第29話暗躍
「くそっ! キリカ様はなんであんな子達の味方をするのよ!」
「そうだよね。ちょっと……うざいよね——むぐぐっ!?」
「バ、バカッ!? 誰かに聞かれたらどうするの! 私達なんてあの方にかかったら一瞬で消されるわよ!」
「そうだね!? ごめん……」
「でも……私も貴方と同じ意見よ」
ローズは不用意な発言をした仲間の口を塞ぐ。
彼女は自分の家よりも格上であるキリカの公爵令嬢としての家柄はもちろんのこと、その戦闘能力を恐れているのだ。
そして、その恐れは正しい。
キリカにそんなつもりはなくとも、やろうと思えば瞬きする間に、一瞬で彼女達を屠ることが可能なのだから。
だが、そんなローズの気持ちも仲間には伝わらず、少女達はキリカを恐れつつも愚痴を言い合い、不満を露わにする。
「私達の方が偉いんだから下の者をどう扱おうが構わないじゃない。なのにキリカ様ったら良い子ぶって」
「だよねだよね! おかしいのはキリカ様だよね!」
「だから声が大きいって! 貴方達はあの方の恐ろしさがわからないの?」
ローズは仲間の迂闊さに呆れてため息を吐く。
その姿にムッときた仲間は反論を始めた。
「でも……キリカ様は確かに強いけど、そこまでローズが怯えるほどなの? 私達ってクラスが違うから、キリカ様の戦ってる姿って見たことないのよね」
「だよね。私達の世代最強はガイアス様でしょ? 素敵よねガイアス様。この間のオリエンテーリングでも大活躍だったし、キリカ様も強いとは聞くけど、ビビりすぎじゃない?」
ローズは仲間の発言に呆れて物も言えなくなり、無知は罪であるとはこの事だと思った。
知らないなら今後の為にも教えるべきかと話し始める。
「はぁ……知らないなら教えてあげるわ。二人共当時のことは話さないからあまり知られてないのだけど、五年前キリカ様はガイアス様と立ち合ったことがあるの。どちらが勝ったと思う?」
「えっ……そんなことわざわざ聞くってことは、まさか……」
「そのまさかよ。勝ったのはキリカ様。つまり私達の世代最強はキリカ様ってこと。五年前とはいえ、あのガイアス様に勝ったのよ。ガイアス様の頬に傷があるでしょう? あれはキリカ様に付けられた傷で、敗北の悔しさを忘れない為に残しているって噂よ」
五年前、十歳の頃からガイアスは一騎当千の戦士として有名であった。
将来は王国を守護する大将軍になるだろうと期待されていたガイアスに、同い年の少女が勝ったのだ。
王族の名誉のこともあり、二人の勝負は秘密にされたが、人の口に戸は立てられない。
遠くから見ていた者もいたのだ。
緘口令が出たとはいえ、そうした目撃者から一部では広まっていたのだった。
「この世界では突出した個人の戦力は軍を上回る。貴方達も貴族の娘なら知っているでしょう。これであの方の恐ろしさがわかったかしら? 今は優等生の仮面をつけてるけど、仮面はいつでも外すことができるのよ」
「……ごめん。私達の考えが甘かったみたい……」
ローズの意見にいじめグループのメンバーは自分達の考えの甘さに気付き、同時に今までの失言が怖くなり辺りを見回す。
そして、自分達以外の人間がいないことを確認すると安堵の息を吐いた。
「どうやらわかってくれたようね」
「え〜、じゃあキリカ様が下級貴族の味方をするんなら、私達は誰でストレス発散すればいいの? それってキリカ様が私達をいじめてるってことじゃないの?」
いじめグループのメンバーは自分勝手な謎理論を展開し、自分達がキリカにいじめられていると主張を始めた。
それを聞いたローズは当然だと言わんばかりに述べる。
「そうね。認めたくはないけれど、私達が下級貴族をいじめる権利があるように、あの方には私達をいじめる権利があるのよ。まあ、優等生なあの方にそんなつもりはないでしょうけどね」
「そんなの権利の侵害じゃん! じゃあ私達は誰をいじめればいいのよ!」
ローズは仲間の憤りはもっともだと思うが諦めてもいた。
キリカの方が力も家柄も自分達よりずっと上なのだから……。
怒る仲間を見守るしかないそんな時だった。
周囲には誰もいないはずだったのだが、ローズ達に話しかける者がいた。
ケルベロスの大幹部ドーベルだ。
「ちょっと貴方達、少しよろしいかしら? 話があるのだけれど」
(誰、この女? さっきまでこの周辺には誰もいなかったはずなのに……何の気配もなく現れるなんて)
突然現れたドーベルに警戒するローズ達だが、ドーベルは気にする様子もなく話を続ける。
「自分よりも上位の存在に締め付けられて不満が溜まっているのでしょう? わかるわその気持ち。私も上から物を言われるのが大嫌いだもの。だったら我慢する必要なんてないんじゃない?」
「そうよね。私達が我慢する必要なんてないよね。だって、おかしいのはキリカ様なんだもの!」
こちらの返事も聞かずに話し続けるドーベルを訝しげに伺っていたローズ達だったが、いつしか話に聞き入っていた。
そしていつしか、このおかしな女の意見が正しいものに思えてきたのだ。
思考誘導にかかったローズ達を見るドーベルは、楽しそうに口の端を釣り上げる。
(どうやら上手く思考誘導にかかったようね。貴方達にはケルベロスの為……いえ、私の為に踊ってもらうわよ。さて、次はいじめられていた下級貴族の所に行こうかしら)
目的を達成したドーベルは、次の標的を定めて動き出すのだった。
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