【ホラー】飲み歩き
ほろ酔い気分で歩いていたところ、いつの間にか見知らぬ通りを歩いていた。
はて、と思った。
この辺りは若い頃に「全ての飲み屋を制覇するぞ!」と馬鹿なことをやったから、どこにどんな店があるかは知り尽くしているつもりだった。
だが、辺りを見回してみると、並んでいるのは初めて見る店ばかり。
知らないうちに別の街まで歩いてきてしまったんだろうか。それにしては足は全く疲れていないのだが……。
まあ、いいか。
最近新しい店の開拓もしていなかったし丁度いい。
折角だから立ち寄ってみよう。
私は賑やかな声が聞こえてくる店を選ぶと扉を開けて中へ入っていった。
外から声が聞こえるくらいだから想像は付いていたが、店の中は大勢の客でごった返していた。
どのグループもすっかり出来上がっている様子で時折あちらこちらから咆哮のような歓声が上がる。
カウンターの方に目をやれば一人で来たらしい客たちが隣の人や大将と楽しそうに話をしていた。
良い雰囲気だな、と私は思った。どうやらここを選んで正解だったらしい。
ただ――どういうわけか、私は視界がぼやけてどの人間の顔もよく分からなかった。
道に迷った事といい、どうも今日は悪酔いしているようだ。もう年だろうか。
とりあえずカウンター席に座り、大将にお勧めの酒と隣の人が食べていた肉料理らしきものと同じものをくれと頼んだ。
大将は景気の良い返事とともに手早く料理を作ってくれた。
だが、料理をこちらへ差し出す際にまじまじと私の顔を見た。
「……お客さん、どうやってここへ来なさった」
「ん? 歩いてたらたまたま見つけたんだが」
すると大将は私が口に運ぼうとしていた酒をひったくった。
私は驚いた。
「何をするんだ!」
「お前さんはまだここへは来ちゃいけねえ。無事に帰りたかったら何も食わずにここから出て行くんだ」
ふと気付くと店内は静まり返っていた。
客たちの視線が私に集中しているのを感じる。
「なんだなんだ。ここは一見客お断りか何かなのか。それにしたって酒の一杯くらい飲ませてくれてもいいじゃないか」
「駄目だ」
大将は私を強引に引きずって店の外へ放り出した。
「ぎゃっ!」
私は顔をしたたか打ち、しばらく起き上がれなかった。
痛みが引いてから怒りとともに起き上がる。
「この――」
私は怒鳴ろうとしたが、声は続かなかった。
ついさっきまであったはずの店が無くなっていたのだ。
目の前の状況が理解できなかった。
店だけではない。喧騒も聞こえないし、昼間のような電灯の明るさもない。
何もかもが消えている。
私が立っていたのは飲み屋街の隣の墓場の中だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます