第7話キリカとエミリア
お茶会や初めて訓練場に行った日から一月ほどがたっていた。
その間の私は子供ながらに忙しい生活を送っていた。
朝は早起きして一人で修行、その後は朝食をとってから勉強の時間だ。
魔法学院は十五歳からの入学になるので、それまでは家に家庭教師を招いて貴族の淑女として恥ずかしくないように勉強やマナーを叩き込まれていた。
勉強はこれでも元日本の高校生だった私には、この世界の算術くらいなら問題はない。
歴史とか国語とかもキリカとしての記憶も引き継いでいるから特に問題なくやっていけてるわ。
昼食後はマナーの授業。
もちろんキリカの記憶があるから知識としては知ってるんだけど、知ってるのと実際にやるのでは違うみたいでこれが大変なのよ。
カーテシーなんて前世でやったことないし、テーブルマナーも難しいわ。
でも、フローズン家の食事が美味しいおかげで頑張れる。
この間の赤ワインソースのお肉は絶品だった。
前世で食べたブランド牛に勝るとも劣らないわ。
マナーの授業が終わったら次は習い事の時間。
ダンスとピアノを中心にいろんなことをやらされたわ。
前世では武術とゲームしかしてこなかった私にはこれが大変。
ダンスもピアノも初心者なのよ。
前世みたいにいろんな教室を自分で回るんじゃなくて、先生の方から家にやってくるから楽ではあるんだけど、その分効率よくお稽古できるから休憩が少ないのよ。
もうちょっとゆっくりする時間がほしい……。
だがしかし、私にそんな時間はないのだ。
習い事が終わったら、次は死亡エンド回避の為に本格的な修行の時間。
訓練場で対人訓練に励んでいるわ。
騎士団には強い人もいるから、スパーリング相手に事欠かないのが嬉しいわね。
そして今日は予定があるから訓練はお休みなのだ。
「ふんふふーん、ふふふのふーん」
「ご機嫌ですねキリカ様、やっぱりこの後の予定が楽しみなんですか?」
「わかる? だって久しぶりにマリーに会えるんだもの、楽しみだわ」
そう、今日はマリーが家に遊びにくるのだ。
今日は何をしようかな?
マリーはお茶とお菓子が好きだからまた一緒にお茶会をしてもいいし、フローズン家の案内とか庭を散策してもいいわね。
フローズン家の薔薇の迷路庭園は一見の価値ありよ。
生垣を用いて作られた迷路状の庭園で各所に薔薇が咲いてるんだけど、初めて入った時に迷子になったのはここだけの話。
あの時は焦ったわ。
最終的には身体強化してジャンプで飛び越えて戻ったのよね。
私が物思いに耽っているとエミリアが話しかけてきた。
「キリカ様は本当に変わられましたね。以前は相手にされてないのにラファエル様を追っかけていましたけど、その時よりもずっと楽しそうです」
「相手にされてないのにって……本当にエミリアは遠慮がなくなってきたわね。あれは一時の気の迷いよ。忘れて頂戴」
「キリカ様がそう望むならこの話題は最後にします。貴族の令嬢としては良い家柄の婚約者を求めて追いかけた方が正しいのかもしれませんが、私は生き生きとなされている今のキリカ様の方が好きですよ」
「エミリア……」
気づくと私はエミリアを抱きしめていた。
エミリアの方が少しお姉さんだから胸に顔を埋める形になったけど、嬉しいことを言われて凄く愛しくなり抱きしめてしまったのだ。
「フヒュウゥゥ……」
強く抱きしめるとエミリアの息遣いや心臓の鼓動が聞こえてくる。
凄く安心する音だ。
「キリカ様……ギブ……ギブですぅ……。死んじゃう……」
「ごめんなさいエミリア! 私ったらなんてことを……!」
私の怪力で抱きしめられたエミリアが死にそうな声で助けを求めてきた。
やっちゃった! 鯖折りプラス締め付けでエミリアが大変なことに! 聞こえたのはエミリアの肺から空気が漏れ出す音だった!
この体はポテンシャルが高すぎて、感情が昂るとたまに制御できなくなるのよね。
「本当にごめんなさい……ちょっと力の制御に失敗してしまったわ」
「まったく……以前のわがまま暴力お嬢様に戻ってしまったのかと、一瞬疑ってしまいましたよ」
謝る私にエミリアは口を尖らせて文句を述べ、優しく微笑んだ。
その笑顔でもうエミリアが怒っていないことを察した私にも笑顔が零れ、自然と二人笑い合った。
エミリアはわがまま娘だった頃からキリカを見捨てずについてきてくれた本当にいい人だ。
年は私の三つ上の十三歳。
地方の男爵家の三女なので貴族の娘ではあるのだが、貧乏貴族なのにぽんぽこ子供を作ってしまったばかりに、幼いうちからフローズン家に働きにきていた。
知っての通り、私になる前のキリカはわがまま放題のろくでなしだったので逃げ出す侍女が続出する中、ずっと見捨てずについてきてくれたんだもんなぁ。
まあ、フローズン家よりもいい働き口もそうそうないっていう打算もあるとは思うけど、それでも私は感謝してるんだ。
でもエミリアって私の婚約には口を出すけど自分の方はどうなのかな?
貧乏貴族とはいえ貴族の娘だし、器量もいいから婚約の申し込みの一つくらいありそうなんだけどな。
だってエミリアったら私もたまに見惚れちゃうくらい可愛いのよ。
肩で切りそろえたブラウンの外はねの髪は綺麗だし、切長の瞳はクールでかっこいいのよね。
私の侍女だけど、思わずお姉様って言ってしまいそうだわ。
そもそもエミリアってゲームには登場しないのよね。
プリデスの主人公は魔法学院に入ってからのエルカちゃんだから、私ことキリカはあくまでも脇役。
その侍女のエミリアが登場しないのも当然っちゃ当然よね。
両親だってチラッとしか出てこないんだから、そりゃそうだ。
そういやキリカの妹は後輩として登場したな。
ゲームでは情報が出なかったから知らなかったけど、妹のオーロラは病気の療養で空気が綺麗な田舎に行ってて、今は不在なのよね。
オーロラだけにカラボスに呪いでもかけられたのかな?
じゃあキスで目覚めるの? キャー!
それは置いといて、前世では一人っ子だったから早く妹に会ってみたいわ。
「もう、また自分の世界に入られてますね? そうなったキリカ様は静かになっちゃうんだから。まあ私はそんなキリカ様をそばで見てるのも好きなんですけどね」
なんかエミリアから百合の波動を感じる気がするけど気のせいだろう。
私にとってエミリアは侍女だけど、お姉ちゃんみたいな存在でもあるのだ。
そんなことをつらつら考えていると扉がノックされ、マリーの来訪が告げられた。
さあて、今日はマリーと何して遊ぼうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます