【ミステリ】偶然の出会い

 またあの人だ。

 新幹線を降りた知子は顔を強張らせた。

 知子の視線の先では、一人の男が駅のホームの椅子に座って携帯を弄っていた。

 見たところ知子と同年代くらい、出で立ちとしては至って普通のサラリーマンといった感じ。

 だが、知子は近頃この男を行く先々で見掛けていた。最初は確か会社の近くの喫茶店だったと思う。以来、取引先とのアポの時刻までの時間潰しに立ち寄った公園や調べ物をするために行った図書館など、知子がどこかへ出かけていくと先回りしていたようにこの男が姿を見せるようになっていた。

 といって話をしたことはないし、なんなら目を合わせたこともほとんどない。

 しかし、今回は県を跨いだ駅のホームである。さすがにもう偶然とは考えられない。

 理由はわからないがつきまとわれているのだ。

 ひょっとしてストーカーだろうか。

 知子は迷ったが、思い切って声を掛けてみることにした。

 幸い周囲には人も大勢いる。何かあってもどうにかなるだろう。

「あの」

 知子が声を掛けると、男は知子の顔を見上げた。

「あ! あんたは……」

 随分と驚いた顔をしている。

 まさかこちらから声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。

「どうして私につきまとうのか、理由を教えてくれませんか?」

 知子はわざと大きめな声で言った。周囲の視線が男に集まる。

 男は慌てた様子で、

「ま、待ってくれ。つきまとってるのはそっちのほうだろう? こっちの行く先々で現れやがって」

「え?」


 話を聞いてみると、二人が度々出くわしていたのは本当に偶然のようだった。

 男の名前は博といった。知子も聞いたことのある会社の営業で、身元もしっかりしている。

 最近関わり始めたプロジェクトの影響でたまたま知子と同じような場所へ行く機会が多かったらしい。

 わかってしまえばただの笑い話だった。

 相手を怪しい奴だと疑っていたことをお互いに謝罪し、それからなんとなく連絡を取り合うようになった。

 出会いがどこか運命的だったこともあって、二人がそれから恋に落ちるのにそれほど時間はかからなかった。


「あの二人、付き合い始めたそうですよ」

「そのようですな」

 とある飲み屋。二人の男がカウンター席で飲んでいた。

 二人は、知子と博のそれぞれの上司だった。

「賭けは私の勝ちですな」

「ええ、参りましたよ。今日は私が奢ります」

 この二人は高校の頃の友人だった。長らく会っていなかったが、仕事の関係で数十年ぶりに再会したのだ。

 二人は賭け事が好きだった。だから旧交を温めるために、という訳でもないが、ちょっとした賭けをしていたのだ。

 その賭けとは、それぞれの部下を同じ場所へ行くように仕向けたら交流が始まるかどうか、というもの。

 知子と博が何度も遭遇していたのは偶然ではなかったのである。

「このことをあの二人が知ったら怒りますかね」

「どうでしょうね。ま、幸せそうですから大丈夫でしょう」

 賭けに勝った男はグラスを傾けて、「さて、次はどんな賭けをしましょうか」

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