出会い編
第2話 レイラ・ガーランド 1
僕の名前はジール・シュライザー。今年で12歳になった。人族の男の子としては極普通の黒目黒髪をしており、性格は母さんに言わせれば温厚で引っ込み思案らしい。
父さんは去年病気で死んでしまい、今は母さんと一緒に王都で暮らしている。今では引退してしまったが、母さんはその昔クルセイダーとして序列2位にまで上り詰めた、この国でも指折りの実力者だった。ただ、父さんが病死した直後にクルセイダーの現役を引退し、今ではクルセイダーの駐屯地で要職を勤めているらしい。
とはいえ、男である僕には強さなんて関係もないし興味もなかった。幼い頃から将来の為にと、父さんから主に掃除や洗濯、お料理などの家事を重点的に教えられつつ、空いた時間で最低限の読み書き計算を勉強していった。女性であれは知識を深めるための学園に通えるが、その必要性があまりない男性が学園に通うことは滅多にない。
また、男性に強さなど不必要で、重要なのは見た目の良さと完璧に家事が出来るかどうかだ。女性も男性にそれを望んでおり、色白で線の細い男性ほど女性から求められやすいと母さんから教わっていた。僕は父さんが亡くなった後もそれまでの教えを実践し、多少の独学も混じりながら勉学と家事の取得に励んでいた。
しかし、12歳の誕生日を翌月に控えたある日の事だった。男性である僕は国家から保護されているため、生まれた頃から護衛が家に派遣されているのだが、ある時僕がお風呂に入っていると、その護衛のお姉さんも急に浴室に入ってきて、「将来、女性の身体を洗わないといけないから、お姉ちゃんで練習しようね?」と言われたので、どうして事前に説明がなかったか疑問に思いはしたが、僕は素直に頷くとお姉さんの身体を洗い始めた。
しかしお姉さんの背中を洗っていると、急にお姉さんの呼吸が荒くなり始めたので、「お姉ちゃん、大丈夫?」と言いながら後ろから顔を覗き込むと、カッと目を見開いたお姉さんに押し倒されてしまったのだ。
それから先の事はあまり覚えていない。ただ、僕の身体を見下ろしながら恍惚とした表情のお姉さんが、「ショタサイコー!」という訳の分からない奇声を発していた事だけは何となく覚えている。
その直後、物音の異変に気づいた母さんが駆けつけてくれたらしい。後で聞いた話だが、僕は身体を硬直させながらずっと泣いていたらしい。その後、護衛のお姉さんは逮捕され、国家の保護する対象に襲い掛かったとして、犯罪者である5級国民に身分を落とされたと母さんから聞いた。
また、本来は護衛であるはずの人物の犯した不祥事ということで、母さんは後任の護衛の派遣を断り、一先ず自分が見守るということで話を着けていた。そこには、僕に対する母さんなりの配慮があったようだ。
この世界には身分制度があり、国民は1級~5級に区分されている。1級国民は国の主要機関に勤める偉い人達で、大臣や官僚などだ。2級国民は商売で成功した富豪やクルセイダー等。3級国民はいわゆる一般的な人々で、4級国民は貧困な人や元犯罪者、5級国民は犯罪者として強制労働を強いられている人達だ。ちなみにこの国を治めている女王陛下は、特級というまた別の区分になる。
話は戻るが、自分が襲われたのだと理解した時のショックは大きかった。襲われた事自体がという訳ではなく、何も出来ずに泣いていたという事の方が僕にはショックだった。母さんに言わせれば、「男性にはよくあることだから気にするな。ジールは母性本能をくすぐるような顔をしているから・・・」ということで、慰めようとしているのか納得させようとしているのかよく分からない事を言われた。
そして襲われたあの日から、僕は女性に対して恐怖心を抱くようになってしまった。街中で女性を見かけると不安な気持ちになり、目を見て話すことができないのだ。そんなトラウマを抱えてしまった僕は、「これではダメだ!せめて女性に襲われても対抗できるだけの力が欲しい!」と心の底から願った。
僕がその事を素直に母さんに伝えると、困ったような表情を浮かべながらこう忠告された。
「強くなろうとすることに反対したいわけじゃないけど、女性は自分より強い男性を忌避するもの。私としては将来、2級国民以上の女性から選んで貰って、不自由なく生きて欲しいと思っている。最悪、売れ残って惨めな人生を送ることになるかもしれないわよ?」
と言われたのだ。
男性は基本的に結婚相手を選ぶことはできない。それは女性の権利であって、男性は選ばれる側の存在だ。そして、女性に選ばれなかった男性の処遇は中々に悲惨なものらしい。通常、女性は男性を指名する際に、国にお金を払ってその男性と結ばれる。これは生まれた時から男性を保護するために、護衛を派遣してきた経費を国に支払うという仕組みだ。
ただ、人口維持の目的に照らし、子供を出産すると国から奨励金を受けとる事が出来るので、国に対して支払ったお金と、出産して国から受けとる奨励金の額は、平均的にほぼ変わらないとされている。
しかし、4級国民以下になると、最初に国に対して納めるお金の用意も出来ないことが多いため、3級国民の女性に至るまでずっと選ばれず、4級以下の女性から選ばれた場合は、結婚後に男性が働いて、それまでに掛かった護衛費用を国に払う必要がある。つまり借金を背負うのだ。
しかも、男性が就ける仕事はそう多くなく、精々が飲食店や商店での下働きだ。給料も少なく、借金の返済の目処がつき難い。その上、子供が生まれたとしても国から貰う奨励金は、女性がそのまま懐に入れて使ってしまうことが多く、男性はひたすらに働き続けなければならない。そんな状況に僕が陥ってしまうことを母さんは懸念した。
それでも諦めずに懇願すると、母さんは僕の熱意に折れたように長いため息を吐きながら、「そんなに言うなら、先ずは適正を見ましょう。力を得るにはアルマエナジーが必要だけど、男であるジールでは量も制御も期待できない。それを分かった上で検査を受けて、もし鍛練するに足る程度のアルマエナジーがあれば、稽古を付けてあげましょう」と言われた。
つまり検査の結果、アルマエナジーの量が少なければ鍛練はしないということだ。とはいえ、ひ弱な男性である僕が強くなるためには、もしかしたらアルマエナジーの量が多いかもしれないという可能性に賭けるしかないので、僕は生唾を飲み込みながら頷きを返した。
数日後、母さんに連れられて王都の教会でアルマエナジー検査を行った。結果として僕は検査機を壊してしまう程の潜在的なアルマエナジーを有していることが分かり、その様子に教会のシスターと母さんは終始目を丸くして固まってしまっていた。しかし、いくら潜在的なアルマエナジーの量が多くても、顕在化して制御できないのでは意味がない。
母さんは僕との約束通りにクルセイダーだった頃の伝を使って、アルマエナジー制御の鍛練をクルセイダーの駐屯地で行うことにしたのだが、顕在化さえも中々上手く出来ずに成果を出せないでいた。
そんな時だった。たまたま決闘に関する会議の為に来国していた龍人国の人が、クルセイダーの駐屯地を視察に来ていたのだ。僕が駐屯地の片隅で一人、アルマエナジーの制御に四苦八苦していると、龍人族の人が声を掛けてきた。
「失礼。あなたのやり方では、アルマエナジーを制御することは出来なくってよ?」
声に反応して振り向くと、その人は人形のように整った顔立ちをした少女だった。陽の光に輝く彼女の白銀の髪は、まるで髪自体が輝いているように見えた。しかし、一番に驚くべきは彼女の額から生えている漆黒に艶めく立派な角だった。
「あっ、えっと、龍人族の方とお見受けします。ご尊顔を拝謁する幸運に恵まれ光栄です」
母さんからは、予め龍人族の人が来るかもしれないという話はされていて、更にはその人達の身分についても聞かされていた。ただ、アルマエナジーを顕在化させることに集中していたあまり、龍人族の人達が来ていたことに気がつかなかったのだ。僕は慌てて頭を下げて、最低限身に付けていた礼節で対応した。
「堅苦しい挨拶は不要ですわ。
「し、しかし、龍人族の女王陛下のご息女が来国していると聞き及んでおります。恐れながら、
「あら?こんな子供にまで周知されているなんて、人族も存外有能なのね。あなたの言う通り、
元々女性恐怖症のため、僕の心の中は不安が渦巻いていたが、王族としてのオーラを醸し出す彼女の名乗りに、更に身体を強張らせた。
「ガーランド殿下・・・先程は不躾にも視線を合わせてしまい、申し訳ありません。この処罰は如何様にも・・・」
この国では、3級国民以下が王族と目線を合わせることは不敬とされている。男性は基本的に準3級国民扱いなので、知らずに振り向いて視線を合わせてしまったとしても、完全に僕の不注意だ。
「処罰など求めませんわ。あなたが鍛練に集中していた所に
クルセイダーでもない子供の僕が駐屯地にいることが疑問だったのだろう、殿下は首を傾げながら質問をしてきた。
「・・・実は先日、潜在的に大量のアルマエナジーが自分自身にあることが分かりましたが、制御はおろか顕在化させたことも無かったため、母親の伝を使ってクルセイダーの皆さんからご教授を頂いたのですが、成果が中々出ず・・・空いた時間を使って自主的に鍛練をしておりました」
「ふ~ん、珍しいですわね。大抵、生まれたらすぐにアルマエナジー測定は行われるはずなのに・・・あなた見たところ
「そ、その、僕は男なので、生まれた時の測定は行われなかったのです」
「えっ?あなた男の子だったの?!」
僕の言葉に驚く殿下は、目を丸くして僕の身体を眺めてきた。まだ二次成長が来ていない僕は、見た目では性別が分かり難いのだろう。そんな殿下の視線に居心地の悪さを感じ、ただただ申し訳ないと謝った。
「申し出が遅くなってしまい、申し訳ありません」
「いえ、謝ることではないけど、男性が鍛練しているなんて思ってもみなかったから、驚きましたわ」
「そ、その、色々ありまして・・・」
「そう・・・あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
僕の返答に、殿下は思いやるような温かな視線を投げ掛けてくれた。そんな殿下に対して僕は、緊張しながらも名前を名乗った。
「はい。僕はジール・シュライザーと申します」
これが龍人族の王女殿下との出会いだった。
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