いえ、タイミングが悪くてすみません・・・」


殿下の手当てが終わると、先生は身体ごと僕の方に振り返った。その先には、今だ微妙な表情を浮かべている殿下の様子が見えたので、僕としても保健室に来たタイミングが悪かったことを詫びた。


「そんな事ないわよ~。ここは保健室なんだから、時間を問わずに怪我をしたら来てもらわないと。まぁ、ジール君の場合は、ホリーちゃんに言われたからだろうけどね~」


「は、はい。今日からこの学園に通うことになりました、ジール・シュライザーです。母さんから、今後怪我をすることがあるだろうから、きちんと挨拶しておきなさい、ということでお伺いしました」


僕は改めて姿勢を正してから挨拶をし直した。そんな僕に、先生は微笑みかけるように言葉を続けた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫よ~。私はこの学園の保険医、マリア・クラレンスよ~。ホリーちゃんの息子なら、私にとっても息子みたいなものだし、もっと気軽に接してね~」


「はい。よろしくお願いします!」


「は~い、よろしくね~。あっ、そうそう、早速なんだけど、ジール君にはちょっと注意しておくわね~」


挨拶を済ますと、マリア先生はおっとりした口調のまま、真剣な表情を僕に向けてきた。注意されるようなことに心当たりのなかった僕は、首を傾げながら確認した。


「・・・何かありましたでしょうか?」


「う~ん、実はキャンベルちゃんの怪我について聞くと、君のアルマエナジー強度が強すぎた為に起こったことらしいのよね~」


「えっ?じゃあ、殿下が怪我をされているのは僕のせーーー」


「違うわ!私の怪我は自分の不注意が招いたこと!断じてそいつのせいじゃない!」


殿下は僕の言葉を遮って、不快な表情を浮かべながら声を荒げてきた。そこには、殿下なりのプライドのようなものが感じ取れた。


「こ~ら、キャンベルちゃん。彼にはちゃんとした情報を伝えておかないと、怪我をしてしまうのはあなただけじゃないのよ~?」


「・・・すみません」


マリア先生の指摘に、殿下は俯きながら謝罪の言葉を口にした。僕から表情は見えないが、声の感じから悔しそうな、納得できないような、そんな感じが伺えた。


「えと、先生?つまり僕は、殿下に怪我を負わせてしまったということなんでしょうか?」


話が変な方向に逸れてしまったので、一番確認しなければならないことに対して聞き直した。


「そうね~。正確に言えば、君のアルマエナジーの強度が桁外れに高すぎて、キャンベルちゃんが拳を振り抜いた時に、反動で手首を痛めてしまったの」


「やっぱり、僕のせいですね・・・」


「ふん!違うわよっ!ちょっと油断していただけなんだから!」


僕が申し訳なく思っていると、殿下が憤慨したような表情を向けてきた。この状況で、ちゃんと殿下に謝った方が良いのかどうかの判断が出来なかった僕は、マリア先生に助けを求めるように困惑した表情を浮かべた。


「まぁ、今回はキャンベルちゃんの言う通り〜、責任はジール君には無いという事にしておきましょうね~。でも、今後実技で他の生徒とする時には〜、強度を調整するようにしてね~?」


マリア先生からの助言に、僕は困った顔をしながら自分がアルマエナジーを制御出来ていないことの説明をする。


「あの、先生・・・実は、僕は大雑把な制御しか出来なくて・・・今出来ることは、アルマエナジーを顕在化するか止めるかだけでして、強度の調整はとても・・・」


「なっ!そんな拙い制御で顕在化出来たというのかっ!?」


僕の話に、殿下は驚愕した表情を浮かべながら座っていた椅子から立ち上がって僕を見つめてきた。


「それは困ったわね~。今後、君と実技で一緒になった生徒が毎回怪我をしちゃうかもしれないし・・・う~ん・・・そうだっ!今後の実技は、キャンベルちゃんと常に組むようにしましょう!」


「「えっ?」」


突拍子もないマリア先生の思い付きのような発言に、僕と殿下は異口同音で疑問の声をあげた。


「だって、ジール君の相手をしようとしたら、この学園で一番優秀な生徒が相手をした方が怪我も少ないと思うのよね~。で、この学園で首席の生徒はキャンベルちゃんでしょう?」


「そ、それはそうですけど。何でこんな奴の為に・・・」


「あら〜?キャンベルちゃんだってちょうど良いでしょう〜?いつも実技の時の相手役は、担任の先生が勤めてるって聞いてるし〜、自分を成長させるためだと思って。ね?」


「・・・・・・」


この場でも思いがけず、殿下の学園での人間関係の一端を聞いてしまったようだ。何故王族である殿下が孤立したような状況になっているのか分からないが、僕としては実技の度に相手に怪我を負わせてしまうかもしれない状況は嫌なので、殿下も嫌がっている事を考えて僕から断ろうと口を開いた。


「あ、あの?僕のせいで相手が怪我するのは嫌なので、実技の際には一人でやります。殿下も嫌そうですし、先生のお気遣いは感謝します」


「そう?まぁ、キャンベルちゃんも自分より制御が出来ないのに、強度は足元にも及ばない相手じゃあ、プライドが傷付くもんね~」


まるで煽るようなマリア先生の言葉に、僕は唖然として殿下の方を見た。


「その様な事で嫌がっている訳ではありません!!良いでしょう!彼の相手は私がします!この学園の首席として、たまたま幸運に恵まれて顕在化出来ただけの男子に、クルセイダーを目指した事を後悔させてやりますから!!」


僕に指を指しながらそう宣言すると、殿下は颯爽と保健室を去って行った。突然の理解できない状況に呆然と立ち尽くしていると、マリア先生が立ち上がって僕の方へと近づき、大きな胸の前で手を合わせて謝罪の言葉を口にしてきた。


「編入早々変な事に巻き込んでごめんね~。キャンベルちゃんには友人が必要なんだけど〜、生徒達も王族である彼女とはどうしても一線引いてるところがあるから、ジール君が何か彼女の状況を変えてくれると思って煽っちゃった〜」


舌を出しながら、全く悪びれた様子もないその表情に、僕は苦笑いを浮かべた。


「はぁ。殿下が決めたことですし、僕がどうこう言うことではないですが、本当に大丈夫でしょうか?」


「その大丈夫は~、どっちの意味での大丈夫なのかな~?」


マリア先生は、僕の言葉の真意を確かめるように聞き返してきた。先生の指摘通り、僕の懸念すべき事は2つあった。


「両方です。殿下の実技の相手が、怪我をさせてしまった僕で良いのかという事と、殿下の学園での人間関係についての事と・・・」


「前者の懸念だったら問題ないわ~。あの子は負けず嫌いだし、雪辱を晴らしたいと思っていただろうしね~。後者については、上手く行くことを祈るしかないわ~。あの子は寂しがり屋のくせに、自分からは人の輪に飛び込めない面倒な性格なのよ〜。別にジール君に何か積極的に動いて欲しいんじゃなくて〜、環境の変化が良い切っ掛けになればと思ってのことなの~」


つまりマリア先生としては、僕という存在の近くに殿下を置くことで、今の殿下の状況を変えてあげたいという事らしい。期せずして殿下の悩みを知ってしまった僕は、今後の学園生活を想像して大きなため息を吐いてしまった。


「ふふふ。困ったことがあれば、保健室に来てね~。じゃあ、これからの学園生活頑張ってね~」


何をとは言わないが、マリア先生の僕に向ける微笑みからは、無言の圧力が放たれているような気がした。そんな先生の様子に、僕はもう一度大きなため息を吐き出してから一礼すると、保健室をあとにした。

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