第10話 キャンベル・ドーラル 2
演習場の中央付近、僕は沈痛な面持ちでキャンベル殿下と向かい合うように対峙していた。その中間にエンデリン先生が立会人のように佇み、事の成り行きを見守っているようだった。
さらに、そんな僕達を取り囲むようにクラスの生徒達が、そして校舎からも生徒達が顔を出してこの様子を見ようと、興味津々な眼差しを向けている人々が多数いた。その中には教師らしい人の姿も見受けられ、僕について懐疑的な考えを持つ先生が値踏みしているような気がする。
「準備はいいこと?」
この状況に内心辟易としている僕に対して、キャンベル殿下が挑発的な声と共に見下すような視線を向けてくる。
「問題ありません、キャンベル殿下」
不敬だと言われないように、最大限敬意を払った返答をしたのだが、彼女は眉間にシワを寄せながら苛ついた表情を浮かべた。
「あなたに名前を呼ぶことを許可した覚えはありません!いくら元序列二位の方の子供だとしても、分をわきまえなさい!」
「も、申し訳ありません!」
王女に対しては殿下という敬称を付けなさいと学んでいたが、許可がなければ名前で呼んではいけないという事を失念していた。
「ふん!これだから、まともな教育を受けていない男性は嫌なのよ!」
嫌悪感丸出しで叱責してくる殿下に、僕は萎縮してしまい、身体を丸めるようにして俯いた。
「こらこら、キャンベル。学園は完全実力主義。身分をここに持ち込むな。それに、入学初日で緊張してるんだ。そんなに彼をイジメてやるなよ?」
そんな殿下の言動に対して、先生が呆れたような口調で諌めてくれた。
「別にイジメてなどいません!王族である私が、そんな下賤な真似などするわけないです!私はただ、事実を言っただけです!」
「はぁ・・・まったく。その勝ち気な性格も何とかしないと、将来クルセイダーとしても王女としても、民衆からの支持は得られないぞ?」
「心配は無用です、先生。私は自分の実力で、周りからの支持を勝ち取ります!」
先生は殿下に思うところがあるのか、心配した眼差しを向けながら指摘していたのだが、当の殿下はその言葉をまったく聞き入れようとはしていなかった。
「そういう事じゃないんだが・・・まぁ、頑張りなさい。それじゃあ、ギャラリーも待たせてしまってるし、さっさと試しを始めようか!」
先生は場の雰囲気を切り替えるように少し大きな声でそう言うと、手に持っていた籠手を殿下に差し出した。
「そうですね。さっさと彼が
「・・・・・・」
最初から随分棘のある対応だと思ってはいたが、どうやら殿下は、僕が母さんの威光を使って不正入学を行ったと思っているようだ。そして「不正」という言葉を強調した殿下の言葉に対して、この場にいる皆は、その発言に頷くようにして同意を示しているようだった。
(僕って、皆からそんなに嫌な人物だと思われているのかな・・・?)
会ったこともない人からそういった視線を向けられるのはとても辛いが、これが僕の選んだ道なのだと考え、ぐっと我慢した。きっとこの学園の生徒達にとってみれば、自分達の領分を侵されたと思っているのかもしれない。
「いくわよ?早く顕在化して見せなさい!」
自分が周りからどう見られているのか思いを巡らせていると、鋭い視線で殿下が顕在化するように促してきた。これからする測定は単純なもので、顕在化して身体に纏ったアルマエナジーの強度を、先生が持ってきた強度測定用の籠手で殴り付けるというものだ。
測定する側もアルマエナジーを顕在化して渾身の一撃を放ってくるのだが、この学園に編入する際に、その程度で防御を突破されてダメージを負うようでは話にならないと言われていた。無事に防御しきることが当然で、その上で強度が数値となって表示される。ちなみに学園の編入基準数値は100だった。
それが高いのか低いのかはその時には分からなかったが、後で母さんに聞いた話では一般的なクルセイダーに求められる強度が100ということだった。どれだけ僕を編入させたくないのだろうと苦笑いを浮かべたが、結果として僕はその試験を難なくクリアすることができている。
「それじゃあ、顕在化します」
「「「っ!?」」」
僕がそう宣言してアルマエナジーを顕在化させると、見学していた人達から驚きとも呆れともつかない息が漏れ聞こえた。
「ふふふ・・・あっははは!!何よその顕在化、垂れ流しじゃない!そんな量を無駄にしてたら、3分も立っていられないわ!やっぱりね!男子がこの学園に編入なんて、可笑しいと思ってたのよ!」
殿下は僕の顕在化を見て、何かを確信したように嘲笑ってきた。とはいえ、顕在化できるだけでも結構凄いことだと言われているので、殿下が何をそんなに嘲笑っているのかは分からない。
「キャンベル~。ご託はいいからさっさとやれよ~」
殿下の様子に、先生は短いため息を吐きながら早くしろと指示していた。
「それはそうでしょう。早くしないと彼が昏倒してしまうものね!まったく、先生が私の首席の地位を脅かすかもしれないと言うから、変に気を張ってしまいましたけど、心配する必要なんて微塵もありませんでしたわ!」
そう言うと殿下は自らも顕在化し、アルマエナジーをその身に纏った。殿下の顕在化は、灰色っぽいエナジーが体表に薄く張り巡らされ、形態も安定していることから、かなり制御出来ていることが伺えた。
「さぁ、行くわよ!私との才能の差を、その身に刻みなさい!!」
高らかに宣言する殿下は、顕在化によって強化された脚力と腕力を乗じて、籠手を着けた右の正拳突きを僕の腹部へと放ってきた。速度はお世辞にも速いわけではなく、クルセイダーの駐屯地で鍛練の様子を見ていた僕からすると、むしろ遅いくらいだった。
『ドンッ!!』
「っ!!!?」
「・・・・・・」
周囲に小さく衝突音が鳴り響き、様子を見守っている人々からの視線が痛い程刺さる中、拳を振り抜いた格好の殿下は信じられないという表情で僕を見ていた。そんな殿下に対して、僕は何も言わずに苦笑いを浮かべる。同じような反応はこれまで何回もされているが、僕が変に気を遣って謙遜した言葉を伝えると、相手の反感を買ってしまうことを学んでいたからだ。
「キャンベル~?数値の方はどうだ?」
正拳突きを放った体勢のまま、僕を見詰めて固まってしまっていた殿下に、周囲に集まっていた人々も怪訝な雰囲気を漂わせていたが、その空気を払拭するように、先生が間延びしたような声をあげた。その声にハッと反応した殿下は僕から一歩離れ、籠手の上部の辺りに表示されている数値を確認した。
「・・・はっ?」
殿下が発したものとは思えないような、間の抜けた声が辺りに響く。その反応に、様子を見守っていた周囲の人達も、息をのむように注目していた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・お~い、キャンベル?」
殿下は表示された数字を見つめると、数回瞬きした後に、今度は自らの目をゴシゴシと擦ってから再度表示されている数値を見直していた。その後、また固まってしまった殿下の様子に、周囲は静まり返ってしまったが、先生がもう一度声を掛けると、古びた扉の様な動きで顔をあげ、重い口を開いた。
「す、数値は・・・999・・・です」
「あ~、やっぱりか・・・」
愕然とした表情で数値を口にする殿下に対して、先生は分かっていたといわんばかりの口調でため息を吐いていた。実際、編入の際にも同じ数値が出ているからだ。これは、この測定器の上限数値が999の為、それ以上計れない際に表示されてしまうものらしい。
当初は計測器の故障だとして再度測定をやり直したが、10回やっても、測定器を交換しても同じ数値が並んだため、測定が30回を越えた辺りでようやく納得されて、編入試験は終了した。
「ど、どういうこと?999なんてありえない!測定器の故障よ!こんなはずないわ!もう一度新しい測定器で計測を・・・」
信じられない、信じたくないといった悲痛な叫びをあげる殿下に、先生がゆっくりと歩み寄ってその肩に優しく手を乗せて殿下を落ち着かせた。
「まぁ、落ち着け。私も編入試験を見ていたが、何度やっても、測定器を交換しても結果は同じだった」
「・・・では、彼は本当に顕在化した強度が999あると?」
「正確にはそれ以上だな。999はあくまで測定限界であって、実際には分からん」
「な、何で男子がこんな・・・」
先生の言葉に悔しげに唇を噛み締める殿下に対して、先生は殿下だけでなく、周囲に集まっていた生徒達にも言い聞かせるような声量で口を開いた。
「世の中には、自分の常識からかけ離れた存在も居るってことだ。将来クルセイダーを目指すなら、どんな想像の埒外の事態にも冷静に対処できるようにならなければ、戦いの場では屍を晒すだけだ。納得しろとは言わんが、理解はしろよ?どんな物事に対しても、例外は存在するんだとな!」
その言葉が聞こえた生徒達の「信じられない」という話し声がどんどんと伝播していき、辺りはざわざわとした喧騒に包まれた。
「・・・・・・」
そんな喧騒の中、殿下は拳を強く握りしめると、キッと僕の方を睨んでから、反転してこの場を去っていった。校舎へ戻ろうとする殿下の通り道を作るように人垣が割れると、殿下はあっという間に見えなくなった。僕は殿下が見えなくなるまで、その背中をずっと見つめていた。
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