【コメディ】悪魔召喚

 仕事からの帰り道、何気なく立ち寄った本屋に悪魔召喚の入門書が売っていた。

 これまでの人生で一度も大吉を引いたことのなかった私は、これも何かの縁だから神から悪魔へ乗り換えるのもいいだろうと考え、それを購入して帰路についた。

 私の家は三階建てのアパートの三階、一番端の部屋。いつもなら長くてしんどい階段上りも今日は不思議と足が軽かった。やはり新しいことに挑戦するのはいいことだ。


 食事と風呂を済ませると入門書を片手に召喚儀式の準備を始める。

 私は正装に身を包むと床に魔法陣を描き、蝋燭を並べ、供物を置いた。部屋の明かりを消し、深呼吸してから入門書に記された呪文を音読した。

 呪文の詠唱と同時に供物が煙を立てながら消滅し、蝋燭の炎が一斉に消え、魔法陣が不気味な光を放ち始める。

 本当に悪魔が現れるのだ、と私は期待と恐怖の入り混じった興奮を覚えながらその登場の時を待った。


 しかしどうした訳か、いつまで経っても悪魔は現れなかった。


 私が首を傾げていると、しばらくして電話が鳴った。

 掛けてきたのはアパートの管理会社だった。

「下の階の住民から、天井から悪魔が降ってきたとクレームがあったのですが」


 あとから気付いたが入門書の最後のページに訂正とお詫びの紙が挟まっていた。

 間違っていたのはよりによって魔法陣の図形で、そのまま描いてしまうと魔法陣の上ではなく下に悪魔が召喚されてしまうらしい。


 おかげで私は下の階の人に菓子折りを持って行くだけでなく、暴れた悪魔が壊したものを弁償する羽目になってしまった。

 やっぱり悪魔は駄目だな、と私は思った。

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