第40話目覚め

 この声は誰のものだろう。

 凄く安心する心地良さと、まるで大切な人に何かを訴えかけるような力強い気持ちを感じる。


「私の声が聞こえますか? 帰ってきてくださいキリちゃん!」

「貴方が魅了されたままではこの戦い勝利とは言えません!」

「みんなが待ってるよキリカちゃん。帰ってきて」


 私に呼びかけるこの声には聞き覚えがある気がする。

 昔から仲良くしてる友達と、最近仲良くなった友達の声だったかな?

 でも大丈夫、私はただ眠いだけ、ちょっと眠ったら起きるからさ。


「起きる気配がない? 何でなの?」

「まさかキリカ様には真に愛する人がいない……?」

「そんなバカな話がありますか! この平手で目を覚ましなさいキリちゃん!」

「――マリー様っ! キリカちゃんに平手打ちするだなんて……」


 あれ?

 なんか頬がちくっとした気がする。

 虫にでも刺されたかな?


「くっ……さすがキリちゃん、頑丈すぎて平手打ちくらいじゃびくともしません。私の手が痛いくらい……だったら!」

「「キャーッ!」」


 ん? 何?

 この唇に感じる感触は、まさか……!?

 誰だ私にキスしてるのは!!

 前世も含めてのファーストキスだったのに……!


「ちょっとマリーさん! なんてことしますの貴方は! ずるいですわ!」

「緊急事態なので致し方なしです!」

「でしたら私もやります!」

「えっ、じゃあ私も!」


 なんか三人くらいから代わる代わるキスされてる気がするんですけど!

 んっ! 今舌入れたのは誰だ!

 まったく、気持ち良く寝落ちしそうだったのに、突然のキスで目が覚めちゃったよ。


「――皆さん見てくださいっ! 私のキスでキリちゃんが目を覚ましましたわ!」

「いーえ、私のです!」

「ううん、私のだと思うな」


 ゆっくりと目を開けるとマリー、ディアナ、エルカちゃんの三人が、じーっと私の顔を見つめていた。

 えっ、何? ビックリするじゃん!

 もー、脅かさないでよ!


「キリちゃん、目が覚めたのですね! ……良かった……。魅了の後遺症などはありませんか?」

「魅了? 後遺症? 何のこと? あっ、そうか! 私はドーベルの魅了に……」


 目を覚ました私を見たマリーは両手を胸に当て嬉しそうに顔を綻ばせると、魅了の後遺症について聞いてきた。

 そういうことか、全て理解した。

 何と私はドーベルに魅了されていたのだ。

 くっ、この私を魅了するとは!

 さすが公式ラスボスと言ったところかしら、ただの露出の多い美人さんじゃないってことね。


「あれ? そのドーベルはどこに行ったのかしら? まさか逃げた!」

「何も覚えていませんのね。ドーベルならキリカ様にしばかれてそこで寝んねしてますわ」


 ディアナに示された方を見ると、気を失ったドーベルが拘束されていた。

 えっ、これ私がやったの?

 そういえば寝そうになってる時になんか殴った気がするなぁ。

 凄く高圧的でイラっときたのを薄っすらと覚えてるよ。

 あれはドーベルだったのか。


 恐らく私が完全に魅了されなかったのは状態異常耐性を鍛えてたおかげかな?

 それにしたって、魅了された状態で倒すなんて私凄くない?

 まるで意識を失ったまま戦い続けるボクサーみたいでかっこいいじゃないか。


 それはいいとして、この三人には聞いておかねばならないことがある。


「ところで、眠っている間に誰か私の唇を奪いませんでしたか?」

「えっ……と、それは……昔から眠り姫を目覚めさせる方法は熱い口づけと相場が決まっておりますので」

「マリーさんがいたしたから私もって思いまして……」

「二人が……その……してるのを見てたら胸がもやもやして……」


 私がジト目で見つめながら問いかけると、マリー、ディアナ、エルカちゃんの三人はしどろもどろになる。

 やっぱり貴方達が犯人か。

 まったく、エルカちゃんまで一緒になって何してんのよ。


 まあ確かにマリーの意見には納得する部分もある。

 昔からある地球の物語もそうだし、ゲームでもエルカちゃんのキスで攻略対象の魅了を治すイベントは根強い人気があるもんね。

 それに仲良しなこの三人になら、


「いきなりだったからビックリしただけで、別に怒っている訳ではないのよ。だって……嫌な気持ちではありませんでしたし……」


 私のファーストキスをあげるのも、やぶさかではないのだから。


「キリちゃーん!」

「いつもいつも狡いですわマリーさん!」

「わ、私だって!」


 私が怒っていないことを悟ったマリーが抱きついてくる。

 それを見たディアナとエルカちゃんも続いて抱きついてきた。

 瞳を流れる涙から、私を本気で心配してくれていたのが伝わってくる。

 ごめんねみんな、心配かけたみたいだね。

 私は三人の頭を優しくなでた。


 ふと周りから視線を感じ見てみると、ヴィクトリアとシオリが私達をじーっと見つめていた。

 ヴィクトリアは小さく「きゃー」って言いながら手で顔を隠してこちらを見ないようにしているが、私にはわかるぞ。

 こっそり指の隙間から覗いているのがな。


 シオリに至ってはこちらをガン見だ。

 目を爛々とさせ、鼻からは血が垂れている。

 怖い! 怖いよシオリさん!


「シ……シオリさん、鼻血が出ていますわ。まさか戦闘で怪我を! 大丈夫ですか?」

「いえ、怪我ではありません。あまりの尊い展開に鼻から涙が流れてしまっただけです。そんなことよりどうぞ続けてください。この光景を一生忘れることなく、私の脳内に記憶させていただきますので!」


 あんたは鼻から涙を流すんかい!

 しかも赤いやつ!

 まあいいよ、私は人の趣味嗜好をとやかく言うなんて野暮なことはしない。

 気の済むまで、好きなだけ見ててくれ……。


 こうして私達はドーベル率いるケルベロスの王国侵攻を阻止した。

 正直なところ私がシリュウさんに勝てるかは紙一重だった。

 そのシリュウさんを魅了したドーベルは、本人の戦闘能力は低くても、実力はシリュウさんよりも上ってことになるだろう。

 でも、勝負は時の運とも言うし、今回は誰一人欠けることなく勝利できたよ。

 私達の完全勝利だ。

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