第15話

 薄い服なので肌が透けている。


 それを見てランドールは慌てて目を逸らした。


「そこの棚に服が入っているから、好きな物を選んで着替えてから部屋に戻れ」


「え? でも」


「その格好では悪目立ちするぞ?」


 言われて視線を落とす。


 すると服が薄いので肌が透けていた。


 恥ずかしくなって俯く。


「わかったよ。そうする」


「ではわたしはこれで」


 そう言ってランドールは視線を合わせないまま部屋を出ていった。


「なんで一緒に食堂に行かないのかな? 行き先同じなのに」


 不思議そうに呟いて透は寝台を抜け出した。





 服を着替えて呑気に回廊を歩いていると、アスベルたちが食堂の前で固まっていた。


 エドまでいる。


 隆や暁などは真っ青だった。


 どうしたんだろう?


「どうしたんだ? みんなして」


「透!!」


「兄さん!!」


「「トール!!」」


 一斉に名を呼ばれ立ち止まる。


「なに? なに? 何事!?」


「昨夜は……その……」


 言いにくそうなアスベルに「ああ」と理解した。


「ランドールは?」


「え? 父上ならルーイと一緒にもう席についているが。今なんて?」


「え? だから、ランドールは? って訊いたんだけど?」


「「「「いつから呼び捨てにする関係にっ!?」」」」


 全員が絶叫している。


 マズイ。


 この状況で呼び捨ては非常にマズイ。


「ちょっとみんなこっちにきて。大声で言えない話だから」


 そう言って回廊の片隅に誘い込む。


 取り囲まれてため息をついた。


「ランドールのために言っておくけど、昨夜はなにもなかったよ?」


「だったらどうして父上を呼び捨てにしてるんだ? 昨日までは陛下と呼んでいただろう?」


「これは本人からそう呼んでくれって言われたからだよ。別に昨夜のことは関係ない」


「兄さん。本当になにもなかったの?」


 暁の頭を撫でる。


「なにもなかったよ。ランドールは臣下たちに仕向けられて、仕方なく寝室にいたけど俺にはなにもしなかったよ」


「しかし叔父上にしてみれば、トールは叔母上に似ているわけだから、普通平静を保てないはずだろう?」


「エド。変な想像するなよ。確かに昨夜の事態には亡くなったビクトリアさんが絡んでるみたいだよ?

 俺のことを誤解されたときに昨夜のことを持ち出されて断ると、ビクトリアさんのことは忘れたのかって言われて、挑発に乗っちゃったんだって言ってたから」


「挑発に乗って? それから?」


「隆?」


「おまえさ、おれたちが一晩中どんな気分でいたかなんてわかってないだろ?」


「それはーそのー」


 言い逃れられなくて目を伏せる。


 視線が痛い。


 肌にズキズキ突き刺さる。


「なんかさあ、ランドールって凄く大変な思いしてるんだなあって昨夜思った」


「大変な思い? 父上が?」


 不思議そうな皆に昨日聞いたばかりの彼の境遇を話す。


 息子のアスベルも初耳だったのか、苦い顔をしていた。


「亡くなった奥さん大事にしてるだけで、性的機能の心配に薔薇の心配だもんなあ。可哀想で昨日は言葉が出なかったよ」


 納得する地球人の隆と暁にこちらの世界のアスベルとエドは怪訝そうな顔になる。


「「薔薇がどうかしたのか?」」


「ああ。薔薇って俺たちの世界で男同士の恋愛をする人々のことを指してた言葉だよ。ちなみに女性同士だと百合」


「「きれいな言葉で例えているな。実際は寒いが」」


「それ言われるとおしまいっていうか」


「しかし父上も水臭いな。そういう目に遭っているなら、ルーイはともかくおれには一言言ってくれれば」


「息子には言いにくいと思うよ。この話題」


「まあそうかもしれないが」


 それでも納得できないと言いたげなアスベルに透は苦笑する。


「ところで納得してくれたなら、そろそろ食事にしないか? 俺、お腹すいたー」


「本当になにもなかったんだよね、兄さん?」


「本当になにもなかったんだな、透?」


 隆と暁に念を押されてここはしっかり頷いておく。


「自分を安売りするほど俺もバカじゃないって」


「あっさり寝室に連れ込まれたくせに」


 暁がボソリと吐き捨てる。


 さすがに言い返せなかった。


 みんなで移動しはじめたとき、思い出してアスベルを呼び止めた。


「なんだ?」


「後で話があるから、エドと一緒にアスベルの宮に行っていい?」


「構わないが。話ってなんだ? それにさっきから聞いていれば、いつの間にかエドのことも愛称呼びだし。トールって実は手が早いのかっ!?」


「どういう解釈だよ」


 ゴインと頭を小突いてから透は食堂へと入っていく。


 アスベルはその背を見送ってそっと笑った。






 侍女に淹れてもらったお茶が完全に冷める。


 それでもアスベルはなにも言わなかった。


 今エドの境遇について包み隠さずすべて打ち明けたところだった。


 大半は透の説明で途中あやふやになったら、当事者のエドが口を挟むといった感じで。


 アスベルは最後まで黙って聞いていた。


 話の最初は黙って聞いていたが、途中から顔からすべての感情が消えたのだ。


 これにはさすがの透も青くなったが。


 それからかなり長い間アスベルの反応を待ったが、彼はいつまで経ってもなにも言おうとしない。


 エドと顔を見合わせて彼が辛そうなのを見て、一応アスベルに声を掛けてみる。


「エドのこと……信じられないのか、アスベル?」


「信じられない?」


 アスベルが低く囁く。


 そうしてテーブルに両手を叩きつけた。


 お茶が倒れてテーブルに溢れる。


 だが、それにすら頓着しない。


「エドがそういう嘘を言う奴じゃないことくらい、おれが1番よく知ってるよっ。でも、でもっ」


「「アスベル」」


「どうして今までなにも言わなかったんだっ!?」


「……え?」


 エドがキョトンとした顔になる。


 アスベルは泣いているようだった。


 片手で涙を拭う。


「エドがこのままだと25までしか生きられないなんて、どうして黙ってたっ!?」


「それは」


「後5年しかないじゃないかっ!! トールがこの間言わなかったら、これから先も黙ってたのかっ!?」


 アスベルの叱責はお互いに必要としている相手が同じという点じゃない。


 生命に関わることを黙っていたことに対してのものだった。


 まさかそこを責められるとは思わなくてエドは俯く。


「すまない。わたしは事実を打ち明けてきみに背かれるのが怖かった。それに」


「それに?」


「きみは多少、屈折しているが心根は優しい。そんなきみをわたしの問題で苦しめたくもなかった。国とわたしの板挟みだと思ったから」


「エドはバカかっ!?」


「バカってアスベル」


「おれはどちらかひとつなんて取らないっ!! 必要なものは両方、いや、全部取るっ!!」


 はっきり言い切ったアスベルにエドが絶句する。


 こういう答えは予想していなかったようである。


 透も予想していなかった。


 アスベルはどちらかひとつを選べと言われて選べる性格じゃないし、たぶん諦めないだろうなとは思ったが、ここで欲しいものは全部取る、なんて言うとは思わなかったのである。


 本気だとわかるから笑うしかなかった。


「トールっ!! なにを笑うんだっ!? おれは本気だっ!!」


「わかってるよ。本気だから笑ったんだ。ほんと。いい従兄弟だな、エド」


「……うん」


 エドが初めて丁寧な言葉遣いをやめた。


 それを聞いてアスベルもちょっと落ちつく。


「それで? 打開策はあるのか、エド? あの性悪のアーリーンの予言なんだろう?」


「と言われてもね。こればかりは相手のいることだし」


 そういわれてアスベルの視線が透に向かう。


 透はちょっと困った顔をしてみせた。


「いきなり心の底から相手の素性も意識せずに愛し合え、なんて言われてもなあ。おれならできない」


「ぼくだって困ってるよ。でも、困ってばかりじゃあホントに困った事態になるから」


「まあな」


「エドって自分のことぼくって言うんだ?」


「ああ。公式な場ではわたしって言っているけどね。打ち解けて接するときには、そう言っているかな」


「ふうん」


 そこまで言ってから透は迷う。


 言うべきだろうか、と。


 エドは自分の秘密を包み隠さず言っている。


 透がその「紅の神子」かもしれない可能性を秘めていることを黙っていていいのだろうか。


 それとなくアスベルに訊いてみるか。


「アスベルはエドには隠し事ないのか?」


 答えられないアスベルに透は微笑んでみせた。


「俺はアスベルの判断に委ねるよ」


「トール」


 アスベルが認めるのかとその眼で問うている。


 だから、はっきり答えた。


「認めたわけじゃないけど俺も黙ってるの辛くなってきたから」


「なんの話だい?」


 問いかけてきたエドを振り向いて、アスベルは姿勢を正した。


「おれもエドに黙っていたことがある」


「なんだい?」


「おれ……『紅の神子』かもしれない人なら知ってる」


 エドはなにも言わなかったが、アスベルは覚悟を決めて言葉を続けた。


「その人は狼に食われかけたおれを助けて、一瞬で野性の狼たちを従えた。そうして人狼に言われたんだ。『紅の神子』とは知らず無礼な真似をしたって」


「それは……どういう状況だい? 狼に食われかけたって……?」


「最初はおれが助けに入った方だったんだ。その人は狼に襲われていて、おれはとっさに助けに入った。でも、多勢に無勢でさ。結局人狼に食われそうになって、そうしたら叫んだんだ。やめろって」


 状況を想像してエドはかぶりを振る。


「まるで時が止まったみたいだった。やめろって命令された途端、狼たちが一斉に動きを止めたんだ。

 そうして人狼が近付いていって、その人を『紅の神子』と呼んで永遠の忠誠を誓った。その人の眼は……真紅だったよ」


「真紅の瞳……その人は今どうして?」


 言うべきかどうか迷って、でも、黙っていたことを責めたアスベルだったから、どうしても黙っていることができなかった。


 目を閉じてその一言を口にする。


「そこにいるよ」


「え?」


「エドの隣に座ってる」


 言われてエドがゆっくり透を振り返る。


 透は困ったような顔で彼の視線を受け止めた。

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