第10話 ネカマしてたら女になったんだが
昼食を適当に摂り、再びゲームにログインした。
すると、俺に気づいたAkiさんが話しかけてきた。
「クロスケさん遅かったな!...あれ、どしたの?なんか元気ない?」
≪いや、大丈夫≫
サイモンとタツのことで、もやもやしていたのが顔に出ていただろうか?
≪皆さんPKしてくるらしいんですけど、Kurosukeさんは行きますか?≫
chaosさんが俺に聞いた。PKはちょっと自信ないんだよなあ。でも、拠点があるから、そこに物資を置いておけば死体を他のプレイヤーに奪われることはないだろう。
≪練習として、行ってみようかな。≫
≪ええーKurosukeさんまで!?≫
chaosさんは行きたくないらしい。
「正直俺も乗り気じゃない。」
Itachさんも行きたくなさそうにしていた。
「なんでだよ!そもそも、この組織はPKするためのグループだったじゃねーか!」
HAGANEさんが不満そうに言った。...そういえば、俺がこの人たちと初めて会った時、山でほかのプレイヤーと戦闘していたっけ。
「イタチぃ~!ビビんなって!今回の相手はかなりの大物だし、ビビるのはわかるけどさぁ~」
AbuzoruさんがItachさんにダルがらみし始めた。それにしても、大物とは?
≪相手って誰なんですか?≫
「ん?ハマグチのきもい親衛隊だぞ。」
「「は?」」
SWZさんとItachさんが同時にHAGANEさんを見た。
≪それってまずくないですか?≫
chaosさんがそう言うと、
「いや。実はあの親衛隊って非公式なんだよ。ハマグチ本人が参加する組織以外はな。だから、いくら親衛隊という名前の組織をボコってもハマグチ本人は関係ないってことだ。」
と、HAGANEさんはそう答えた。
「いやいやいや。でも親衛隊メンバーって多いんだろ?いくらハマグチ本人が絡んでこなくても、こう、視聴者の絆とかで団結されても...」
とSWZさんが不満そうに言う。
「まあまあ、世界サーバーに行く練習だと思ってさ。それに、組織の人数が多いとなれば、基地の数だって間に合っていないってことだ。つまり、親衛隊の奴らは自分の物資を置いておける場所がなく...」
「殺せば物資取り放題ってところか。」
Itachさんはなるほどとばかりに頷いた。
「そこらのクエストやるよりうまみがあるか。それに、他勢力の力を弱めることができる。」
「イタチもわかってるねえ。クエストは最大で10人までしかクリアボーナスを受け取れないが、人数がいればいくらでもクエストなんてできるからな。金だってため込んでいるんじゃないか?」
「いや、組織の代表に金を集めて、その代表が自分の拠点にため込んでるとかかもしれないよ。」
SWZさんはまだ不安が残っているらしい。
「馬鹿野郎。人間なんだから、自分の財産くらい持ちたいだろう?全部代表が回収することになっていたとしても、隠し持ってる物資の一つや二つあるはずだ。」
≪そ、そういうものですかね~?≫
______
まあなんやかんや話し合った結果、結局行くことになった。
「掲示板で知り合った人組織『睡眠』の人たちが連合組んでくれることになってるからな。『睡眠』は一応20人以上メンバーがいる。連合組んでいればフレンドリーファイアは効かないが、敵と間違えて攻撃するなよ。あと、大事な物資は必ず拠点に置いていくように。」
HAGANEさんの言われた通り、拠点のローン返済のために没収されて雀の涙ほどになってしまった資金を置いていった。『ステータスポイント』も置いていこうとすると、
「ステータスポイントは死んでもプレイヤーに取られることはないぞ。」
と、HAGANEさんが教えてくれたので、そのままにした。
______
準備を整えた私たちは、いつもの車でとある場所に向かっていた。
「『睡眠』のリーダーの『Hitomi』って人が親衛隊その1の奴に殺されて物資を奪われたらしくてな。その報復として、遠距離から親衛隊長を狙撃したらしい。で、今この山で戦闘中ってわけだ。」
着いたのは、アカグロのみんなと初めて出会ったあの場所。
≪なんでこんなにこの山で殺しあいしたがるんだよ≫
「そりゃ、町から比較的近くて、撃ち合いしても警察が来ないからな。今じゃ人気PVPスポットだ。」
もしここに山の神様的な奴がいたら泣いているだろう。
マップを見ると、比較的に拮抗してるように見える。さっそくアカグロのみんなは、そこらへんに転がっている死にたての死体を漁り始めた。
≪なにしてんの≫
「なにって、美味しいところ持っていってるんだよ!『睡眠』も『ハマグチ親衛隊その1』も戦闘に夢中だろ。今のうちに漁っとかないと。」
きたねえ。連合とは。こいつら報復とかされないだろうか。味方なんだから手伝ってやれよ...
「あー死体消えちゃった。Itachは物資持ち帰る係ねー」
「はあ?なんで俺がっ...」
Akiさんが漁った金品をドッとItachさんに渡す。すると、HAGANEさんたちも次々と物資を預け始めた。
「あーもう。わかったよ。全く。」
Itachさんはあきらめたのか、そのまま車に戻った。
「よーし皆。暴れていいぞ。」
HAGANEさんがそう言うと、皆バラバラにどこかに行ってしまった。俺とchaosさんだけがぽつんとその場に取り残された。
≪僕、てっきりみんなで協力するのかと思っていました。≫
≪それな。≫
どうやらここから個人戦らしい。
≪...僕Itachさんと車で待ってていいですかね。≫
≪まあ自分はみんなやってることだし対人戦の訓練でもしますわ。≫
俺とchaosさんが話していると、茂みから足音がした。
「あれー?二人とも見覚えあると思ったら、最初に私に殺された人じゃん、あははは、ウケる!」
茂みから出てきたのは、若い女アバターである。そして、珍しく声も女、女性プレイヤーであった。そして、プレイヤーネームはどこか見覚えがあって...
『Pisoka』
あ、そうだ。一番最初に俺とchaosさんをキルしてきたやつの一人だ。
そんなことを考えていると、
バン!
と、いきなりその女が発砲してきた。俺とchaosさんは咄嗟に後ろの木に隠れた。
「雑魚が二人で何しているの?キモイんだけどw」
今気づいたが、その女の横にはもう一人プレイヤーがいた。しかし、そいつのプレイヤーネームには見覚えがない。俺はメールで対話してみようと思った。
≪前一緒だった『jack』さんはどうしたんですか?≫
「ん?ああ、あいつね。あいつの組織オワコンだからさ、こっち来たんだよね」
あんなノリノリに初心者をPKしておいて、組織が叩かれたら裏切る。なんてヤツだ。それもここが仮想世界だからできるのことだろうか。すると、メールが届く。
【anj】
≪きもw≫
こいつはあの女プレイヤーの横にいる取り巻きだ。ねちっこくメールでも攻撃してきたらしい。
≪なに?関係ない人は黙っててよ≫
挑発し返した。そして、あいつらに銃を撃つ。しかし相手も木の裏に隠れていて、お互い膠着状態であった。
その間も、ずっとメールでの取り巻きとの罵り合いが続く。
≪VCつけられない時点で察せるw絶対ネカマじゃんきもすぎw≫
≪VCつけて女アピする性格悪い女の取り巻きしてる時点で察せるよね笑≫
≪ネカマのことはノーコメントですかwイタイw≫
≪逆にその性悪女の取り巻きしてることについても無回答なんですけど?しかも自分ネカマじゃないからw≫
我ながら、レベルが低い争いだと思う。それに、ネカマじゃなくなったのはここ数日の話だし。うん。これ以上の会話は無駄だろう。
「てかさ、横の筋肉おじさんはずっと静かだねw日曜の夕方からこんなゲームしてるとかさ、ニートでしょwサービスする家族もいないのかな?」
Pisokaは、chaosさんを罵り始めた。
それに対して、chaosさんはだんまりしていた。chaosさんを見ると、下を見てうつむいているように見える。アバターの見た目はこんな感じだが、なんだがだいぶしょんぼりしているように見えた。
「あれ?黙っちゃってるけど図星ですかwきっもw」
俺はあいつらに向かって銃を撃ったりしたが、相手は本格的に罵ってくるようで、ずっと隠れたままでいた。クソッ!
「マジでゲームやめたら?てかニートとか生きてる意味すらないからね?人生もやめちゃいなよw」
ずっと煽ってくるPisoka。いくらゲームとはいえ。そんなことを言うのはまずいだろう。
「もうこの雑魚飽きたわ。まじきもい。ネカマとニートの相手とかしてらんねえわ。」
≪ですね≫
「もうさっさと殺そ。」
chaosさんは先ほどから動かなかった。どうしたんだろう。
≪chaosさん大丈夫?≫
メールを送ってみたが返事がない。...もしかして、泣いてる?
しばらくすると、
≪僕は学生なんですけど、わけあって不登校なんです。なので、あの人が言うニートというのもあながち間違いではありません。≫
chaosさんが語り始めた。chaosさんが嘘をつくとは思えない。今までの、3日と少しの付き合いだが、chaosさんは真面目で、そのアバターとは真逆で女の子のような性格である。
≪いままでたくさんの人に迷惑かけたのはその通りだし、特に親に迷惑かけてばかりでそれで...≫
chaosさんのメールはだんだんめちゃくちゃな文になっている。
そんなchaosさんのメールを見ると、あの女に対する怒りがわいてきた。何もchaosさんの知らないのに、ゲームやめろだの、人生辞めろだの散々言いやがって。仲間を傷つけられ、メールなんかでちんたら送り返せないほどの怒りがわいてくる。
「お前に何が分かるんだよ。」
俺は緊張してつけられなかったVCをいつの間にかつけていた。
「お前マジで女だったのwウケるw」
「何も知らないのに、よくそんなことが言えるなあんた。」
「は?何説教みたいに言ってんの?きもいんだけど」
≪BBAだまれ≫
取り巻きの語彙力が急に下がった。あまりに俺の声が可愛すぎて困惑してるのか童貞め。
「お前みたいなやつが人の人生に口挟むなよ。人に云々言うくらいならまずは自分の性格直したほうがいいんじゃないですかー?」
「うるっせえよごみ!なにいきなり元気になってんの?」
≪BBAうるせえよ≫
「あとさっきから取り巻き君はメール送ってこないでくれない?そんなんだからこんな性悪の取り巻きなんかしてるんだと思うけどさ。しつこいと女の子に嫌われちゃうよ。」
≪俺にはPisokaいるし≫
あー。いけない。これは重症だ。
「え、何、君たち。性格悪い者同士のカップルか何かなの?」
「は?違うんだけど?」
≪え?≫
あーあ。
「てかさ、お前が女だとしてさ、なんでそんなニートとゲームやってるの?友達いない陰キャなの?絶対ブスじゃん」
「ほーらそうやってすぐ何もわからないのに決めつける。」
「じゃあ自撮り送ってよw体全体映してさw」
ふーん。絶対この体だったら負けないけど、どうせネットに晒すつもりだ。
「やだよ。」
「ほーらwブスすぎて撮れないんだねw私は送ってあげるよ。自分の自撮り」
はい。馬鹿確定。インターネットの恐ろしさを知らない人なんて今時いたのか。それもこうやって口論している人に自身の写真送るってどれだけ危険だかわかっていないのだろうか。
「...悪いことは言わないから、やめたほうがいいよ。」
「は?」
というかこの不毛な言い争いを早く終わらせてこの女からchaosさんを引き離さないと。
「悪いけど、あんたに付き合ってられないわ。帰る。」
「ちょっと!まだウチの自撮り送ってないんですけど」
「興味ない。二度と話しかけんな」
一本だけ持っていたスモークグレネードを焚き、撤退した。
______
車に戻ると、すでにみんな戻っていた。
そのまま拠点に帰ると、着いてすぐにchaosさんはログアウトしてしまった。
「何かあったのか?」
≪ちょっと敵と口論になっちゃって...≫
ちなみに今はVCoffである。
≪今日は落ちる。お疲れ≫
「お、おう。」
俺はそのままログアウトした。
______
ゲーム機を頭から取り外す。
...chaosさん、大丈夫かな。
そういえば、明日、サイモンとタツが家に来るんだ。明日は月曜だが、俺が女として学校に通うのは来週からなので、実質俺は一週間休み。そしてサイモンとタツは学校帰りにここに来ることになっている。お母さんは夜勤だから、ここにはいないと思うが...
不安だ。お母さんに伝えるときほどではないが、すさまじい不安が押し寄せてきた。先ほどの口論が白熱したのは、もしかしたらこの不安をかき消すためだったのかもしれない。
「人のこと言えないじゃんか...」
chaosさんがあんなに傷ついていたのに。不安を紛らわすためとか。俺もずいぶん性悪だ。
あまりおなかがすかなかったので、歯を磨いてそのまま寝てしまった。
______
ピンポーン
インターホンが鳴った。
二人はどんな反応するだろう。
そして、このこともお母さんに言わないとな。
ああ、どうしよう。最初はなんて言葉をかけようか。
ドアが開いた。
「こんにちは~...」
「...」
ばっちり目が合った。筋肉質のイケメン、サイモンと、背が高い眼鏡イケメンのタツ。そして素晴らしい肉体を持つ俺。
「...あれ?ここ祐樹の部屋だよな。」
「...前来たときはそうだったぞ。」
二人でこそこそ話を始めた。丸聞こえだが。
そんないつもの二人を見たら、自然と笑みがこぼれて。
「ネカマしてたら女になったんだが。」
二人に向かって、俺はそう言ってみた。
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