第32話決闘

「ふう……ありがとうエルカちゃん、おかげで落ち着けたわ。ところで貴方達、何でこんな所で争ってるのよ?」


 エルカちゃんの励ましで落ち着きを取り戻した私は、両グループがなぜ争っているのかを聞くことにした。

 こういう時は最初からどちらかに肩入れせずに、まずは話を聞かなきゃだよね。


「何でも何も、この下級貴族達がいきなり喧嘩を売ってきたのですよ」

「いきなりですって? 貴方……自分達が今まで何をしてきたと思っているのよ! それに、私の名前はグレープ・クグロフよ。下級貴族でも巾着娘でもないわ!」


 ローズの返事にグレープの怒りが爆発した。

 加害者は相手の気持ちなんて考慮しないからね。

 あれだけの事をしておいて悪びれる様子もないんだから、そりゃあ怒るよ。


「キリカ様、私はローズと決着をつけなければ気が済みません。是非、キリカ様に決闘の立会人をお願いしたいのですが」

「わかりました。引き受けましょう」


 私は即答した。

 うん、この世界では決闘は禁止されていないし良いんじゃないかな。

 身分が低い方が負けたら大変な事になるけど、グレープの決意に満ちた顔を見れば、腹を切るくらいはやりそうだもん。

 だけど、ローズが決闘を受けなければ始まらない。

 どうするのかとローズを見ると、


「この私と決闘だなんて、タイマンなら私に勝てるつもりなのかしら? 下級貴族が、身の程を教えてあげるわ」


 好戦的な笑みを浮かべてグレープを見据えていた。

 うん、殺る気まんまんって感じだね。


「それでは決闘はいつにしましょうか? 私は貴方達に合わせるわよ」

「それでは……本日この場でっ!」

「——えっ、グハッ」


 そう言うと同時に、ローズがグレープに襲いかかる。

 正面から身体ごと全体重を乗せて飛び込んだストレートパンチだったが、油断していたのかグレープにクリーンヒットした。


 日程を決めようとしたら始まっちゃったよ!

 ローズはダウンするグレープを満足そうに見下ろすと、得意げに私に話しかけてきた。


「まさか卑怯だなんて言いませんよねぇ? お嬢様は常在戦場と言ったのはキリカ様なんですから」

「ええ、もちろんよ」


 もちろん卑怯ではない。

 好ましくはないけどね。

 不意打ちならまず確実に大技が決まる。

 初手に全体重を乗せたスーパーマンパンチとは、ローズもなかなかやるわね。


「茶番を終わらせましょうか、死になさい下級貴族!」


 ローズは追撃のサッカーボールキックを入れようと振りかぶるが、グレープは地面を転がって避け立ち上がる。

 わざわざ私に話しかけなきゃ今ので決まってたのに、自慢したがりめ。

 その隙に休めたグレープは少し回復してるぞ。


「卑怯者め、正面から戦えないの!」

「ほほほっ、不意打ちはキリカ様公認なんですけど、ってか、さっきあんたもやったでしょうが!」


 そういえば、先に不意打ちを仕掛けたのはグレープだったわね。

 今のは意趣返しでもあったのか。


 そこからは一進一退の攻防が繰り広げられた。

 お互いの実力は互角かな?

 長期戦でスタミナが切れて泥仕合になってきたよ。

 ローズとグレープの二人は、乳酸が溜まり重くなった身体を引きずり、ヘロヘロのパンチやキック、魔力切れで威力の落ちた攻撃魔法を繰り出していた。


「ぜー、ぜー、……下級貴族の分際で……なかなか強いじゃないの」

「ぜはー、ぜはー、……貴方も……性格が捻じ曲がってる割には……良く鍛えてるじゃない」


 二人とも会話で相手の動きを止めて休憩してるな。

 少しでも体力を回復させてから勝負に出そうね。


 私の予想は見事に当たり、二人は同時に勝負に出る。

 右ストレートと右ストレートがクロスし両者の顔面にめり込むと、二人はゆっくりと膝から崩れ、地面に倒れ伏した。

 まだ意識のある二人は立ち上がろうともがくが、足に力が入らないようで立ち上がることはできなかった。


「そこまで! この決闘は引き分けとします!」


 ダブルノックダウン、両者戦闘不能と見た私は決闘の終了を宣言する。


「ローズ貴方はせっかく性格が悪いのにそれを活かせていないわ。戦いとは相手の嫌がる選択をし続けることよ。長所を活かしてもっと相手の弱点を突きなさい。グレープは正面から行きすぎよ。例えば最後の激突なんて、頭一つ横にずらして右ストレートを打てば、貴方のパンチだけがカウンターで当たって勝ってたわよ。もっと考えながら修行するといいわ」

「「は、はい!」」


 私が決闘を見て感じたことをアドバイスすると、二人から良い返事が返ってきた。

 うん、二人とも私のアドバイスを素直に受け止めてくれたようだ。

 観戦していた二人の仲間も大人しくなっている。


 この場は争いを治められたけど、両者の確執が無くなったわけじゃない。

 人から受けた恨みはそう簡単に消えないもの。

 また二人が喧嘩したその時は、何度だって私が間に入るわ。


「さすがキリちゃん、あんなに荒れていた二人が大人しくなりました」

「おほほ、戦いとなればキリカ様は天才的ですからね」

「ですね。キリカ様の戦闘IQは悪魔的ですから」


 マリー、ディアナ、サラの声も聞こえてくる。

 三人からの評価も概ね好評だ。


「良かったねキリカちゃん、上手く争いを治められたね」

「うん、ありがとうエルカちゃん」


 スッと拳を差し出してきたエルカちゃんと、私はコツンを拳を合わせて笑い合った。




◇◇◇




 一方その頃、ケルベロスの大幹部ドーベルは離れた位置からキリカ達の様子を見ていた。


「あら〜、キリカさんたら、上手いこと争いを治めたわね。私が渡した薬を飲んだあの子達の争いを治めるだなんて、ただ強いだけのバカかと思っていたけど、考えを改める必要があるわね……。でも、私の薬はショックや衝撃で正気に戻ることがわかったし、収穫はあったわ」


 予想外の結末に、キリカの評価を上方修正するのだった。

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