変幻自在のアルマ遣い

黒蓮

第1話 プロローグ


 「はぁぁ、どうしてこんなことに・・・」



 今、頭を抱える僕の目の前には、5人の女性達が互いに睨み合いをしながら舌戦を繰り広げている。僕はそんな彼女達の様子を、ただ黙って見つめているしかない。止めたいとは思っているのだが、どう止めれば良いのか分からないのだ。


そんな彼女達は、各国のクルセイダーの証である純白の制服を身に纏いながら、広大な闘技場で互いに威嚇するように対峙している。制服の基本的なデザインは各国とも共通で、前ボタン式のしっかりした作りをしており、緻密なデザインの刺繍の線が平行に10列並んでいる。


所謂ナポレオンジャケットと言われるその襟には、序列を示す記章を付けており、彼女達全員最上位の序列である【Ⅰ】を冠している。背中には十字の模様が刻まれ、それぞれの国の色を表示している。人族は黒色、龍人族は金色、人狼族は茶色、妖精族は緑色、魔神族は赤色だ。




「だからわたくし、先程から申しているでしょう!?ジールはわたくしの元に来た方が幸せになれると!」


鋭い視線を周りに向けながら、凛とした態度で言い募っているのは、龍人族ガーランド王国女王陛下のご息女であるレイラ・ガーランド様だ。


僕と同じ、今年18歳になられたレイラ様は曲がったことが大嫌いで、情熱溢れる性格をしている。スレンダーなスタイルに白銀のロングヘアーを風に靡かせ、龍人族特有の額に生えている漆黒の角も相まって、まるで一枚の美しい絵画を思わせるほどの雰囲気を放っている。


「し、幸せになれるかどうかは、お互いの想いあっての事なのです。ボクは好いた男性には尽くす女性なので、ジールさんにはそういう女性の方が心休まると思うのです!」


レイラ様の主張に対して、同じく18歳になる人狼族エレメント王国女王陛下のご息女、ルピス・エレメント様が異議を唱えていた。


温厚で大人しく、弱気なところのある方だが、その実かなりの負けず嫌いな性格をしている。人狼族特有の茶色い毛並みのボブカットで、ケモ耳と尻尾が感情を表すようにふりふりと動いてとても可愛らしい。ちなみにだが、育ち過ぎてしまった胸の大きさを気にしているらしい。


「え~!何それ!?ジルジルはパピルと一緒に楽しく過ごした方が絶対良いもん!はい、もう決定~!!」


更に異論を挟んで、自分なりの論理を唱えるのは、僕より2つ年上の20歳になる妖精族リーグラント王国女王陛下のご息女、パピル・リーグラント様だ。


勝手気儘な自由人で、熱しやすく冷めやすい方なのだが、何故か僕の事を大層気に入り、知り合ってからずっとこの調子で僕を評価してくださっている。妖精族の特徴であるピコピコ動く触角を額から2本生やし、腰まで伸びる長い緑色の髪を三つ編みにしており、幼い容姿と130センチほどの身長をしている可愛らしいお方だ。


「いやいや、待ちなさいよ!そもそも我が国は他種族との婚姻は禁止です!ジール君は人族の王女であるキャンベルのものよ!」


こう主張するのは、僕たち人族のドーラル王国女王陛下のご息女であるキャンベル・ドーラル様だ。


年齢は一つ下の17歳。人族特有の黒目・黒髪をしており、肩まで伸びる艶やかな黒髪をツインテールにしている。普段僕には強い口調で話しかけてくるのだが、僕の言葉に時折頬を赤く染めながら俯くことがある可愛らしいお方だ。また、胸がまったく無いということにコンプレックスを抱えているようで、その事を隠すように腕組をしている事が多い。


「か~!だから最初っから言ってんだろ!?この決闘で勝ち残った奴がジール殿を好きに出来るんだ!ゴチャゴチャ言ってねぇで、早くやろうぜ?」


イラついた表情を浮かべているのは、6つ年上の24歳になる魔人族のダイス王国女王陛下のご息女、ジェシカ・ダイス様だ。


直情的で姉御肌な性格をしているジェシカ様は、ベリーショトの赤髪で、魔人族特有の褐色の肌に筋肉質な体格をしている。2メートル近い身長で、瞳は人族の白目と黒目が反転した色彩をしている。言葉遣いは悪いが、見た目と違って女性では珍しく料理が好きで、よく僕にお弁当を差し入れてくれる優しいお方だ。


そんな、僕にとっても親交の深い5人の女性達が一触即発の雰囲気な中、僕は大きなため息を吐いた。




 この世界では様々な種族が存在し、多様な特徴を有して発展してきた。


人族は手先が器用なこともあって、道具の開発・加工技術に長けている。魔人族はその巨体と力を活かした建築技術が、妖精族は食品や服飾などの加工技術が、そして、龍人族はアルマエナジーの制御に長けていた。


この世界に生きる全ての生物は、【魂の力】と言われている”アルマエナジー”を持っている。アルマエナジーの効果を簡単に説明すると、身体を覆うことで筋力が増したり、まるで消える様に速く走れたりすることが出来る。更にごく少数だが、アルマエナジーを武器に具現化して戦いに使用することも出来るのだ。そういった稀少な存在を、この世界では『クルセイダー』と呼んでいる。


クルセイダーは国家の剣であり盾となる存在で、その強さに応じて国から序列を付けられており、上位の者ほど国からの優遇が受けられる。


そんなクルセイダーの仕事は、大陸に蔓延る巨大で獰猛な『害獣』の駆除と、国家間で行われる『決闘』に勝利することだ。


害獣とは、遥か昔、卓越した技術力をもっていたある国家が、当時の技術者に命じて繁殖力が強く、より短期間で成長し、良質な食肉が採れる家畜を作れという指示の元に作り出した動物の突然変異種だ。その突然変異種は、開発した国家の想定を遥かに上回る巨体となり、異常なまでの繁殖力であっという間に増殖し、僅か数年でその国を滅亡させてしまったという記録が残っている。


そんな突然変異種は、永い年月の後に大陸中に蔓延ることになり、今は『害獣』として人々から恐れられている。しかし、そんな害獣も討伐することが出来れば非常に美味しい食料となるので、各国のクルセイダーは害獣の脅威から人々を守りつつ、かつ食料調達のために日々奮闘している。



 そして、もう1つの仕事である決闘については、この世界の歴史を説明しなければならない。


現在、この大陸には5つの種族による5つの国があり、100年程前までは種族間の戦争が絶えなかった。争う理由は多々あったが、代表的なものは種族の違いによるものだった。お互いがお互いを見下すあまり、自分達の種族にとって都合の良いように相手の種族が動いてくれなければ、それだけで戦争が起こっていた程だ。


戦争は短期間の内に何度も繰り返され、やがて各国とも戦争のために資源を異常に食い潰してしまい、人材の大半を戦争に費やした結果、国家の食料生産能力が極端に低下し、食料危機にまでも陥った。また、最も深刻だったのが、主に戦場で戦っていた男性の急激な人口減少だった。


それまでの人口分布では、男性と女性の割合はほぼ半々という状況だったのだが、戦争も末期頃になると、各国とも男性が人口の2割以下にまで落ち込む程だった。


人類存亡の危機に立たされることになった各国は協定を結び、今後の種族間での戦争を全面的に禁止する事となった。


しかし、男性の数はもとより、戦争によって失われた資源や食料が急激に回復する事はなく、各国とも非常に厳しい状況に追い込まれることになった。そんな折り、戦場となっていた大陸中心の荒野が突如大規模な噴火と共に地殻変動し、巨大な台地へと変貌を遂げた。


地殻変動が落ち着いた頃に調査すると、なんと台地の真ん中には天まで届きそうな程の高さの山が出来ており、その裾野には緑溢れる森や草原などが広がっていた。更には、その森からは異常な程豊富な食料が採れることが分かり、山にいたっては様々な種類の鉱物が大量に眠っていることが分かった。


各国は女神の助けだと歓喜した。しかし、どの国も危機に瀕していた頃はまだ良かったのだが、状況が落ち着くと欲が出てきたのだろう、全ての国家がこの場所の独占を狙うようになった。ただ、各国で結んだ戦争禁止の協定を破ることも躊躇われ、別の手段を模索した結果、各国代表者における戦いに勝利した国が、一定期間資源の採取を独占的に行うことが出来るという決闘システムが出来上がった。そこで得た資源を自国で消費するも、他国に売るも、その国の自由だ。


今では半年に1度その決闘が行われ、夢幻むげん大地と名付けられたその地の採取権を争うようになった。



 そんな世界で男性は、次第に弱い立場へと身をやつしていった。絶対人数が少ないこともそうだが、アルマエナジーの扱いに長けていた男性が戦争によって激減したことで、女性の方が立場も力も上となっていった。


やがて女性の方が、アルマエナジーの扱いにおいても保有量においても男性を凌駕するようになり、この100年で世界的に男性とは、か弱い存在と認識されるようになった。また、各国の男性に対する扱いも変化していき、生殖可能な18歳になると国の管理の元に強制的に婚姻相手を決められてしまうようになる。


当初は減少した人口を回復させるための臨時的な手段だったのだが、長きに渡る戦争により失った技術力や人材、そして資源等々を鑑みると、一先ずは現状の人口を維持するのが精一杯だという結論に至った。また、人口を増やす際に男性の割合が増え、女性としての権利が縮小してしまう事を恐れた時の支配者が、女性にとって都合の良い世界にすべく、男性の保護という名目での自由の制限を打ち出し、他国も同様の動きをみせていった。


結果として男性は、国からは貴重な資源のように見なされ、女性からはアクセサリーのような扱いを受けることになり、男性も絶対数の少なさもあってか、その状況を受け入れていった。次第に男性は強さから遠ざかり、身体を鍛えるようなことはせず、女性から気に入られようと外見に気を使った手入れなどをするようになっていく。



 この物語は、そんな世界において女性に若干恐怖症を抱きながらも、過去のトラウマを払拭すべく、強さと自由を追い求めた少年と、そんな少年を放っておいてくれない女性達の物語である。

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