第12話 キャンベル・ドーラル 4

 殿下が僕を試すということで行った、顕在化したアルマエナジーの強度測定が終わり、殿下が演習場から去っていく。その直前、拳を握り締めながら僕の顔を睨んでいた表情が、一瞬痛みを堪えていたような気がして心配になったが、結局背中が小さくなっていく殿下に声を掛けることは出来なかった。


その理由として、殿下がこの場所を去ってからすぐに、様子を見守っていたクラスメイト達が一斉に駆け寄ってきたからだ。


「ジール君、凄~い!」


「えっ?本当に強度の数値が999なの!?ありえなくない!?」


「だよね!だよね!それだけの強度があれば、どんな攻撃だって無意味じゃん!!」


皆は僕を取り囲むと、興奮した様子で称賛してきた。その勢いに僕は女性恐怖症も相まって、どう対応したら良いのか分からず、「えっと・・・その・・・」という意味の無い声を出すので精一杯だった。本当なら称賛に対してお礼の一つでも伝えることが出来れば良かったのだが、僕が上手く返答出来ないでいたことが、余計彼女達の琴線に触れたのか、更に姦しい状態になってしまった。


「も~、ジール君ったらモゴモゴしてどうしたの?」


「もしかして、同年代の女の子と話すのって初めてだった?可愛い~!」


「ね~!ジール君って、見た目ちょっとか弱い印象だったけど、こんな強度の数値見たこと無いし、ギャップ萌えだよね~!」


立て板に水の如く、まるで止む気配を見せないクラスメイト達のお喋りに、終始僕は困惑してしまっていたが、さすがにその状況を見かねた先生が口を挟んできた。


「こら~、お喋りはそこまでだ!男の子は女と違ってお淑やかで繊細なんだから、彼が驚いてるだろうが!やることは終わったんだから、さっさと教室に戻るぞ!」


「「「は~い!」」」


先生の言葉に、クラスメイト達はまだ話し足りないような表情を浮かべていたが、みんな先生に言われた通りに教室へと移動を開始した。その様子を見た先生は、小さなため息と共に僕に話しかけてきた。


「シュライザー君。君はこの学園唯一の男性だ。そして君のその希少な能力は、多くの女性から狙われるかもしれない」


「・・・狙われる、ですか?」


先生の言わんとしていることが理解できなかった僕は、それがどういうことを意味するのかを聞き返した。


「女っていうのはな、自分の価値をより引き立てるものを好むんだよ。本来それは肩書きや装飾品、衣服だったりといったものが多いが、今回は男性でありながら、一般的な女性以上のアルマエナジー量と規格外の強度を持ち、クルセイダーを目指しているという君のその希少性に惹き付けられる女は多々いるだろう。今さっき経験したようにな」


「・・・・・・」


先生のその指摘に、理解と共に困惑や不安が心を支配する。殿下からの試しが終わった後のクラスメイト達の僕への対応の変化を考えれば、これから僕は学園での生活において、苦手とする女性に常に取り囲まれるかもしれないということだ。


「君が女性恐怖症を患っているのは聞いている。が、その弱々しい態度は逆効果だ。君のその外見と相まって、保護欲というか母性が刺激されるというか、女として守ってあげたい、構ってあげたいと感じてしまうだろうな」


「ぜ、善処します」


言われたからといってすぐに治せるかというと、今まで無理だった事を考えれば、そう簡単なことではないだろう。以前にも龍人族の王女殿下であるレイラ様に言われたことだが、最低限相手の目を真っ直ぐ見て話すことが出来るようにならなければ、先生の指摘するような事になってしまうのだろう。


「まぁ、既に難しい状況だが、この学園で無難に過ごしたいのなら、あまり騒動を起こさないでくれよ?」


そう言い残すと、先生は演習場から去っていった。僕としても学園では無難に過ごし、必要な知識や実力を付け、ゆくゆくは具現化を果たしてクルセイダーになりたいと考えている。ただ、先程の騒動を見る限り、前途多難な状況になってしまったのかもしれないという不安に、大きく息を吐き出しながら僕も教室へと戻った。



 その後の授業中は、座学の時間も実技の時間もクラスメイト達からの好奇の視線に晒されてしまった。事前に先生から釘を刺されていることもあってか、授業中に声を掛けてくる人は現れなかったが、授業の合間の休み時間には、僕の机の周りに殺到するようにして質問攻めにあった。


しかも、僕の席はなんとキャンベル殿下の隣にされてしまい、先程の事もあって若干の居心地の悪さに上乗せして、休み時間になるとクラスメイトが殿下と僕の座る席を取り囲むという事態に、申し訳なさも募っていった。


昼食の時間になると、クラスメイトに連行されるように食堂へと連れられていき、利用方法などを教えてもらった。食事は3種類から選べるようになっていて、料金はタダなのだという。その事実に驚くものの、国家として希少なクルセイダーとなるかもしれない人材に対しての当然の対応なのだという。


僕はお肉をメインとした定食を選ぶと、食事が乗ったトレーを持って6人が座れる長机へと移動した。周りにはクラスメイトの女子生徒達が座り、食事をしながら様々な質問を投げ掛けられた。大抵はアルマエナジーの事や序列二位だった母さんに関する事だったのだが、中には僕の私生活に関することや趣味や好きなもの、果ては好みの女性のタイプまで聞かれてしまった。僕は愛想笑いを浮かべつつも、何とか矢継ぎ早にされる質問に答えていったが、女性のタイプについては言葉を濁すように、「良く分からない」と答えた。


何故かクラスメイト達はそんな僕の返答に興奮するように声をあげ、その話を側で聞いていた他のクラスの学園の生徒達も、ヒソヒソと僕の事について話している声が聞こえてきた。


(はぁ~・・・こんな状況が毎日続くのは嫌だなぁ・・・)


注目の的になってしまった僕は、内心を表情に出さないようにしながら食事を食べ進めていた。そんな時、ふと遠くの席に一人で昼食を食べている殿下の姿が目に入ってきた。


(王族なのに、何で一人で食事をしてるんだろう?)


気になった僕はチラチラとその様子を伺っていると、殿下は食事をしながら周りの生徒達を時折見つめているようだった。それはまるで寂しがっているような、羨ましがっているような、そんな様子を感じさせるものだった。


(確か殿下はこの学園の首席で、次期女王になるべく、他の後継者と競っているって聞いていたから、もっと殿下に取り入ろうとする人達に囲まれていると思ってたけど、何でなんだろう・・・?)


編入一日目の僕に、この学園の生徒間における複雑な関係性など分かるはずもない。ましてやここは、僕以外全員女性の世界だ。母さんから「女性には女性特有の世界がある。無闇に首を突っ込まない方がいい」と忠告されているので、殿下の様子を疑問に感じながらも、声を掛けることも、誰かに聞くこともしなかった。



 編入初日の授業が終わり、帰宅する時間となった。この学園から遠くに家がある人は寮生活をしているらしく、同じ寮のクラスメイトや同級生と教室をあとにしていた。僕は王都に家があるので毎日通いだったこともあり、同じく通いのクラスメイト達から一緒に帰らないかと誘いを受けた。ただ、初日の今日については、授業が終わったら保健室の先生に挨拶に行けと母さんから言われていたので、申し訳なく思いながらも予定があることを伝えた。


保健室の先生はどうやら母さんの昔からの友人らしく、今後学園の実技の授業で怪我をすることも多々あるだろうから、今のうちから宜しくお願いしておけと、心配した顔で見送られていたのだ。


『コン!コン!』


『・・は~い、どうぞ~』


保健室の扉を軽くノックすると、間延びしたようなおっとりした声が聞こえてきた。


「失礼します!」


「・・・あら~、君がホリーちゃんの言っていた息子さんのジール君ね?よろしく~」


「はい。母さんから挨拶するように言われましーーーで、殿下?」


保健室に入ると、そこには清潔感のある真っ白いシーツが敷かれた5つのベッドが並べられ、消毒液と薬草の臭いが漂っていた。ベッドの向かいには大きめの机が置かれており、そこには白衣を着た女性が僕の立つ扉の方に上半身を向け、微笑みを浮かべていた。


保健の先生は、腰まで伸びる黒髪を後ろで束ね、大きめの黒縁眼鏡を掛けていた。保健室は程よい温度なのも影響してか、先生は大きな胸が溢れそうなほど白衣を着崩している。そのことを注意しようとも思ったが、きっとこの先生にとってはいつもの事なのだろうと、特に何も言うことなく、僕は先生に歩み寄って挨拶をしようとした。


その時、先生の影に隠れていて気がつかなかったのだが、先生の向かい側に座っている人物が目に入り、驚きの声をあげてしまった。そこには、先生から右手首に包帯を巻かれている、殿下の姿があった。


「な、何で君がここにっ!?」


僕の姿を認めた殿下も、目を見開いて驚きも露に立ち上がった。

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