【ホラー】騒音クレーム
とあるマンションでの話。
「おーい、管理人さん」
受付の窓を叩かれ、多島は広げていた新聞を閉じて顔を上げた。
見れば、見慣れた顔がこちらを覗き込んでいる。
「どうしましたか。ええと……」
「四〇四号室の佐々木だ。いい加減覚えてくれ」
「そうでしたね。すみません佐々木さん。で、どうしました」
多島が尋ねると、佐々木は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「どうしたもこうしたもないよ。いつもの件さ。両隣の部屋がうるさくて全然落ち着けないんだ。右の部屋からはずっと男の唸り声がするし、左からは金槌で何かを叩くような音がずっと鳴り続けてる。管理人さんのほうから注意して貰いたいんだが」
「またですか。この間話をしたばかりなんですがね。わかりました、連絡しておきます」
「頼んだよ。まったく……」
佐々木はぶつぶつと何か呟きながら帰っていった。
田島はそれを見送ると、やれやれと再び新聞を開いた。
騒音がするという部屋には行く気も電話を掛ける気もなかった。
何故なら、行っても仕方がないからだ。
佐々木が住む四〇四号室の右隣の部屋は、このマンションのオーナーが奥さんに内緒で物置として使っている。個人的な趣味の玩具か何かを置いているらしかった。
そして左隣の部屋は、現在空室。
どちらからも騒音などするわけがない。
今まで何度も確かめたのだ。
それに――あの佐々木と名乗る男が住んでいるという四〇四号室。
このマンションにそんな部屋は存在しない。
「数字が不吉だから」という理由でオーナーが部屋番号を飛ばしたのだ。
存在しない部屋に住民などいるはずがない。
さらに、あの男は毎回名乗る苗字が違う。
今日は佐々木と名乗っていたが、数日前に来た時は前田と名乗っていた。
あの男が一番正体が謎だった。
このマンションではこういった奇妙な出来事が他にもたくさん起きていた。
なんとも気味が悪いが、田島はここの管理人を辞めるつもりはなかった。
何しろ、そういった奇怪な現象のお陰で入居率が低く、また入居してきてもすぐに出て行ってしまう。
管理人としては仕事が少なくて楽なのだ。
「ほとんど座って新聞を読んでいるだけで給料が貰えるようなもんだしな。オーナーから辞めろって言われるまではしがみ付いてなきゃ勿体ない」
そう言って田島はニヤリと笑みを浮かべた。
その体は半透明に透けていた。
そのマンションは近所から幽霊マンションと呼ばれていた。
先代のオーナーが亡くなり息子が引き継いだ物件だったが、老朽化で入居者が入らず、さらに工事を行おうとすると怪奇現象が起きるためどこの業者にも建て直しを引き受けてもらえずそのまま放置されている。
今は無人のはずだが、夜中に近くを通ると人影が見えたり声が聞こえたりするのだという。
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