第28話人間の本性

 朝の会議を終えた私達は、放課後からパトロールと生徒への呼びかけを開始した。

 二人一組にわかれて広い校内を手分けして回ることになり、私はエルカちゃんと組んで見回ることになった。

 二人きりになる機会って珍しいから、みんなの前じゃ聞きづらいことを確認しておこう。


「エルカちゃん、ちょっと聞きづらいんだけど……同級生からの嫌がらせはない? 私達といる時はあの子達寄ってこないけど……」

「……凄いなキリカちゃんは……なんでもわかっちゃうんだね。うん、全くなくなったって訳じゃないけど、みんなのおかげで直接的なものはなくなったよ。楽しく学院生活を送れるようにしてくれたみんなには、本当に感謝してるんだ」


 やっぱり完全になくなった訳じゃないのか。

 くっそー、あいつらっ! 私達が見てない所でダサいマネしおって!

 どうしてこんなに可愛いエルカちゃんをいじめたりできるんだよ!?

 そんなの外道だよ! 悪魔の所業じゃんか!

 まあ、例え可愛くなくてもいじめちゃダメなんだけどね。


 いじめに対する怒りを胸に秘め校内巡回を続けていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 何事かと私達が様子を見にいくと、以前エルカちゃんを取り囲んでいじめていたグループが少人数のグループに罵声を浴びせている現場だった。


 あの囲まれてる子達って確か準男爵や騎士爵を親に持つ、割と家格の低い子達だったかな?

 ってことは何か? あいつらはまた弱いものいじめをしてるってことか?

 ま、人間そう簡単に変われるものじゃないし、私がちょっと何か言ったくらいであいつらが心を入れ替えるなんて期待はしてなかったけどね。


「貴方達、家の爵位が低いくせに生意気なのよ!」

「ねえ、こいつ下級貴族令嬢のくせに良いドレスきてるわよ」

「あら本当、素敵なドレスね。でも、準男爵令嬢の貴方にはこっちの方が似合うわよ!」

「きゃああっ!」


 準男爵令嬢のドレス気が入らなかったのか、いじめグループの一人が準男爵令嬢のドレスのスカートを手首の位置まで捲り上げて、万歳の体勢で縛り上げる。

 そして、丸出しになったお腹をペチペチ叩きながら甲高い笑い声を上げた。


「準男爵令嬢巾着袋の完成よ! でも、素材が安い女だから価値は低そうね」

「キャハハッ! 何それウケるー!」

「ふ〜ん、貴方なかなか綺麗なお腹してるじゃない。私がもっと素敵になるようにアートを描いて上げるわ」

「や……やめてください。……ううぅ……」


 巾着袋にした女の子のお腹をひとしきり叩いて満足すると、いじめグループのリーダー格であるクーヘン伯爵家のローズはナイフを取り出した。

 アートって、もしかして腹をナイフで切って絵を描くつもり?

 家の爵位が上ってだけで、巾着袋にされて顔は見えないけど、おそらく泣きながら止めてと願う女の子にそこまでやっていいのか?


 あれは本当に人間なのか?

 獣だって獲物を甚振ったりしないのに。

 あれ? 猫は甚振るんだっけ? 動かなくなった獲物を警戒してるだけって説もある。

 でも、あれは甚振るじゃなくて嬲るだ。

 狩った獲物を嬲って悦にいるなんて悪魔くらいだと思ってたけど、あの子達を見ると人間の本性は悪であると説いた性悪説は正しいと思えるよ。


 あんまりあの子達と関わりたくはないんだけど、見ちゃったからにはほっとけない。

 そう考えを纏めた私はいじめに介入する為に割って入った。


「とても聞くに耐えない罵声が聞こえるものだから何事かと思ったら……貴方達、何をなさっているのかしら?」

「キ……キリカ様……!? それにエルカ!?」


 私達が現れると思っていなかったいじめっ子達は、私達を見るなり顔を青ざめ冷や汗をダラダラ流し始めた。

 あ〜ら、せっかく綺麗にお化粧したのに台無しになってしまいますわ。

 お綺麗お召し物も汗で汚れてしまいますわよ。


「この学院はいつから低俗な行為を競う場になったのかしら? ここは魔法や学問、武術を学ぶ場ではなくて? それとも、私の認識が間違っているのかしら?」

「……いえ……キリカ様が間違っているなど、そのようなことは……」


 いじめグループのリーダーであるローズは、よほど悔しいのかギリリッと音がするほどに歯を噛み締めて渋い顔をした。

 あれれ〜、あんなに元気にいじめを楽しんでたのに静かになっちゃったよ。

 立場が下の人間にはやりたい放題できても、さらに上の人間には強気に出れないってか?

 これじゃあまるで私が悪者みたいじゃないか。


 さて、この後はどうしようか?

 巾着袋の子の身が危なかったから飛び出したけど……謝らせるか?

 でも、私が権力や暴力で脅して謝らせたところで、心からの謝罪は得られないし、いじめもなくなるどころか、私の目の届かない所でより激しくなりそうなんだよね。

 だったらこの場であの子達を裁くのは悪手かな?


「前回はっきりとは言いませんでしたから伝わらなかったみたいですね。今回は単刀直入に言います。家の立場が上だからと調子に乗りすぎよ。弱い者いじめはやめなさい。そのような行為は、人として恥ずべき事です」

「そ、そんな……!? キリカ様はこの巾着娘達の味方をするのですか……!?」


 ローズは信じられないといった感じで大袈裟に驚いている。

 私そんなにおかしなこと言ったかな?

 間違ってるのはこの子達だよね?

 正論では何も解決できないってのはこういうことなのか?


「巾着娘の味方ではなく、私はいじめをする者の敵です。それで、貴方達は私の敵なのかしら?」

「い、いえ!? 敵ではありません! 失礼いたしました!」


 私が少しだけ凄みを利かせると、いじめっ子グループは凄い勢いで逃げていった。

 うん、今回はお漏らしもさせなかったし、良かった良かった。

 前回は私が掃除したんだからね!

 私に下の世話をさせるなっちゅうの!


「あの……キリカ様、ありがとうございました」


 私がそんなことを考えている間に、エルカちゃんが縛られていた巾着娘を助けていてお礼を告げられた。

 さすがエルカちゃん、仕事が早い。


「彼女達が許せなかっただけだから気にしないで、それより高位貴族はあんな子達ばかりではないから誤解しないでください」

「は、はい! 本当にありがとうございました!」


 元巾着娘達はお礼を述べると足早に去っていった。

 あの子達……ちょっと怯えてるように見えたな。

 もしかして私……怖がられてた?


「ふふっ、かっこよかったよキリカちゃん。ちょっと怖がってたけど、キリカちゃんはあの子達を救ったんだよ。落ち込まないで」

「……うん、そうだよね。ありがとうエルカちゃん!」


 助けた子達に怖がられて、少しだけ落ち込んでいた私をエルカちゃんが励ましてくれた。

 おおっ! ありがとうエルカちゃん! 心の友よ!

 そうだよね。

 私、間違ってなかったよね。

 たとえ王国の法律が許しても……私が許さない!


 しかし、貴族と平民だけじゃなくて、貴族間でもこんないじめがおこなわれていたんだな。

 この学院問題だらけじゃん!

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