【SF】ドアノブ

 目的地へ向かうためバスに乗ったところ、前の座席の女性の頭からドアノブのようなものが生えていた。

 最近の流行りのファッションか何かだろうか、と最初は思った。

 しかしそれはどう見てもドアノブだった。

 それにこのドアノブは飾りとかではなく女性の頭から直接生えているように見える。

 その光景があまりにも奇妙だったため、私は我慢できずそのドアノブに触れてしまった。


 すると、ちょっと触れただけだったのに女性の頭がパカッと開いた。


「うわぁっ!?」


 私は思わず飛び上がって叫んだ。

 他の客の視線が私に集まる。

 だが、他の客たちは声を上げた私を迷惑そうに睨むだけだった。

 何故かわからないが、私の前の席の女性の頭がパカパカしていることには気付いていない様子だ。


 そして当の頭の開いた女性は私の声には全く反応しなかった。

 恐る恐る顔を覗き込むと、眠っているのか目を閉じたまままるで動く気配がない。

 ひょっとして気絶でもしているのだろうか。


 さてどうしよう、と私は思った。

 自分が原因でこうなったのにこの女性をこのまま放置しておくのは駄目だろう。

 しかしドアノブにちょっと触っただけでこの頭パカパカなのだ。

 元に戻そうと手を出してもヤブヘビでさらに酷いことになる予感しかない。


 そうやって悩んでいたのだが、ふと私はあることに気付いて危うくまた声を上げそうになった。


 パカパカ開閉している女性の頭の中には脳味噌が入っていなかった。

 代わりに、小さな無数のボタンやツマミが並んでいた。

 ボタンやツマミのにはそれぞれ『年齢』『身長』『体重』『性別』などといった文字が書き添えられている。


 なんだこのボタンは。


 弄ったら不味いことになるだろうなあ、と思いつつ、私は我慢できず試しに「身長」のつまみを反時計回りに少しだけ回してみた。

 すると女性の背がみるみる縮んでいく。

 慌てて元の位置に戻すと、女性の身長も元に戻った。

 何が何だかもはやわからないが、どうやらこのボタンやツマミを操作するとこの女性をカスタマイズできてしまうらしい。


 ふと我に返りバスの中を見回したが、誰一人こちらを見ている人はいなかった。

 他の客は頭パカパカ同様に女性の変化を認識していないようだ。

 私はホッと息をつくと再びボタンの項目に目をやった。

 本当に様々な項目がある。『知能』『スリーサイズ』『怒り』『喜び』……中には『性別』や『寿命』、『生涯年収』なんてものまであった。

 怖くてさすがに触れないが、性別を切り替えたら男になったりするのか?


 そんな事を考えながら視線を動かしていると、右の一番隅に気になるボタンがあった。


『バランス調整終了』


 ひょっとするとこのボタンを押せばこのカスタマイズモード(?)も終わりになるのでは?

 私はボタンを押してみた。


 するとプシューッという音とともにパカパカしていた頭がゆっくり閉じた。

 女性は今起きたという感じで軽く伸びをすると、何事も無かったように鞄からスマホを取り出して弄り始めた。

 相変わらず頭からドアノブは生えたままだが、どうにかこれで元に戻ったらしい。

 私は安堵して自分の席にどっしりと寄りかかった。


 しかし、この女性は一体何なのだろう。

 ドアノブが生えていることを除けば普通の人間にしか見えないが、実はロボットとかだったりするのだろうか。

 バランス調整とか書いてあったし、世の中を円滑にするためにこういうロボットが何体か人間に紛れ込んでいるとか……?

 私は女性のドアノブを見つめながらそんな事を考えていたが、ふと違和感を覚えてバスの中を見回した。


 ドアノブが生えているのは前の席の女性だけではなかった。

 他の乗客も、運転手も……全員の頭からドアノブが生えていた。

 そして、恐る恐る窓に目を向けて――思わずあッと声を上げた。


 窓に映った私の姿。その頭からも同じドアノブが生えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る