第39話最後の戦い

「……はっ? 何これ? シリュウって王国最強じゃなかったの? 何で小娘に負けてるわけ? おかしいでしょ?」


 ドーベルは地面にキスするシリュウさんを有り得ないといった表情で見ながらぶつぶつと呟いている。

 どうやらドーベルにとってシリュウさんは取っておきの切り札だったようだ。


 王国征服の夢が破れて今どんな気持ち?

 って、聞いてみたい感情が私の中に沸々と沸いてきた。

 だが! だがしかしだ!

 いくら相手が悪者だからって、そんな傷口に唐辛子をすり込むようなまねは公爵家のお嬢様としてどうなのよ?

 何より私の主義に反するわ。

 それに、仲間を全て倒されて茫然自失となっているドーベルを見てると、なんか少し可哀想になってきたよ。


「……ふふふ……あはは、あーはっはっはっはっ!」


 うわ! なんかいきなりドーベルが大笑いし始めた!

 絶体絶命のピンチに頭が沸いちゃったか?


「あははは……やるわねキリカさん。今日のところはこれくらいにしておきます。では、また会いましょう」


 そう言い残し去っていこうとするドーベルだが、


「待ちなさい!」

「このまま帰すと思っているのですか?」


 捨て台詞を吐いて去っていくドーベルに私が呆気に取られていると、マリー達が逃すまいと道を塞いだ。

 危なっ!

 あまりにも自然な流れで帰ろうとするから見逃しちゃうところだったよ!

 おそろしく早い逃亡、マリー達じゃなかったら見逃しちゃうね。


「さすがに無理よねぇ……。なら、減らされた兵隊の分、貴方達を魅了してやるわぁ!」


 そう宣言したドーベルの瞳が怪しく光を放ち、マリー達を照らす。

 これがドーベルの魅了?


 確かドーベルの魅了はかけた相手を操る非常に厄介な魔法なんだけど、自分自身よりも大切な、真に愛するものがある人には通じないっていう弱点がある。

 ゲームでは主人公のエルカちゃんと仲間との好感度が一定以上だと魅了は通じないんだけど、みんなは大丈夫?


 ドーベルの瞳から放たれる光が収まるが、みんなに魅了されたラファエル達のような異常は見られない、か?

 いや!

 いじめっ子ローズといじめられてたグレープが虚な瞳をしてる!

 魅了されてんじゃん!


「ちょっと貴方達!」

「しっかりしなさい!」


 と思ったら、マリーとディアナが二人をどついて失神させた!

 仕事が早い!


 ってか、ローズとグレープ以外のみんなにはドーベルの魅了にかからないほどに愛する人がいるんだね。

 私にはいるのかな?

 マリーやエルカちゃんやディアナにシオリ……友達のことは大好きだけど、愛してるかって言われるとちょっと違う気もするし……。

 愛する人がいるみんなが、ちょっと羨ましいな。


「貴方達に魅了は効かないようね。だったらキリカさん、貴方はどうかしら?」


 マリー達に魅了が効かないと見たドーベルは私に狙いを定めたようだ。

 ドーベルの瞳が再び怪しい光を放つ。

 またまたー、そんな魅了が私に通じる訳ないじゃん。

 状態異常耐性なんて子供時代に自ら毒を食らったり散々修行して克服したっつーの。

 その私に、今更魅了なんてかかる訳ないじゃんか。


 って、あれ、おかしいな……なんか、意識が遠く……なってきた……。

 えっ? 私ってばもしかして、魅了にかかっちゃってる!




◇◇◇




 ……あれ……私、今まで何してたんだっけ?

 考えようとしても頭が回らない。

 う〜ん、なんか起きたまま寝てると言うか、寝ぼけてるみたいな感覚だな。

 とにかく眠い、このまま眠ったら気持ちよさそうだ。

 でも、何か周りが騒がしい。

 もう、安眠妨害はやめてよね。


「せっかくドーベルを追い詰めたのに、キリカ様ったらふらふらしてどうしたのかしら?」

「キリちゃん……まさか、ドーベルに魅了された……?」


 誰かが何か言ってるけど違うよ。

 私はただ眠いだけ、魅了なんてされてませんよーだ。

 てことで、おやすみー……。


「……やった……やってやったわぁ! 絶体絶命のピンチから最強のコマを手に入れたのよ! さあキリカさん、あの子達をやってしまいなさい! ……どうしたのキリカさん、なぜあの子達に攻撃しないの? 早く倒すのよ! ――ちょっ、何っ? ぐふっ!」


 うるさいなあ、私は眠いんだから静かにしてよ。

 眠いながらも感じる気配から、私は敵意を発するものを殴り飛ばした。

 よし、これで静かになった。


「キリちゃんがドーベルをぶっ飛ばしましたわ……完全には魅了されていないと言うことかしら? しっかりしてください! 私と言うものがありながらドーベルの魅了になどかからないでくださいまし!」

「マリーさん、私と言うものがってどう言う意味ですの? 魅了と何か関係がありまして?」

「ドーベルの魅了は真に愛するものがいる人には効かないのです。つまり私がいる限り、キリちゃんに魅了は効かないはずなのです」

「何でそうなりますの! それなら私がいるからですわ!」

「ううん、私だと思うな」

「まあ、ディアナさんに続いてエルカさんまでそんな戯言を仰るのですか? 私が一体何十年キリちゃんをお慕いしていると思っておりますの?」

「愛に年数は関係ありません。それに何十年て、マリーさん貴方は私達と同じ十五歳でしょうが!」


 この子達も煩いなあ。

 でも、煩いのに不思議と嫌な気分にはならない。

 何でだろう?

 私のことを想う愛情みたいなものを感じる。

 思わず私もまぜてーって、仲間に入りたくなっちゃうよ。

 でも、今は眠いから、それは起きてからでいいや……。


「でしたら先にキリちゃんを目覚めさせた方の愛こそが本物だと認めましょう。では始め! キリちゃん、貴方の愛するマリーですよ! 私の声で目を覚ましてくださいませ!」

「ちょっとマリーさん! フライングはずるいですわ! 私の呼びかけに答えてくださいキリカ様!」

「だったら私も……。魅了なんかに負けちゃだめだよキリカちゃん!」


 ……声が聞こえる。私を呼ぶ温かい声が……。

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