第11話 キャンベル・ドーラル 3
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side キャンベル・ドーラル
ドーラル王国の王女として、この世に生を受け9年。将来この国を背負っていく女王となるべく、厳しい教育を強いられてきた。
他の子供のように同年の女の子と遊ぶ時間も惜しんで勉強し、国を治めるために必要な力を付けるために、毎日の鍛練も欠かさず行ってきた。それこそ逃げ出したいと思うほど、涙を流しながら努力し続けた。
5歳の誕生日に行われたアルマエナジー測定の際には、歴代の王族の中でも最高峰の量だと称えられてクルセイダー養成学園へと入学した。当然、学園に入っても努力は欠かさず、入学してからこれまで首席の座を奪われたことはなかった。
しかし努力すればするほど、首席を維持すればするほど、周囲の同級生達とは距離が離れていった。元々王女という立場ではあったが、この学園は身分に囚われない完全実力主義という事もあり、私は友人が出来ることを密かな楽しみとしていた。
そんな私の密やかな願いは、しかし叶う事はなかった。王族ということで話しかけ難いのか、周囲からは浮いてしまい、周りと比べて隔絶した実力を発揮すればするほどに、皆が余計離れていくようだった。結果としてこの学園に入学してから6年間、同級生とは挨拶以外に会話らしい会話をした覚えなどなかった。
それでも、いつか友人が出来るはずだと信じて進んできた。首席でいれば、勉学やアルマエナジーの扱いで困った同級生が助言を求めてくるかもしれないという淡い期待もあったのだが、ずっと学園では一人ぼっちのままだった。
(友人が欲しい・・・他愛もない会話で笑い合って、休日には一緒に買い物に出掛けたり、食事をしたり・・・誰か、私に話し掛けてよ・・・)
王族として、他者に弱味を見せることが出来ない私は、学園内では常に気を張って過ごしている。どんな時も毅然とした言動を心掛けていた為か、そんな私には『氷結王女』というあだ名が周りで囁かれていると知った時には、図らずも泣きそうになってしまった。
(そんなに私は同級生に対して冷たかった?氷結と表現出来るほど冷たい態度だったから、誰も話し掛けてくれなかったの?どうしたらいいの?どうすればいいの?)
自問自答する日々を送っていた私だったが、そんな悩みを一旦忘れるほどの衝撃が学園に舞い込んできた。それは、男の子がこのクルセイダー養成学園に編入してくるというのだ。何の冗談かと思っていたのだが、先生曰く、編入試験のアルマエナジー測定は、デタラメと思うほどの強度を示し、反対の余地無く入学許可が出たのだという。
(この神聖な養成学園に、どこぞの男が入り込むなど極めて不愉快です!あのホリー様の子供ということは、何かしら汚い手段を使った裏口入学なのでは?)
先生の言葉を信じることが出来なかった私は、過去に決闘でドーラル王国を勝利へと導いた立役者の一人であるホリー様の子供ということもあり、学園側が忖度したのだろうと考えた。
そうして編入初日。教壇で挨拶するジールと名乗った男の子は、お世辞にも、とてもクルセイダーになれるような力強さは感じませんでした。クルセイダーとは国家の代表。清く、正しく、美しく、気品があるのは当然として、絶対的な強さが求められます。
しかし、クラスの皆から向けられる視線におどおどしたような反応をしている彼に対し、絶対的に必要な強さというものが微塵も感じられません。染み一つ無い白い肌は、鍛練などしたこともないように見え、その可愛らしい顔立ちは、クルセイダーとして戦場を駆けるよりも、家の中で家事をしていた方がお似合いです。
(やっぱり。実力主義を謳う学園の品位も落ちたものね!こうなれば、私が彼の本当の実力を白日の元に晒して、さっさとこの学園からご退場願おうかしら!)
そう決意した私は、彼の挨拶が終わった直後にその実力を試すことを訴えた。先生は複雑な表情を浮かべつつも、私の言葉はあっさり認められ、演習場へと場所を移すことになった。そして、彼に対してどこか戸惑いを隠せなかった同級生達だけでなく、この学園のほぼ全ての生徒達が興味深い視線をもって演習場の様子を注目する事となった。
学園中の視線を浴びる中、私はこの試しが終われば、彼の不正と学園の闇を暴いた存在として皆から尊敬されるのではないか。ともすれば、学園にいる生徒達から称賛と感謝を込めて話し掛けて来てくれるのではないかと期待に胸を膨らませた。まだ12歳ということもあり、未だ女性として全く成長の兆しを見せない胸だが、今だけはどこか誇らしかった。
彼のアルマエナジーを測定する直前までそんな事を考えていた私だったが、今は混乱と驚愕と絶望が押し寄せる渦の中にいる。アルマエナジー強度計測器である籠手を使って計った彼の数値は、999という計測限界を越えるというありえないものだったからだ。
(こ、こんなの何かの間違いよ!!)
人目も憚らずに喚き散らしそうになった私は、ぐっと堪えて心の中で叫んだ。表示されている数値を全力で否定したいのだが、測定のために彼を殴り付けた私の拳は、あろうことかアルマエナジーを身体に纏い、その上で籠手を装備しているにも関わらず、痛めてしまっていた。その痛みが事実となって、私に現実を受け入れるように諭してくるようだった。
(ありえない・・・何なのよ!この馬鹿げた強度はっ!!)
しばらく自分を落ち着けるために心の中で悪態を吐いていると、先生が数値を読み上げるように急かしてきた。観念してその数値を口にすると、先生は「やっぱりな」という言葉と共に、それが紛れもない事実だと念を押してきた。
その言葉に周囲の同級生は驚きつつも、彼に対する視線の質が半数程変わった事を敏感に感じ取った。彼に対して拒絶にも似た視線だったものが、興味、あるいは称賛といったものになっていた。それはクラスの生徒達だけに限らず、校舎の窓から見守っていた生徒達も含めてだった。
(何で男の子である彼に対して皆はそんな視線を・・・私は・・・)
それは私が欲しかったものだった。王女として、避けられているというわけではないが、私に対して何か粗相をしてしまえば、処罰の対象になるのではないかという恐れのようなものが皆の視線から垣間見えるのだ。
それに対して彼は、身分的にはまだ未成年なので、母親であるホリー様と同等の2級国民と見なされるが、成人すれば男の子である彼は準3級国民だ。加えて可愛らしい顔立ちから、話し掛けてみたいという考えを持つのも分からないではない。
しかも、制御は拙いとはいっても潜在能力は申し分ない事は確認出来たし、初の男性クルセイダーになる可能性もあるという希少性だ、婚約者にすれば周りから羨望の眼差しで注目されるかもしれないということも考えれば、女性として彼に近づくことにデメリットはそれほどないだろう。
(私が努力して築き上げてきた地位が、こんなひ弱そうな男の子に・・・負けられない!こんな、たまたま才能があったからって努力もしていない男の子に、負けてたまるもんですか!!)
奥歯を噛み締め、決意も新たに彼を見据える。そこには相変わらず戦いの場より、家事でもしていた方が似合うひ弱そうな男の子がいる。しかも、私が彼の目を見ると、怯えるように目を逸らす。そこにはクルセイダーとして絶対的に求められている強さの欠片もなかった。
(覚悟もないような人に、この学園は分不相応よ!私がそれを教えてあげるわ!)
現状の私と彼では、アルマエナジーの量や強度には隔絶した差があるかもしれないが、制御の面でいえば私が絶対的に優位にたっているのは間違いない。首席を彼に明け渡すつもりはないし、私のプライドにかけて、彼よりも先に具現化してクルセイダーとならなければならない。
(見てなさい!私が一番なんだから!!)
私は痛む拳を誰にも悟られないように、努めて平然とした表情で演習場を後にした。
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