第3話 レイラ・ガーランド 2


 この世界のすべての生物はアルマエナジーを内包しているが、人類はほとんど内包したままで、意識的に制御して使うことは出来ない人が大半だ。その為、各国とも効率的にアルマエナジーを使用する補助器具の開発が行われている。


例えば農作業に使う鍬等の道具は、人が内包するアルマエナジーを強制的に吸収して利用することで、楽に農作業が出来るようになる。これと同様の効果を発する道具は、職業に応じて色々と開発されている。ちなみにその技術開発は、人族が一番優れている。


しかし、戦闘を生業とするクルセイダーは道具任せとはいかない。強制的にアルマエナジーを吸収されてしまうと、スタミナの配分調整に支障が出てしまうからだ。その結果、戦闘中にアルマエナジー切れで昏倒し、そのまま殺されてしまうなんて悲惨な事もあったらしい。


その為、クルセイダーを目指す者の最初の鍛練は、内包されたアルマエナジーを自分の体外に放出して、顕在化することから始まる。本来はもっと幼い頃から鍛練をして習得を目指すものなのだが、それは女性だった場合だ。それに、15歳までに才能が見出だせなければ、クルセイダーとなることはできない。


そんな状況の中、男の僕がアルマエナジーの鍛練に勤しんでいる姿は、他国の王女殿下にはさぞ驚きをもって見られたのだろう。王族の彼女が、僕の名前を聞いてきたのがその証拠だった。



「なるほど、ジールというのね。男性でありながら、アルマエナジーの鍛練を行うとは面白いですわ。とはいえ、あまり順調でもない様子・・・少しわたくしが指導してもよろしくてよ?」

「いっ、いえ!畏れ多いです!!龍人族の王女殿下であるガーランド様にご教授頂くなど、そんな烏滸がましいことは望めません!」


僕は必死に頭を下げながらご遠慮願ったのだが、殿下は僕の言葉など気にも留めていないようだった。


「遠慮しなくてもよろしくてよ?言ったでしょう?わたくしは今、ちょうど暇しているの。その暇潰しにジールが協力するだけよ?」


「お、恐れながら、男である僕が殿下のお相手などーーー」


「ジール。過度な遠慮は、時に相手を不快にするわよ?」


殿下は僕の言葉を遮って、少し苛立ちを滲ませたような声で忠告してきた。僕がこれ以上固持すれば、不敬とみなすと言っているのだ。


「で、では恐れながら、ガーランド殿下にご教授願えませんでしょうか?」


「そうそう、素直な男の人は好ましいですわ。それに、そんなに畏まらなくてもわたくしの事は、レイラと呼んでもらって構わないわ」


「さ、さすがにそれは・・・」


「あら、成り行きとはいえ、ジールは私の教え子になるんだから、あまり畏まった態度を取られてもやり難いわ」


「か、畏まりました・・・レイラ様」


「それでいいわ。それと、指導の妨げになるから、きちんとわたくしの目を見て話すように」

「・・・・・・」


意を決して、何とか口から絞り出すように殿下の名前を呼ぶことが出来たのだが、彼女は更に僕の態度について指摘してきた。女性恐怖症のあまり、女の人の目を見て話すことが出来ない僕は、どうして良いか分からずに黙ったまま固まってしまった。その様子に、レイラ様が訝しむように声を掛けてきた。


「???どうしたの?黙ったまま固まって。早く顔を上げなさい」


レイラ様の言葉に、さすがにこのまま黙っているわけにはいかないと思った僕は、事情を説明することにした。


「じ、実は・・・以前、女性の方から・・・その・・・襲われたことがありまして。それ以来、女性の目を見て話せなくなってしまったのです・・・」


羞恥心と情けなさがない交ぜになったような僕の言葉に、レイラ様の息を飲むような気配が感じられた。


「そうでしたのね。とはいえ、相手の目を見て話すというのは、コミュニケーションを取る面では重要な意味があるのよ?相手が話を理解しているのか、その返答に嘘が無いかを見破るには、目を見れば分かることも多いですわ。そのトラウマは、これから必ず治していかなければならないものです」


僕の身を案じてくれるレイラ様の言葉に、仰る通りだと納得する。これから先、男である僕が生きていくには、人口の大半を占める女性との関わりを避けて通ることは出来ない。いつかはこのトラウマを克服する必要があり、そうした治療は早ければ早いほど良いだろう。


「レイラ様のご指摘、痛み入ります。少しずつにはなるかもしれませんが、この恐怖症を治していきたいと思います」


「ではその第一歩は、わたくしの目を見ることからですわね!さぁ、顔を上げてご覧なさい?」


「・・・・・」


恐怖心はあるが、レイラ様に促されるまま、僕は少しずつ顔を上げると、やがて彼女の龍人族特有の黄金の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「まぁ!こうしてちゃんと見てみると、ジールったら思ったより可愛らしい顔をしているのね!」


僕と視線を合わせてくださるレイラ様は感嘆の声をあげ、笑みを浮かべながら僕の顔をまじまじと観察してきた。


「そ、その、レイラ様・・・あまり近くで見られるのは恥ずかしいのですが・・・」


「あら、失礼。人族の男性を見る機会は少ないものですから、つい物珍しさもあって凝視してしまいましたわ」


レイラ様は申し訳なさそうに肩を窄めると、僕から少し距離をとった。母さんから母性本能をくすぐる顔立ちだとは言われていたけど、同い年くらいの女性には関係ないことだと思っていたので、何だかレイラ様の反応に不安感を覚えてしまう。


そんな僕の心情が表情に出てしまっていたようで、レイラ様は顔の前で手を合わせながら謝罪の言葉を口にしてきた。


「怖がらせてしまってゴメンなさいね。お詫びに、アルマエナジーのとっておきの制御方法を教えてあげるわ!」


「と、とっておき・・・ですか?」


僕に指導してくださっているクルセイダーの方々からは、アルマエナジーの制御に近道は無いと言っていた。だからこそ、レイラ様の言葉に不敬にも首を傾げて聞き返してしまった。


「そうよ。アルマエナジーの制御に関して言えば、龍人族がどの種族よりも優れているわ。そのとっておきのやり方よ?」


「そ、そんな種族としての秘匿技術のようなやり方を、僕に教えてしまってよろしいんですか?」


「構わないわ。そもそも教えたところで、このやり方はわたくし達龍人族しか扱えませんわ」


僕の疑問の言葉にレイラ様は軽い口調でそう言うと、両手を差し出してきた。


「さぁ、わたくしの手にジールの手を乗せてくださいまし。わたくしのアルマエナジーをジールに流し、強制的に顕在化させてあげますわ。その間に感覚を掴むのですわよ?」


他人の身体に自分のアルマエナジーを流して制御してしまうなんて話は聞いたこともないが、確かにその方法ならやり方を聞いたところで、制御に長けている龍人族の方以外が真似をするのは難しいだろうと納得した。


「わ、分かりました。頑張りますので、よろしくお願いします」


そう言いながら僕はレイラ様の差し出す手に、恐る恐る両手を乗せ、緊張に身体を強ばらせながらアルマエナジーが流れてくるのを待った。


そしてーーー


「う、うわぁぁぁ」


自分のものではない、何か異物が身体の中に入ってくるゾクゾクとした感覚に、変な声が出てしまった。しかし、そんな僕の反応以上にレイラ様が、驚きも露に目を見開いていた。


「な、なにっ!?このアルマエナジーの量の多さ!!?ダ、ダメ!制御しきれな・・・ん、くぅぅ」


レイラ様は切ない声をあげたかと思うと、僕の手をきつく握り締めたまま片膝を着いてしまった。肩を上下させながら荒い息を吐くレイラ様に、僕はどうしていいか分からずにオロオロしていた。そんな僕に向かってレイラ様は、懇願するような表情で声をあげた。


「ま、待って待って!わたくしの中に逆流してきてる!はぁはぁ・・・ジール、アルマエナジーを止めて!うぅ・・・身体の中を蹂躙されてしまいますわ・・・」


「えっ、あっ、あの・・・わ、分かりました!」


レイラ様の様子に僕も止めたいとは思うのだが、そもそも制御が出来ないのであたふたしつつも、手を離せば良いのではないかと思い付き、レイラ様の掴む手から逃れようとするのだが、何故かレイラ様は手を離さないのだ。


「レ、レイラ様?手を離せばアルマエナジーは逆流しないと思うので、お手を・・・」


まったく力を緩めようとしないレイラ様に対して、僕は確認するように問いかけた。すると、頬を朱に染めたレイラ様は、艶やかな声で口を開いた。


「ダ、ダメなの。身体が言うことを聞かなくて・・・お願いよ・・・は、早くアルマエナジーを止めて・・・このままだとわたくし・・・ん、はぁはぁ・・・」


先程はよりもいっそう切ない声を絞り出すようなレイラ様に、僕は焦りを感じた。とにかく今はレイラ様の為にも、一刻も早く僕のアルマエナジーを止めなければならない。


「しゅ、集中しなきゃ!集中・・・集中・・・自分のアルマエナジーを・・・止めるんだ!」


僕は大きく息を吐き、目を閉じながら自分の内側から流れ出ていっているアルマエナジーを止める為、深く深く集中した。隣国の王女殿下からの懇願もあった影響か、必要に迫られた僕の集中力は、今まで以上に自分の奥深くを潜っていくように研ぎ澄まされたようだった。

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