第27話忍び寄る悪

 キリカ達が生徒会に入る少し前、広い洋館の一室で一人の女性の前に数人の男性が跪いていた。


「これはこれは、よくおいでくださいました。組織の大幹部であられるドーベル様にきていただけますれば、我らの王国侵攻も大変捗ります」

「世辞はいいわ。で、王国侵攻の件はどうなの? まぁ、捗っていないから私がきた訳なのだけれど」

「そ……それが、王国では人身売買も麻薬も禁止されていまして……大規模な商売ができないのです」


 ドーベルという女性の顔色を伺いながら挨拶をした初老の男は、返ってきた言葉に狼狽えた。

 彼らは複数の国で活動する犯罪組織、ケルベロスの

一員である。

 ケルベロスはとある小国を麻薬漬けにして滅ぼしたこともある死の商人なのだが、その主な資金源である麻薬も人身売買も王国法で禁止されていて、王国では思うように活動できずにいた。


「たとえ国で禁止しても需要は必ずあるわ。人間は欲深い生き物だもの。いつも通り貴族を狙うのに加えて、その子供も狙いなさい」

「子供をですか?」

「そうよ。貴族という特権階級に生まれた事で、自分を特別だと勘違いしているから、良く騙されてくれるわよ。では、良い結果を期待しているわ。ケルベロスに栄光あれ!」

「ははっ! ケルベロスに栄光あれ!」


 彼女はケルベロスの大幹部の一人ドーベル。

 見た目は二十代後半の美女だが、その姿には相手を恐怖させる貫禄があった。

 長く裏世界で生きてきた初老の男はそれを敏感に感じ取り、自分よりも遥かに年若いドーベルに畏怖し、平身低頭に接するのだった。

 ドーベルは部下に指示を出すと、黒く艶のある髪を靡かせて用意された自室に戻る。

 椅子に深く腰掛け、手には葡萄酒が入ったグラスを握り、


「私がきたからには王国もケルベロスの物……いえ、私の物よ。楽しみだわぁ」


 そう独りごちた。




◇◇◇




 生徒会役員の朝は早い。

 授業前に一度生徒会室に集まって簡単な会議をする為だ。

 て言っても、お茶を飲みながら少し話し合う程度だから、たいして苦にはならないんだけどね。


「噂で聞いたんだけど、国際的犯罪組織ケルベロスの活動が王国でも活発になってきてるらしいわよ」

「それ私も聞きました。なんでも王国に根を張ろうとしてるとか、幹部がやってきてるとか噂になってますね」

「物騒な話ねぇ。生徒達にも気をつけるよう注意喚起しなきゃだわ」


 ヴィクトリア達が話しているように、今日の議題は国際的犯罪組織ケルベロスについてだ。

 私達が住む王国では今までケルベロスの活動はあまり活発におこなわれてなかったんだけど、王国に進出してきたってことは勢力の拡大を狙っているみたいだ。

 と言っても、一学生である私達にできることは生徒が被害に遭わないように、危ない場所に行ってはダメだとか、悪い奴とは付き合うなだとか、そんなことを呼びかけるぐらいしかできないのよね。

 好奇心旺盛な若者がそんな話聞くとも思えないけど、当然やらないよりはやった方が良いに決まっている。


 しかしケルベロスか、ルートによってはラスボスになるくらい強大な組織だったわね。

 ああいう悪人は狡猾で厄介なのよね。

 その頭を真っ当な事に使いなさいよねまったく。

 そんなに頭がキレるなら真っ当に稼げるでしょうに。

 ケルベロスはその上実力まであるから始末に負えないわけだ。


「あの、この国では麻薬も人身売買も禁止されていませんでしたか?」


 エルカちゃんが気になってのか質問してきた。


「それは表向きはってことよエルカさん。貴方も王国貴族の人格はわかるでしょう? 裏では何をやってるか……」


 嘆かわしそうにヴィクトリアが質問に答えた。

 確かにね、人間って生き物は金と権力があれば調子に乗って悪いこともやるし、無ければ悪いことをやってでも稼ごうとするどうしようもない生き物だ。


 もちろん中には善良な人もいるよ。

 でも、被害に遭うのは大抵が数少ない善良な人達なんだからやるせないよね。

 私は悪人が酷い目に遭おうが「自業自得でざまぁ! 人の不幸で飯が美味い!」としか思わないけど、数少ない善良な人達が被害に遭うのは許せないわ。

 それに悪人が利益を得て被害が広がるのも見過ごせない。


「わかりました。高位の王侯貴族である私達から呼びかけて、被害を未然に防ぐ訳ですね」

「その通りよキリカさん。学院の生徒が狙われるとは限らないけど用心はしておくべきだから、みんなもよろしくね」


 ヴィクトリアはそう言って話を締めくくった。

 要するに犯罪を抑止するパトロールや職務質問みたいなものかな。

 エルカちゃんも貴族令嬢にいじめられた経験からか、納得したように頷いている。

 そりゃあんな目に合えば貴族を信用なんてできないよね。


「エルカさんが同級生に嫌がらせを受けていたのは聞いているわ。そんな相手を守るのに思うところはあるだろうし、無理にとは言わないわ」

「いえ、やらせてください。私を守って仲良くしてくださる大切な方もいます。私はその方達を守りたいです」


 エルカちゃん貴方、なんて良い子なの!?

 私の中のエルカちゃん株がストップ高だわ!


「さすがはキリカさんが推薦した子ね。いい心意気だわ。さあ、ケルベロスから私達の学院を守るわよ!」


 ヴィクトリアが高らかに宣言し、私達の対ケルベロス対策活動が始まった。

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