第13話 約束

「ごめんなさい...」


か弱く、小さな声でchaosさんが俺に謝った。


「何で謝るんですか...!どうして...辞めちゃうんですか!」


chaosさんは女性だった。だが、驚いている場合ではない。俺はVCでchaosさんにそう尋ねた。


「...仕方ないんです。本当にごめんなさい...」


なんで理由を話してくれないんだ。どうして...


どたどたと背後から階段を駆け上がってくる音。みんなここに来たようだ。


「...」


chaosさんは何も言わなかった。


「カオスさん」


俺はchaosさんをまっすぐ見つめた。アバターの身長的に俺がchaosさんを見上げる形だ。


「よかったら会いませんか?現実リアルで。」


「...え?」


俺の言葉に驚くchaosさんと後ろのみんな。


「仮想世界ここで遊べないなら、今度リアルでどうですか?」


もう一度言った。


「...でも」


「嫌だったら断ってください。国内なら俺はどこでも行きます。」


もじもじと落ち着かないchaosさん。


俺は、chaosさんがこのゲームをやめるのは嫌だった。急にやめるなんて、認められなかった。


ゲームができなら、リアルで遊べばいい。


それに、ここはログアウトすれば逃げられるが、リアルではそうはいかない。リアルなら、ゲームをやめる理由も聞き出せると思った。


何故やめてしまうのか。理由はわからない。話せない理由なのかもしれない。でも、俺はどうしてもchaosさんが自分の意志でやめたようには見えなかった。


「リアルって...」


「オフ会ですよオフ会。どうですか?もう一度言いますが」


俺はまたまっすぐchaosさんの目を見た。


「嫌なら、断ってください。」


しばらくの沈黙。


chaosさんも俺も、お互いを見つめたまま黙っている。そして後ろのみんなも、chaosさんの応えを静かに待っていた。


すると、chaosさんの眼から大粒の涙があふれた。はたから見たら、大男が少女の前で大泣きしているといった感じだ。...本当は結構いい感じの場面なのに、客観的にみると非常に変な図だ。


「会うなんて...」


「...ごめんなさい。無理を言いました...」


俺たちはここで会ってまだ一週間程度だ。いきなりオフ会は、さすがに厳しかったか。


でも...もし俺たちと一緒にゲームをして楽しかったなら。彼女は来てくれるはずだ。


再びの沈黙。長い時間が経っているように感じる。


その時、ピロン、とメールが届く。


俺はchaosさんから目をそらし、メールを確認する。


「...ありがとう」


俺はそう呟いて、chaosさんに微笑んだ。


chaosさんもにっこりと笑い、


「約束ですよ」


と、一言言ってログアウトした。


...


「「「「「で、何があった」」」」」


______


「カオスさんとオフ会することになった。」


「ふ、ふーん」


もうせっかくだし、VCは解禁した。今は再びリビングにいる。みんなは先ほどのようにくつろぎ始め、俺も先ほどのように『ぽんず』を膝に乗せ、頭をなでている。


あのchaosさんのメール。彼女は、集合地点であろう場所について送ってきた。




【chaos】


≪上のメッセージの場所で、今週土曜日のお昼12時に待っています。当日スマホのアプリのほうでメッセージを送ります。≫




幸い指定された集合場所は自宅から数駅先で近かった。さすがに北海道、沖縄とかだと厳しかったからよかった。まあそれでも俺は行くつもりだったが。


「カオスさん女の子やったんやな」


Abuzoruさんが言った。そういえば、前Abuzoruさんは「こんなアバターで女の子のはずがない」みたいなこと言っていたな。


「決めつけは良くないよ」


「...ごめんなしゃい」


いつものように会話が続かない。やっぱりVCは少し恥ずかしいかも。


「あのさ、俺たちもそのオフ会、行っていいか?」


「だめだが」


HAGANEさんの問いに俺が即答した。


「今度誘うから。二人で話がしたいんだよ。」


「クロスケさんはカオスさんが女の子だってこと知ってたの?」


Akiさんが問う。


「...女性ってことは知らなかった。でもなんていうのかな。」


そこら辺の人とは違う感じはした。


「俺と似てるなって」


「ふーん」


「というか、ネットで知り合った面識のない人といきなり会うのは危険じゃないか?」


Itachさんが心配するように言う。


「出会い目的なら、こんな一緒に遊んでくれなかったはず。それに、このゲーム機にボイスチェンジャーは使えないし、カオスさんは女の子だよ。」


俺はぽんずに顔をうずめて言った。


「...クロスケさんは女性なのに一人称は『俺』なんだね」


...あ。SWZさんにそう言われて初めて気づいた。


「あ、あれ。小さいころからの癖というかその...」


慌てて手を振ってそう言う。学校では気を付けないとな...まあここでは手遅れだが。


「まあ、次のオフ会には呼んでくれや。楽しみにしてるわ。」


HAGANEさんはニカッと笑った。


「とりあえず、クエスト行こうよ。今日からVC使うことにしたから、今までより円滑に進められるよ。」


「そ、そうだな。よし、行くか!」


______


金曜日の夕方。明日はchaosさんとのオフ会の日。だがそれよりも前に、母に言わないといけないことがある。


「お母さん」


「どうしたの?」


サイモンとタツに秘密を言ってしまったことを言うチャンスがやっとやってきた。

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