【駄洒落】さまようよろい
「暑い……」
門番の若い兵士が呟いた。
もう何度目かの呟きかわからない。
本来ならば警備の任務中に弱音をはくなど言語道断ではあるのだが、近くで同じく門番をやっていたベテラン兵士は聞こえぬふりをしてあげていた。
なにしろここ数日の暑さは正直なところ異常だった。
ここ数年じわじわと夏の気温の上昇は感じていたが、今年は夜中でさえ数年前の昼間の気温よりも高い。だから気を抜けばベテラン兵士ですら無意識に不満を漏らしてしまいそうだった。
今年入ったばかりの新人ならこの日光が直撃する場所で鎧を着て立ち続けていられるだけでも褒めてやるべきだろう。
噂ではこの暑さは魔王が悪の儀式をやり続けているせいらしい。おのれ魔王。
「暑い……」
若い兵士がまた呟いた。
さすがにちょっと鬱陶しく思い始めてベテラン兵士は若い兵士を横目で睨んだが、その時ようやく若い兵士の顔色が悪い事に気が付いた。目も虚ろで、手にした槍でどうにか立っているような状態だった。
「おい」
「……はい、なんですか。……すみません、どうしましたか、先輩」
声を掛けてみたが、反応も遅いし息も絶え絶え。意識もはっきりしていないようだった。
このままじゃ倒れるかもしれねえな、とベテラン兵士は思った。
「お前ちょっとその辺見回りしてこい。すぐそこの飯屋で何か飲んできていいから。勤務中だから酒以外でな」
すると若い兵士は驚いた顔をした。
「先輩を差し置いてそんなことできませんよ。それにその間に何かあったらいけませんし」
「どうせこの暑さじゃ魔物どももへばっちまって襲ってなんか来ねえよ。それにふらふらしたテメエに心配されるほど俺は弱くねえ。役に立つ気があるなら早く水分取ってシャキッとしてこい」
「……本当にいいんですか?」
「よくなかったら言ってねえ。先輩の命令なんだから黙って聞きやがれ」
「あ、ありがとうございます」
ベテラン兵士がぶっきらぼうに言うと若い兵士はあっさりと折れた。
真面目が服を着たような奴でいつもならもっと意地を張るはずなのだが、やはり相当弱っていたらしい。
「すみません先輩、じゃあちょっと行ってきます」
「頭なんか下げなくていいからさっさと行ってこい。他の同僚に見つかったら面倒だ」
ベテラン兵士が鬱陶しそうにしっしっと手を払う。
若い兵士は苦笑しながら街のほうへ歩いて行った。
「せめてこの鎧がもう少し風通し良ければマシになるんだがな……」
ベテラン兵士はふーっと息をついて言った。
ところが、それからしばらく経ったが若い兵士は戻ってこなかった。
何やってやがるんだあいつは……とグチグチ呟きながらベテラン兵士は一人で門の警備を続けていたが、やがてふと胸騒ぎを覚えて街のほうへ駆けだした。
若い兵士は飯屋にはいなかった。飯屋の親父に尋ねたが来ていないという。
ベテラン兵士は急いで兵舎へ駆け込み事情を説明した。
手の空いた兵士たち総出で若い兵士の行方を捜すと、若い兵士は飯屋とはまるで違う方向のひと気のない道の真ん中で倒れていた。
暑さにやられて朦朧としながらそこまでさまよい歩いたらしい。
見付けた兵士は慌てて若い兵士を抱き起そうとしたが、鉄の鎧は日光を浴びて触れないほど熱くなっている。恐らく自分の鎧もそうだろう。
自分は我慢できるが、この鎧で抱えたらこいつが蒸し焼きになってしまいかねない。
くそっ、と舌打ちすると見付けた兵士は近くの家に駆け込んだ。
「すまないが水と人手を分けてくれ! うちの若いのが暑さで倒れちまったんだ!」
若い兵士は数日ものあいだ生死をさまよったが、幸いなことに後遺症も残らず無事に回復した。
今回の件で夏場の警備体制の問題点が浮き彫りになり、改善されることになった。
まず、気温の高い日は警備人数を増やし、こまめに交代と水分休憩を取れるようにした。
また、魔物の襲撃が予想されるなどの有事のとき以外、気温の高い日は熱くなる鉄の鎧は着なくても良くなった。
といってもただの普通の服で警備をするのはさすがに不安なので、夏用に皮製の鎧が支給された。
暑さで生死をさまよう鉄の鎧から、夏用の涼しい皮の鎧へと変更されたのだ。
さまよう鎧から夏用の鎧へ。
さまよう鎧。サマー用鎧。
さまようよろい。さまーようよろい。
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