【ホラー】クローゼット
「ふわぁ……」
授業が終わって先生が教室を出た途端、恵理が大きな欠伸をした。
奈津子が意外そうな顔をして、
「どうしたの、寝不足?」
恵理は元気だけが取り柄、みたいな子だった。
いつもは少し鬱陶しいくらいなのに、近頃随分元気がない。
恵理は机にペタッと伏せて溜め息をつきながら、
「どうも最近ね、変な夢を見るようになっちゃって」
「夢?」
と、そこへ、
「ん、なになに? 何の話?」
と、明子がやってきた。
クラスでは大体いつもこの三人で話している。
奈津子が、
「恵理が変な夢見るから寝不足なんだって」
「夢見てるなら寝てるんじゃないの? なんで寝不足?」
「うん、それがね……なんか、変なのよ。うん、変なの」
「変だけじゃわかんないわよ。一体どんな夢なの?」
明子が促すと、恵理は少し悩んだような顔をしてから、
「それがね……その夢の中で私、知らない家の二階の部屋にいるの。多分子供部屋かな。そこのクローゼットの前で棒立ちになってるの」
奈津子と明子は顔を見合わせた。
恵理は少し笑って、
「だから変って言ったでしょ? でも随分リアルな夢でね、毎回部屋の様子も全く同じで。机やベッドだけじゃなく本棚の本のラインナップとか床に転がっている玩具の位置とかももうすっかり覚えちゃッうくらいでね。せっかくだから部屋の間取り詳しく書いてみる?」
「え、いや、そこまでしなくていいかな。それより続きを聞かせて」
「うん。私はその部屋のクローゼットの前にずっと立ってるんだけど、時々クローゼットの中から声が聞こえるの。何を言ってるのかまでは聞き取れないんだけど、子供の声で、誰かに呼びかけるような感じの声。私に何か伝えようとしてるのかもしれないし、全く別のことを言っているのかもしれない。とにかく、クローゼットの中からそういう声が聞こえるの。それでそのうち私も気になって仕方なくなってきて、クローゼットを開けて中を見ようとするんだけど――クローゼットの取っ手を掴む直前に、視線に気づいて手を止めるの」
「視線?」
「うん。いつの間にか部屋のドアが少し開いててね、そこから誰かが無表情でジッとこっちを覗いてるの」
明子は気味悪そうな顔をして、
「だ、誰かって?」
恵理は軽く首を振って、
「覗いてる人だけ毎回違うのよ。他は全て同じなんだけど、覗いているのは子供だったり年配の女の人だったりオジサンだったり。多分その家に住んでる誰かなんだろうけど」
奈津子が、
「それで、覗かれてからどうなるの?」
「どうにもならないわ。そこで終わり」
「え?」
「どうしてなのかわからないんだけどね。覗いてる人と目が合った瞬間に私、ああこれ夢なんだ、って気づいちゃうの。そして気づいた途端に私は自分の部屋のベッドで目が覚まして、自分の部屋の天井を見上げてる。……ね? 変な夢でしょ?」
奈津子が、
「なんでそんな夢を何度も見てるの?」
「私が聞きたいわよ。しかも法則性ないのよね。何日も続けてみることもあれば一週間くらい見なくなることもあるし」
奇妙な体験だと思うのだが恵理はけろっとしている。本人にはあまり気にしていないらしい。
明子がふと思いついて、
「んー……もしも夢だって気付いてもそのままクローゼット開けたら一体どうなるのかな」
恵理は他人事のように首を捻って、
「さあねえ。いい加減ワンパターンすぎて飽きたしそれやってみようか」
「怖くないの?」
「慣れたし。ま、できるかどうかはわかんないけどね。……さて、次の授業音楽室だしそろそろ移動しよ」
「そうね」
「今度同じ夢が見れたらクローゼット開けた結果二人に話すね」
笑いながら恵理が駆け出していく。
残された二人も顔を見合わせて苦笑した。
話を聞いて少し心配になったが、本人があの調子なら心配なさそうだ。
「恵理、廊下走ったらまた怒られるよ!」
そう言いながら二人も恵理の後を追った。
それから一週間もしないうちに恵理は学校に来なくなった。
親の仕事の都合で転校することになった、と担任の先生は言っていた。
だが、あの日以来二人は恵理と連絡が取れていない。
恵理は本当にただ転校しただけなんだろうか……。
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