【パロディ】さるかに戦記

 昔々あるところに、猿とカニがいました。


 ある日のこと、カニがおにぎりを持って歩いていると、猿が声を掛けました。


「カニさんカニさん、お前さんのおにぎりと俺の柿の種を取り換えっこしないか。種を育てて柿の木になったら沢山の柿の実がなるはずだ。おにぎりよりもたらふく食べられるぞ」

「そいつはいい。猿さん、取り換えよう」


 猿はカニをまんまと騙しておにぎりを手に入れました。

 それを食べて腹を満たすと、そのまま横になって眠ってしまいました。


 ところが翌日。


「猿さん猿さん、起きておくれ」


 猿はカニに起こされました。

 騙したことに気付かれたのか、と猿は思いましたが、どうも違うようです。


「柿の木が育ったんだが、わし一人では登れそうにないんだ。ちょっと手伝ってくれないか」


 何を馬鹿なことを、と猿は思いました。

 柿の木がそんなに早く育つはずがない。

 しかし人のいいカニを騙した後ろめたさも少しはあったので、猿は言われた通りカニに付いて行きました。


 そして猿は腰を抜かしました。


 カニに連れて来られた場所には本当に柿の木が生えていました。

 しかもとても大きい木です。

 首が痛くなるほど見上げないといけないほどに大きく、さらにそのてっぺんは雲に刺さって見ることができません。


「これが昨日の柿の種なのか。一体どうやってこんなに大きくしたんだ」

「少しでも早く柿の実が欲しかったんでな。少し脅かしてやったんだ」


 カニはそう言うとハサミをチョキチョキさせながら歌いました。


『早く芽を出せ柿の種、出さなきゃハサミでちょん切るぞ』


 すると柿の木はさらに大きくなりました。

 幹が伸びて、柿の実がなった枝の部分がすっぽり雲の中へ隠れてしまいました。

 猿があんぐりと口を開けて驚いているとカニは言いました。


「多分もうこの木には柿の実がなっていると思うんだが、わし一人では登れそうにないんだ。悪いが猿さん、わしを背負って木の上まで連れて行ってくれないか」


 一人で登っていけばこの木の柿を独り占めできるかもしれない、という考えが猿に浮かびました。

 しかし、これほど大きな木には猿も登ったことはありませんでした。

 何が起きるかわからないし、カニの言う通りにして二人で登ったほうが安全かもしれません。

 それに、このカニどうも妙な力があるようです。これ以上は逆らわないほうがいいでしょう。


 猿はカニを背負って柿の木を登っていきました。

 登って登って登り続けて……気が付いたとき、猿とカニは雲の上にいました。


 そこは不思議な場所でした。

 雲はふかふかしていて、その上を歩くことができました。

 そして辺りを見回してみると、向こうのほうに大きな家が見えました。


「なんじゃろうかあの家は。こんなところに人が住んでおったんじゃのう、猿さん」


 カニがそう言うと、猿は言いました。


「ひょっとしてあの家は、人喰い巨人の家ではないだろうか」

「なんと。雲の上にはそんな奴がいるのかね」

「昔、死んだ爺さんに聞いたことがある。恐ろしい化け物だが、凄い宝を沢山貯め込んでいるらしい」


 猿とカニはどうしようか迷いました。

 しかし恐ろしさよりも好奇心が勝ち、猿とカニは家に向かうことにしました。


 家の中には本当に人喰い巨人がいました。

 昼寝をしているらしく、ソファに寄りかかってぐうぐうとイビキをかいています。

 猿とカニは巨人を起こさないようにこっそりと家の中を探検しました。

 そして、柵に囲われたニワトリを見つけました。

 どうしてここにニワトリが、と思いながら見ていると、ニワトリは金の卵を産みました。

 猿とカニは驚きました。


「これはすごい。このニワトリ、持って帰ろう」

「そんなことしていいのかね猿さん」

「構わないさ。ここの巨人はこれまで散々悪さをしてきた奴なんだ。どうせこのニワトリもどこかから奪ってきたに違いない」


 猿はニワトリを抱き抱えました。

 するとニワトリは驚いたのか、大きな声で鳴き出しました。

 猿は慌てました。


「こら、うるさい。静かにしろ」


 突然、家全体が大きく揺れました。

 猿とカニは地震かと思いましたが、雲の上で地震が起きるはずがありません。

 恐る恐る上を見上げると、目を覚ました巨人が目を吊り上げて猿とカニを見下ろしていました。


「なんだお前らは。そのニワトリをどうするつもりだ。コソ泥め、喰い殺してやる」


 猿とカニはニワトリを放り出すと慌てて逃げだしました。

 屋敷を飛び出し、雲の上を走って、柿の木を降りて行きます。

 巨人も後を追ってきました。

 しかし木登りは苦手なようで、猿の速さには追い付けません。

 巨人が半分も木を降りないうちに猿は地上に辿り着きました。

 猿はカニを背中から降ろすとさらに逃げようとしました。

 ところが、カニはその場から動こうとしません。


「カニさん何をやっている。早く逃げよう」

「いいや、このままではあいつが下りてきてしまう。その前に柿の木を切ってしまおう」


 カニはハサミを構えると、巨大な柿の木をスパッと切ってしまいました。

 切られた柿の木と、それに掴まっていた巨人が支えを失って落ちてきます。

 落ちた衝撃で柿の木はバラバラに砕け散り、巨人も死んでしまいました。

 そして逃げ遅れたカニも木の破片の下敷きになり大怪我を負ってしまいました。

 猿はカニに駆け寄りました。


「カニさんカニさん、大丈夫か」

「わしはもう駄目だ。すまないが猿さん、息子を頼む」


 カニには家で留守番をしている一人息子がいたのです。

 まだまだ小さな子ガニですが、人懐っこい子で、猿も何度か顔を合わせたことがありました。


「わかった。もしもの時は俺が面倒をみる。だがカニさん、お前さんはまだ死んでは駄目だ」


 猿は必死でそう語りかけました。

 しかしカニは微笑むと、そのまま静かに息を引き取りました。


 猿は泣きました。

 カニを騙して柿の種を渡さなければ、人喰い巨人の事を話さなければ、金の卵を産むニワトリを持ち出さなければ、ひょっとしたらカニは死ななくても済んだかもしれません。

 楽をして幸せを掴もうとした結果がこれなのです。


 猿はやがて泣き止むと心を入れ替えようと決心しました。

 そしてカニの息子を引き取り、真面目に働いて暮らすようになったのでした。




 一方、雲の上の家の前では一人の婦人が泣いていました。

 そこへ、ロバと犬と猫とニワトリの一団がやってきました。


「奥さん、どうしたのです。何故泣いているのですか」


 ニワトリが尋ねました。

 このニワトリは金の卵を産むニワトリの親戚で、婦人とも親交がありました。

 現役を引退したあと、仲間たちとの旅の途中でたまたま近くまで来たのでこの家に立ち寄ったのです。

 夫人は言いました。


「夫がいくら待っても帰ってこないのです。金の卵を産むニワトリを盗もうとした泥棒を追いかけて行ったのですが、ひょっとしたら逆に殺されてしまったのかもしれません。あの人は悪い人でしたが、私には優しくしてくれたのに」

「なるほどなるほど。かわいそうに。では我々が旦那さんを探してきてあげましょう」


 四匹はブレーメンへ行って音楽団に入るつもりでしたが、予定を変更して巨人の行方を探すことにしました。

 そして長い旅の末、四匹は行方不明の巨人がどうなったのかを知りました。

 巨人は泥棒を追いかける途中で木から落とされて死んでしまったというのです。

 四匹は夫人の涙を思い出しました。

 正義は四匹にあります。

 巨人を殺した犯人を懲らしめてやろう。

 四匹はそう考えました。




 日が暮れたころ、仕事を終えた猿が家に帰ってきました。


「ただいま」

「おかえりなさい、猿さん」


 声を掛けるとカニの息子が嬉しそうに駆け寄りました。

 猿は息子カニの頭を撫でてやると夕食の用意を始めました。

 心を入れ替えた猿は、真面目に働きながら亡き友人の息子を大切に育てていたのです。

 息子カニもすっかり猿に懐き、二匹はさながら本当の親子のようでした。


 そんな時、突然窓の外から聞いたことのない恐ろしい音が鳴り響きました。

 窓のところにロバが立ち、ロバの上に犬が乗り、犬の上に猫が乗り、猫の上にニワトリが乗って、一斉に大声で鳴いたのです。

 猿と息子カニは驚き、弾みで家の明かりを消してしまいました。

 四匹はそれを好機と見るや、家の中に押し入りました。

 猫が引っかき、犬が噛みつき、ロバが蹴飛ばし、ニワトリが突っつきます。

 暗闇の中で四匹に乱暴された猿は訳も分からぬまま死んでしまいました。


 息子カニはその場から命からがら逃げ延びました。

 部屋が暗くなった時、猿が身を挺して息子カニを庇い、逃がしてくれたのです。

 猿は何が起きたのかわかっていませんでしたが、息子カニのほうは巨人のことも知らなかったのでさらに訳がわかっていませんでした。

 とにかく夢中で逃げて逃げて、猿を助けてくれそうな人を探しました。

 そして偶然そこを通りかかった栗と臼と蜂と牛糞に出会いました。

 栗と臼と蜂と牛糞は息子カニから事情を聞くと急いで猿の家に向かいました。


 猿の家にあったのは、惨たらしく殺された猿の死体だけでした。

 息子カニは猿の遺体に抱きつき、声を上げて泣きました。

 その姿を見て栗と臼と蜂と牛糞は怒りに燃えました。

 こんな蛮行は許しておくわけにはいかぬ。

 必ず仇を取ってやるのだ、と。



 ロバと犬と猫とニワトリ、そして栗と臼と蜂と牛糞には直接的な因縁はありませんでした。

 しかし、こうなってしまってはもはや誰にも止めることはできません。

 最初は四対四という小さな戦いでしたが、憎しみの連鎖はさらに沢山の人々を巻き込み、大きな渦を作っていきました。


 後の世で「さるかに戦記」と呼ばれる事になる長い長い戦争の火蓋は、こうして切って落とされたのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る