第9話 黒猫
今日は日曜日だ。時計を見ると、午前10時を過ぎている。少し寝すぎたな。昨日のサイモンからのメッセージはまだ返信していない。なんて返せばいいかわからなかった。
俺はそんな現実から逃げるようにゲームを開いた。ログインすると、そこは昨日組織のみんなと話し合っていた酒場であった。
メールが届いている。
【HAGANE】
≪住宅街の099地区、赤い屋根の家に決まったぞ。家の前で待ってるから来たら返信してくれ。≫
拠点は無事に決まったらしい。さっそく返信して、向かうことにした。
______
「お、クロスケさん!ここ!」
HAGANEさんが立っているのは、家というより屋敷といったほうが正確なくらい大きな家だった。赤い屋根の、二階建てである。ちなみに、町の建物は破壊不可能で、家の所有者から入る権限をもらわなければ入れない。しかし、警察は入ってこれるので、警察から逃げる際にはバット・コミュニティ・ビルに逃げるか、巻くしかない。
≪結構大きいねえ≫
「だろ?奮発したんだぞ。」
よくこんなでかいのを買う金があったものだ。
「ささ、お入りくだされ。玄関で靴はちゃんと脱いでくれよ?」
入ってみると、まさに洋風の屋敷、という感じであった。玄関は広く、入って目の前に階段がある。
≪まさかの地下室付き?≫
「そう。まさかの地下室付きだ。武器庫もかなり広い。さらに、外にはガレージもあるから車も難題か置けるぞ。」
かなり奮発したらしい。
「あ、そうそう。みんなでお金出しあったんだ。クロスケさんにも出してもらうぞ。」
≪おいくら?≫
「20,000マネー。」
≪昨日の報酬全部じゃねーか!≫
...まさか借金なんてしてないだろうな?
「待ってくれよ!これでも全然足りないんだ!借金したんだからな!これで財布の中はすっからかんだ!せめて3割は払わないとここから追い出されちまう!よし、今からクエストに行くぞ!部屋のみんなを呼んでくる!今日は俺がクエスト選ぶから安心してくれ。」
借金したのかよ!まだ部屋すら見ていないんですが...
≪あ、Kurosukeさんどうも。≫
≪お、chaosさん、こんちわ≫
≪部屋は見ました?≫
≪いや、まだ見てないです≫
chaosさんは、少々苦笑いをして、
≪お金払わないと追い出されちゃうので、見ておいたほうがいいです!≫
リアルでもここのみんなはお金の管理ができなそうだ。
≪見て来ます。こんな高い家借金してまで買うくらいならchaosさんがみんなを止めてくださいよー≫
≪いや、みんな勢いづいちゃって、止められませんでした、ごめんなさい≫
比較的しっかり者だと思っていたItachさんやHAGANEさんも勢いづいちゃったのか...組織のみんなは、なんやかんや似た者同士だ。
早速俺は自室に向かった。
広い。大きいベットに机と椅子しかないが、いろいろ家具を買えばかなりいい部屋になりそうだ。まあ、クエストを成功させてお金を振り込まないとここには住めないが...
「クロスケさーん!リーダーがみんな集まれってー」
さあ、今日はどんなクエストをするのだろうか。
______
≪ペリク社のCEOが秘密結社アンダーログとつながっていることが発覚した。奴はついに例の薬を完成間近まで研究し終えた。あれが完成すれば、世界が大きく変わってしまう。どうか、その研究データを破壊してはくれないか。以前見つけてくれたUSBから、場所の情報はつかめた。頼んだ。≫
以前のクエストの続きらしい。前の捜索クエストは、かなりめんどくさく、ネットなどにも攻略情報が載っていなかったことから、クリアできた人は相当少ないだろう。つまり、このクエストを受けられる人はかなり限られるということ。
「もしかしたら、とんでもないレアアイテムがあるかもしれない。情報が出回っていないアイテムなんかは、いくらでも買い取ってくれるプレイヤーはいるからな。」
「さすがリーダー。アブゾルと違って先までちゃんと見据えてるねー」
AkiさんがHAGANEさんをほめていると、さっそく敵NPCの車が。
「はいドーン。」
Akiさんは新しく購入したホーミングランチャーで跡形もなく消し飛ばした。
「いいなあ、爆発武器俺も欲しい。」
「だな。ちょっとそれは面白そうだ。」
AbuzoruさんとItachさんがうらやましそうに見つめていると、
≪まずい、派手にやりすぎだ!データを持った車に気づかれた!早く追いかけろ!≫
と、クエストのNPCが叫んだ。
おい。
≪急いで!もっとスピード出して!あっちだあっち!≫
俺がボケーっとしているHAGANEさんの肩を揺さぶり、ハッとなったHAGANEさんは急いで車を出した。
「装甲車来てる!警察も来てる!やばい!急いでくれよ!」
SWZさんがせかすように叫ぶ。
後ろから敵NPCの装甲車が体当たりしてきた。衝撃で首がガクンとなる。
「いやリアル!忠実に衝撃を再現しなくていいから。首痛った!」
Abuzoruさんが愚痴りながらライフルを連射している。俺も装甲車の窓を狙って銃を撃っている。
≪後ろの2台の運転手殺りましたよ!≫
chaosさんも反動が大きい銃にもかかわらず連射し、大活躍である。
「やばい!警察のヘリが来たぞ!早く破壊しろ!白いワゴン車が目標の車だ!」
Akiさんは、少し遠くを走っている白いワゴン車に向けて、街中にもかかわらずホミランを打ち込んだ。
ドカーンと大破するワゴン車。
≪よくやった!...ん?まずい!データのコピーが奴らの研究施設に送られた!警察を巻いた後、アンダーログの本拠地まで出向き、コンピューターを物理的に破壊してくれ!≫
「ふざっけんなよおい!リーダー、なんてクエスト選んでんだ!こんな量の警察巻けるのか!?本社って隣町じゃねえかよ!そこまで逃げられるのかよ!」
Akiさんがキレた。Itachさんは大きなため息をついて頭を抱えていた。
「よ、よし、目の前の軍事基地からヘリを盗んで逃走しよう!」
「「「「≪≪はぁ!?≫≫」」」」
皆同時に声が出た。今日のHAGANEさんはだいぶ馬鹿だ。
「正気ですか!?あそこに侵入すると、軍隊も追いかけて来ますよ!」
「大丈夫だ!そこまであそこは警備は固くない!俺のフレンドの一人が昨日戦闘機を盗んでいた!」
マジかよ。だが、車ではおそらく逃げきれないだろう。それが最善の選択なのかもしれない。
「突っ込むぞおおおおおお!!!」
バリケードをぶち破り、軍事基地内に侵入した。そして、近くのヘリポートに停まっている大きいヘリに乗り込んだ。
「みんな乗ったか?行くぞお!」
ヘリについている機関銃をItachさんとSWZさんが下のNPC兵に向かって撃つ。AKIさんは相変わらずホミランを下の敵に撃ちまくっている。
「くらえ!ミサイル斉射じゃ!ゴミは掃除だあああああ!」
俺たちの乗るヘリから放たれたミサイルは、敵ヘリコプターに着弾し、大破する。追いかけてくる兵を半分以下まで減らした。後ろから飛んでくるミサイルは、HAGANEさんの巧みな操縦によって躱されていた。
≪HAGANEさんうっま!≫
「リーダー操縦上手だな」
「まあな!ヘリを操縦するのに憧れてたんだ!すでに操作方法は勉強済みだ!」
何十発も飛んでくるミサイルを躱し、敵のヘリはどんどん減った。
「お、おい!みんなパラシュート着けろ!た、対空ミサイルだ!」
秘密結社の本拠地が見えた。が、その本拠地に備え付けられた対空ミサイルが、俺たちに火を噴いた。みんながパラシュートをつけ、ヘリから離脱する。
「ちょ、ちょっと!俺の分ない!」
Abuzoruさんの分がないらしい。Abuzoruさんはパラシュートをつけないでヘリから飛んだ!度胸あるなあ。
「アブゾル!死んでリスポーンしたらここに来てくれー!死体は消えるまで守っておくからー!」
俺たちが次々と着地すると、ドシャッという音がした。音の方向を見ると、HPが0になったAbuzoruさんがいた。
「すまんな、アブゾル。」
「戻って来いよ、アブゾル。」
「さらばだ、アブゾル。」
≪た、助けられなくて申し訳ない、じゃあね、アブゾルさん≫
≪すみませんアブゾルさん≫
「これでもう一人誰かが死んだらクエスト失敗だ。まあ、頑張るぞ。」
直後、アブゾルさんから≪勝手に殺すなよおおお死んだけどおおお≫というメッセージが送られてきた。まあ、ちょうどいい感じに助太刀に来るポジションになればいいんだ。うん。
どうやらヘリをすべて撃墜することで、警察は巻けたらしい。俺たちはそのままアンダーログの本拠地の建物に侵入した。
______
「この奥の部屋!ちょ、リーダーやばい!敵の増援きた!」
「ここで爆発物使うなよアキ!」
「ごめんって!おい、弾なくなった!」
≪Akiさんこれ!サブマシンガン使ってください!≫
「すまないカオスさん!」
≪こっちの通路からも来てる!≫
激戦だ。廊下から次々と敵がやってくる。敵が少なくなったら突撃し、そこらを占領する。それをずっと繰り返し、少しずつ進んでいった。
≪あ、これ入れないっぽいから迎えの車用意して待ってるわ≫
Abuzoruさんからメッセージが届いた。
「ナイスAbuzoru!」
≪返信してくる≫
Abuzoruさんもたまには役に立つなあ。しばらく進んと、大く開けた空間に着いた。
「この下だ!すぐ下にコンピューターだらけの研究室があるぞ!」
自分たちが歩いている通路の下に、まさしく悪の研究室、という感のじ空間が広がっていた。
「飛び降りろ!」
皆は一斉に飛び降りる。上から撃ってくる敵NPCの弾を避けつつ、進んでいった。
「コンピューター関連の物すべて破壊って、この壁みたいなやつも?」
「た、たぶん」
俺たちは、粘着爆弾をコンピューターらしきものにどんどん張り付ける。これも?みたいなものにも一応張り付けていると、俺は目の前に何かを見つけた。
それは、生まれたばかりの赤ん坊を寝かせておくベットのようなものだ。中をのぞくと、小さい黒猫が横たわっていた。
≪HAGANEさん!猫!≫
「何言ってんだよ!お前も早く手伝えって!」
焦っているのか、俺の呼び方も『お前』になっている。だが、なぜこんなところに猫が?
俺は猫大好きなので、目の前の猫を放って置けなくなってしまった。
≪この猫飼ってもいい?≫
「知らんて!どっちでもいいから早く手伝ってくれよ!」
俺はその小さな黒猫を抱きかかえ、爆弾を設置しまくった。
「リーダー!終わった!」
「こっちも!」
「俺も終わったぞ!」
≪僕も終わりました。≫
≪よし、自分も終わった!≫
みんながそれぞれ爆弾を設置し終えた。
「よし、みんな!外に逃げろー!」
______
何とか外に出れた。
「スイッチオン!」
ドカーンとすさまじい音があたりに響いた。
「よくやった!早く逃げてこい!」
Abuzoruさんが手を振っている。きちんと車を用意したようだ。
「おっしゃ!運転は俺に任せとけよ!ビルまで向かうぞ!」
運転がAbuzoruさんなのは少々不安だが、もはや一番の功労者になるかもしれないAbuzoruさんのいうこともたまには聞いてあげようと思ったのか、みんな譲ることにしたようだ。
一言で言うと、Abuzoruさんは運転がうまかった。飛んでくるミサイルや銃弾をものともせず運転し、細い道や、山の中を走る。いつもとのギャップのせいか、今のAbuzoruさんはちょっとカッコよかった。
「...どうだい俺の運転は?惚れてもいいんだぜクロスケさん?」
前言撤回。きもい。
「す、すげえよ今日のお前は。ほんとに追手を巻いちまった...」
HAGANEさんが感心していると、
「そういえばクロスケさん、その猫はどうしたんですか?」
とSWZさんが聞いてきた。
≪拾った。≫
「研究室にいたやつだろ?どうするんだよ爆弾とか腹の中に入ってたら。」
む、たしかに素性不明の敵基地にいた猫を持ってくるのはまずかったかな。
≪ごめんなさい、リアルでペット買えないので、つい...≫
俺の住むアパートはペット禁止だ。猫が好きなので、一度飼ってみたくてつい拾ってきてしまった。
「ま、まあ、そこまで運営も鬼畜じゃないか。ゲームだしな。」
すると、クエストのNPCが話し始めた。
≪よ、よくやった!敵は追跡をあきらめたようだ!ん?なんだその猫は?もしかしたら実験台かもしれない。ペットにしたい?まあ、そんな薄気味悪い猫はくれてやるさ!報酬はたっぷり払うぞ!ご苦労だったな!」
【クエストクリア!クリアボーナス+24,000マネー】
クエストをクリアしたようだ。というより、さっきNPCが言っていた実験台というのが気になる。不死の薬の実験台だったし、もしかして...
「その猫、もしかしたら不死なのかもな」
HAGANEさんが俺が思っていたことを言った。
「首輪をつければ、飼い主になれるらしいぞ。首輪はそこらの店に行けば売っているし、このまま寄っていくか。」
≪ありがとう。お願い。≫
Abuzoruさんにお店まで行ってもらい、首輪を購入した。そしてさっそく首輪をつけると、
【ペットの名前を入力してください】
と出た。名前かー。
≪『ぽんず』で。≫
≪かわいい!≫
「かわいい...?」
HAGANEさんはなんで?みたいな顔をしているが、chaosさんは共感してくれた。色がポン酢みたいだからぽんずだ。
「まあ、うん。いいんじゃないか...?」
Akiさんもかわいいと思ってくれたようだ。他のメンバーはHAGANEさんと同じような反応をしている。
「まあ、今回の報酬24,000マネーだから、7人で168,000マネーか。よし、これで拠点から追い出されないぞ!」
≪は?全額納入?≫
「当たり前だ。」
...しばらくは報酬0だろうな。
「じゃあもう昼だし、いったん解散するか。お疲れ様。」
「午後もなんかやる?」
SWZさんがHAGANEさんに聞くと、
「そうだな。じゃあ久々に、PKでもやるか。」
ニタっと笑ってHAGANEさんが答えた。
______
俺はいったんログアウトし、ゲーム機を頭から外した。
スマホを見る。ゲーム友達のグループからメッセージが届いている。
一件はまたサイモンからだ。
【サイモン】
おーい!俺の名前『Sakura』な!まだ起きてない?おきろー
もう一件はもう一人のゲーム友達、タツこと
【タツ】
サイモンとはフレンドになっといたから、はよ名前教えろー
...どう返すのが正解なのか。いい加減返さないとまずい。
でも、どうすれば...
______
俺は、やってはいけないことをしてしまった。特に仲がいいサイモンとタツを、失いたくなかった。あんなに「ほかの人にはこのことは言うな」と言われたのに...
【ユウキ】
明日学校終わったらうちに来て。二人には、ちゃんと説明したい。
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