第15話 ネナベ卒業

「だ、大丈夫ですか!?」


「は、鼻に入った」


一人称が先ほどから『俺』になっていたようだ。学校でももうこのキャラで行こうかな...


「あはは、小さいころからの癖でさ...」


適当な言い訳を言いながら、鼻に入ったコーヒーをどうにかしようとする。


「かわいいと思いますよ!私も、僕っ娘、とかにすれば友達増えますかね?」


「や、やめたほうがいいぞ」


そんなことを話していると、ミクちゃんは先ほど頼んだケーキをもう完食していた。はやい。


「もうそろそろお昼だから、あまり食べ過ぎないほうがいいよ...」


「平気です!甘いものは別腹なので!」


昼飯代がさらに心配になった。俺は前からあまり食べないほうであったが、この体になってからさらに食が細くなった気がする。お腹いっぱいで食べられなくなったらミクちゃんにあげよう。


「それで、本題は?」


俺がそういうと、彼女が少しだけ俯いた。


「いや、たいしたことではないんです。先ほど言った通り、私には学校で友達がいないんですよ。それで、親が「ゲームしてるくらいなら友達でも作ったらどうなの?この家の長女ってこと自覚して頂戴」と...」


「それで、ゲームをやめるって?」


「はい...でも、先ほど先輩が教えてくださったアドバイスを参考にさせていただきます!」


「じゃあ、ゲームやめない?」


「...そこは親次第です。」


まあそれは仕方ないのかもしれないな。


「頑張ってよ。俺たちのゲーム人生がかかっているんだからね。」


「が、頑張ります!」


彼女はやる気を出してそう言った。ゲーム内のしょんぼりした彼女とは大違いである。


それからしばらく世間話をして、俺たちはカフェを出た。


「お昼、何食べる?」


俺が言うと、ミクちゃんはしばらく考えて、


「先輩のおすすめのお店で!」


と言ってきた。この辺でよく行く店と言ったら...


______


「いらっしゃい!」


嗅いだだけでよだれが出てくるスープの匂い、焦げる香ばしいニンニクの香り。ここは俺がよく訪れるラーメン屋である。女子を連れてこんな店?と思うかもしれない。だがしかし!ラーメンが嫌いな人なんて存在しないのである。そして、こういったお店は女子だけでは入りずらい。そこで、俺は普段食べられない『本物』というものを教えてあげるのだ。まあ、俺も今は女子だが。


「は、初めて来ました。いい匂いです!おいしそうです!」


おお、やはり好評だ。こういったお店はやはり意外と喜ばれるのか。俺の考えは正しかったわけだ。


「ふふふ。ここは野菜マシマシの豚骨醤油ラーメンがうまいのだよ。」


まあ俺、この店ではそれしか食ったことないんだけどね。豚骨と醤油のラーメンはほかのラーメンと比べても圧倒的にうまい、と個人的には思う。なので、頼むときは大体その二つのうちのどちらか。ここのラーメン屋のスープは、その二つが合体していて最強にうまいのだ。


しばらくすると、席に案内された。


「ご注文は?」


「豚骨醤油ラーメンで。野菜マシマシもやし多めの麺硬めでお願いします。」


「わ、私も同じものを...」


「あと餃子一皿。」


ちょっとカッコつけてしまった。だけど、これが一番うまいのは事実。お嬢様にこのうまさをたっぷり教え込んでやろうじゃないか。


______


「おいしいです!...追加で注文ってできますかね?」


「ふー...できるんじゃない...?」


なめてた。俺の今の胃袋はどうやらだいぶ小さくなってしまったようだ。先ほど食べた間食のせいか、まだ麺が残っているのにもかかわらずお腹いっぱいである。野菜の量多くしすぎた...


最初のほうは、5つある餃子の争奪戦をしていたのに。餃子3つ食べたせいか!?そのせいでこんなに腹が膨れるのか!?


そんな俺に比べ、ミクちゃんはまだ食うつもりだ。どうなってんだよこの子の胃袋。


「えっと、このチャーハンと、かに玉を...」


ミクちゃんは追加で結構重そうな炭水化物を注文している。先輩の意地を見せなくては。残すのだけは避けなくては!


「先輩?食べられないなら私が食べてあげましょうか?」


「...お願いします」


ギブです。


お会計は少々高めだったのは言うまでもない。まあ、自分の分は自分で払うと半分以上ミクちゃんが出してくれたけどね。


______


「久しぶりにたくさん食べました♪次はどこ行きます?」


「...え?まだ食うつもりなの?」


ラーメン屋から出て、俺は時間を確認した。一時を過ぎている。この後、俺は制服とかいろいろ買わないといけないのだ。


「ごめん。午後から用事があるんだ。」


「あ...そうなんですね。わかりました。」


ちょっと寂しそうにするミクちゃん。


「また行こうね。」


俺がそういうと、目を輝かせて、


「はい!」


と笑顔でミクちゃんは返事をした。


「あ、あの」


俺が別れの言葉を言い解散しようとすると、突然ミクちゃんは俺に話しかけた。


「ん?どうしたの?」


「私、先ほど話したように、学校でいろいろあって、私がこんなだからトラブルが多いのかな、なんて思ってました。」


彼女は俺の目をまっすぐ見て続ける。


「でも、ユウキ先輩を見てそれは違うと認識させられました。」


ずんずんと彼女は俺に歩み寄る。


「ゲームの中では、問題を自分で解決できるようになりたいと思って、あのアバターにしたんです。家柄も友人関係も外見も気にしなくて済むように」


彼女は俺の手を握った。


「先輩の堂々とした振る舞いに感銘を受けました!次から、先輩みたいに現実と同じ女の子のアバターを使いたいと思います。VCもつけるとなると、あのままでは違和感ありますしね。これからもよろしくお願いします、先輩!」


ち、近い。


「う、うん。よろしく」


彼女の気迫に押され、思わず顔をそらす。すると...


「~~ッッッ!!」


「ちょ、ちょ、待って待って!」


思いっきり抱き着かれた。ハズイハズイ、ここ街中だって。元男にこんなことしちゃまずいって。常識知らずにもほどがあるだろ!


「あ、ごめんなさい。先輩の照れ顔があまりにもかわいかったのでつい...」


「照れてない!」


通行人の視線が激しいのでそろそろ肩から手を放してくれませんか...


「さ、さっきみたいな急なスキンシップはだめ、禁止!」


「急じゃなかったらいいんですか?」


にやにやしてミクちゃんは言った。野郎、この俺を手玉に取るとは...たしかにこいつは魔性の女だ。彼女のクラスメイトの女子には同情するよ。


「先輩をからかうな!」


「えへへ」


怒るに怒れないかわいさがあるからたちが悪い。くそう、ゲームで覚えてろよ!


「じゃ、じゃあね?また今度また遊ぼうか」


「はい!次はいつにしますか?」


彼女はすっかり元気になったようだ。よかったよかった。


「来週も遊んじゃう?」


「はい!」


次に遊ぶ約束をしてから、俺たちは解散した。


______


ネナベ卒業宣言をしたミクちゃん(chaosさん)と別れた後、制服などの学校用品を買った。サイズを図られるときとか少し緊張するが、まあ慣れたものだ。


家に帰って早速ゲームを起動した。今の時間は午後6時。夕方である。俺がログインすると、『アカグロ』のみんなが拠点のリビングに集合していた。俺を見るや否や、勢いよくこちらに振り向く。


「く、クロスケさん。その、カオスさん、どうだった?」


みんなを代表して問うHAGANEさん。みんなだいぶ心配していたようだ。


「ああ、大丈夫だよ。家の事情らしいから、そのうち来ると思う。リアルでは、また遊ぶ約束もしたし。」


「それはよかった...」


みんな安心してソファに深く座り込んだ。


「俺らもオフ会しないか?どう?」


Abuzoruさんが言った。


「クロスケさんよ、今度は俺たちも連れて行ってくれるんだよな?約束したもんな?」


「か弱い女子二人と男数人とか犯罪臭するんですけど」


俺は初対面でのこいつの発言を忘れないぞ。


「行くとしても俺はパスだわ」


「自分も犯罪には加わりたくないのでパス~」


SWZさんとAkiさんは行きたくないようだ。


「犯罪はしねーよ!」


「そーだそーだ!イタチもなんか言えよ!」


「悪いな、俺も行かない」


「「なんでだよ!」」


Itachさんも行かないらしいじゃないか。


「君ら二人だけだといよいよ犯罪臭がするから、行くならみんな揃ったときにね。」


「さっきと言ってることが違うぞ!」


まあ、しばらくはミクちゃんと遊ぶだけで十分だ。JKとJCが年上の男子数人に囲まれていると、いろいろ勘違いされそうだし。通報なんてされたらたまったもんじゃない。こいつらと会うのはミクちゃんが高校生になってからだ。


「カオスさんの細かい事情は話せないけど、たぶんみんなで会うとしたらしばらく先になると思うよ。」


「「ええー」」


えーじゃねえよ。


「うっせーぞロリコンども。今の資金じゃ世界サーバーいけねえぞ。悲しむ暇あるなら稼いで来い」


Akiさんがそう言い出かける準備をしている。SWZさんとItachさんはもう外出の準備を整えて終えたらしい。


「今日のクエストはクロスケさん決めて...」


「ほい」


みんなはどうやらchaosさんが来るまで世界サーバーに行く気はないみたいだ。優しい人たちでよかった。


「じゃあ、今日もやりますかあ」


俺たちは今日も早速資金集めのクエストに出かけた。

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