第14話
「えっと……あれ?」
どこか艶かしいような、そんな寝室に通されると、そこにはアスベルたちの父王、ランドールが待っていた。
この期に及んでも透は現状を把握しきれていない。
理性と常識が理解を拒むからだ。
ランドールも薄着だった。
肌が透けてみえそうな感じだ。
「あれれー?」
周囲を見渡してみる。
うん。
どこからどうみても王の寝室だ。
アスベルの寝室にも行ったが、ここまで豪華じゃなかった。
これが王の寝室じゃなかったらなんなんだ? の世界だ。
でも、この状況、どう把握しろと?
カチンコチンに固まっている透に気づき、ランドールは苦笑する。
「こちらにこないか?」
「でも」
「大丈夫だ。なにもしない」
その言葉を信じるほど透は子供ではないつもりだったが、彼が友達であるアスベルの父親という認識の前に負けて近付く。
肩に手をかけられて寝台に並んで腰掛けさせられたが、彼はそれ以上なにもしなかった。
途方に暮れた顔で話し出す。
「こんなことに巻き込んで済まない」
「あの……これ、いったいどういう状況?」
敬語すら浮かんでこない。
透は本当に混乱していた。
その混乱を見抜いてランドールは笑う。
落ち着かせるように。
すこし肩から力が抜ける。
「わたしがあまりにそなたを構いすぎたようだ」
「構いすぎた? でも、それは息子であるアスベルの友達として」
「いや。問題なのはそこではないのだ。そなたは幾つだと言った?」
「15……ですけど?」
「だったらこの話題でも大丈夫か」
ひとりで納得するとランドールは話し出す。
「わたしは妃を亡くしてからのこの8年間、ただの一度も女性を抱いたことがない」
「抱く? 肩ですか?」
「それ……本気で言っているのか?」
呆れたように言われたが透は本気だった。
本気も本気。
嘘は全くなし。
真剣な目を見てランドールもそれを知る。
どうやら透にはそういう経験はないらしい、と。
「あー。つまりその、なんだ。……寝台の相手をさせたことがない、という意味だ」
寝台の相手?
言葉の意味を必死になって考える。
寝台=ベッド。
言葉を言い直すと「ベッドの相手」?
(ベッドの相手!?)
透は初めて言葉の意味を理解し真っ赤になった。
取り乱すその様子にランドールは苦笑する。
「わたしの知る15の子供より余程幼いな。普通15にもなればこのくらいの話題は平気なはずだが」
「いえーその。えっと。言葉が違うというか。俺の世界ではそういう言い方しないというか」
「そうなのか? だが、経験はないだろう? この部屋に連れ込まれても理解していないようだし」
「?」
透は不思議そうである。
怯えさせることもないかとランドールは説明はしなかった。
「つまりだな。そういうことだ。妃を亡くしてから、わたしは一切そういう真似をしなかった。王だから本当はいけないんだが、何度勧められても断ってきた」
「本当にお妃様が好きだったんですね」
「愛している。今でも」
「お妃様は幸せですね。亡くなってからもそんなに愛されて」
「そうだといいんだが。まあなんだ。そういうわけでわたしはあまりに何度も勧められるから、途中から女性を近付けなくなった。断る理由を探すのが面倒になったんだ」
「なるほどー」
透は「うんうん」と頷いている。
果たして理解しているのだろうかと彼は不安になる。
これが現状に関わってくることを。
「それであまりに女性を近付けないものだから、臣下たちは性癖の問題ではないかと疑い出したんだな」
「せーへき?」
「言葉を理解しているか? なんだか発音が変だが」
「いや。理解していいのかどうかわからなくなって」
「ふむ。では理解していると判断して話を続けるが、わたしは別に性癖には問題はない。だから、男を勧められても断った」
このとき、透は呑気にも大変だなあなんて考えていた。
亡くなった妃が忘れられなくて、そういったことを断っていると、薔薇と勘違いされるなんて。
まあアルベルト辺りなら喜びそうだが。
堂々とカミングアウトできるから。
「すると今度は男女の見境なく、やたらと勧めるようになったんだ。どうやら性的な意味で欠陥があるのでは……と疑っているらしい」
「性的な欠陥?」
「男性としての機能のことだ。いくらなんでも通じているな?」
顔を覗き込まれて透は赤い顔で頷く。
「もちろん。わたしは正常だ。ただ妃に義理立てしているだけだというのに、周りは一向に理解してくれない。王も大変だ」
「ですね」
透は引きつった笑みしか浮かべられない。
大変の一言で片付けていいんだろうか、これ。
「わたしはもう面倒でたまらなくなってな。最近は男も女も近付けた例がない」
「? でも、俺たちは」
「そう。問題はそこなんだ。そなたとそなたの弟はわたしが自ら招いた。しかもわたしが構いすぎるそなたの面差しは妃に瓜二つ。それがどういう解釈を受けるか、まだ理解できないか?」
つまり妃に似ている相手を構ったから、周囲はそういう誤解をしたということだ。
透は王にとってそういう相手なのだ、と。
性的な心配までしていたのだ。
きっと好都合だったに違いない。
「でもでもっ。俺男ですしっ。そういうのはっ」
「わかっている。わたしも勘繰りすぎだと断ったんだ。そうしたら」
「そうしたら?」
「妃のことは忘れたのか、ときた」
「? なんでお妃様が?」
「言ったはずだ。そなたの面差しは妃と瓜二つだと。そのそなたをも拒絶する。それは妃への気持ちも冷めたということ。それを問われたのだ」
「そんなこじつけ」
「こじつけではあるが、わたしは無視できなかった」
「え?」
透は青くなる。
この腕から逃げるべきかどうか迷う。
するとランドールは苦い笑みをみせた。
「つい売り言葉に買い言葉で『そんなわけがあるかっ!!』と怒鳴り付けてしまったんだ。そうしたらこの状態に持っていかれた」
「そんな簡単に」
王が挑発に乗ったからって、いきなりベッドシーンをセッティングするかっ!?
おまけにここ1番大事!!
透の意志は確認もされてない。
事後承諾もいいところだ。
「後になってまずいことになったとは思ったんだが、そなたも性癖は正常だろう?」
「もちろん!!」
ここはしっかり言っておく。
勘違いされて迫ってこられたら困る。
「だから、とりあえず今夜を凌げばいいかと思ってな」
「今夜を凌ぐ? どうやって?」
「簡単だ。この寝台で一緒に寝ればいい」
「ね……寝る!!」
「ああ。悪かった。言い方が悪かったな。一緒に眠る、だ」
「えーと。おやすみなさいって言ってスースー寝る、あの眠る、ですか?」
「それ以外になにかあるか?」
「そりゃあそうですよねえ」
ホッとして途端に透は満面の笑みになる。
「とりあえず今夜は避けようがないから、仕方なくこのひとつしかない寝台で眠る。なんとか今夜を凌げば問題は解決するはずだ。既成事実にはなるだろうから」
「……あの」
「なんだ?」
「なにもなかったってことは、だれにも言ってはいけないんですか? なにかあったと誤解されるのはさすがに」
「そうだな。わたしの息子たちとそなたの知人関係になら言ってもいい。だが、それ以外はダメだ。
既成事実がなくなったら、また伽を用意されかねない。そなた相手だとわたしが折れると知ってしまったから」
「あー。味をシメたってヤツですね」
「なんていうか。面白いな、トールは」
「すみません」
「では寝ようか」
そう言われ問題に立ち返ったが、ランドールをしばらく見ていたが、なにかするような邪な感じはなかった。
信じて寝台に入る。
癖なのか、それとも見付かったときの言い訳か、透を腕の中に抱いて彼が目を閉じる。
そんな体勢で眠るのは初めてで戸惑ったが、透も目を閉じた。
やがて安らかな寝息が聞こえはじめる。
するとランドールが目を開けた。
じっと透の寝顔を見る。
「寝顔までそっくりだな、ビクトリアに」
切ない声で囁く。
眠れる……わけがない。
ランドールだって正常な男だ。
腕の中に愛してやまない妃にそっくりな相手がいて、いくら同性だとわかっていても意識しないなんて無理だ。
この腕にぬくもりを感じて眠るのはいつ以来だろう。
すこし力を込めて抱いてみる。
少年の身体とは思えないくらい柔らかい。
程よく筋肉はついているようだが、つきすぎているわけでもない。
これで少女なら理性なんて保てなかったかもしれない。
ランドールは確かに正常だし性癖も普通だ。
同性愛の嗜好はない。
だが、透を前にしていると時々自信がなくなる。
いつまで優しい友達の父親のフリができるだろう。
「愛しいと思うのは妃に似ているからだ」
声に出してから自分に言い聞かせている現実に気付く。
いつまで?
いつまで見逃せる?
できるなら傷付けたくない。
彼にその気はないのだし。
でも、もう一度こんな場面を用意されたら、そのときは……。
考えるなと自分に言い聞かせて強引に目を閉じた。
彼の姿を視界に入れないように。
そうしないと行動を起こしそうだったから。
辛い夜になりそうだと胸の中で呟いた。
「ああ。おはよう」
目が覚めるとだれかの腕の中だった。
涼やかな声がすぐ近くから聞こえる。
ぼんやり見返しているとランドールだった。
「あ、あれ?」
思い切りキョトンとする。
そうして思い出した。
昨夜なにがあったのかを。
「おはようございます?」
「どうして疑問符がついているんだ?」
苦笑したランドールに言われ透は赤くなる。
「朝早いんですね」
実は一睡もできなかったランドールは苦い顔で頷いた。
「王だからな」
「俺の世界では重役出勤って言葉があって」
「重役しゅっきん? しゅっきんとは?」
「えっと。働く場所に出向くことです」
「なるほど。それで? 重役しゅっきんとは?」
「立場が偉くなるほどヒラみたいに朝早くから行かなくなるって意味です」
「普通立場が逆だろう? 地位を得れば責任も増える。だから、下の者よりより働かなくては」
「そういう考え方の上役はほとんどいませんね。逆に下の者に押し付けたがる」
「度し難いな」
「だから、ランドール陛下は凄いなって」
褒められてランドールは赤くなりそうなのを必死になって耐えた。
拷問か!? とまで思ったが、透は如何にも真面目な顔をしている。
そういう素直さが可愛いのだが、これはある種の拷問だと呆れるランドールだった。
それから前々から望んでいたことを言ってみることにした。
今なら言えそうだと思ったから。
「その陛下というのはやめないか?」
「え? でも」
「そなたに陛下と呼ばれるとどうにも辛い」
「辛い?」
「妃に陛下と呼ばれている錯覚が消えない」
「……あ」
確かに顔は同じなのだし、夫だったランドールにしてみれば、どうしてもそう感じるのかもしれない。
「妃はランディと呼んでいた。だから、そう呼んでほしいが、さすがにそれをしたら、またこうされそうだから」
「それは困ります」
「だろう? だから、呼び捨てでいい。とりあえず陛下と呼ぶのをやめてくれ」
「はあ。わかりました。呼び捨て、ですね?」
「そうだ。できれば敬語もなしの方向で」
「ウッ」
「アスベルやルーイには普通に接しているだろう? わたしにもそうしてほしい」
「はあ」
こう何度も言われると断りにくいので、透はとりあえず曖昧な返事をしておいた。
「同意は得たぞ? 今から敬語は禁止だ」
「そんなあ。横暴ですよっ!!」
「敬語は禁止だと言ったはずだが?」
「えーん。ランドールが苛めるよぉ。アスベル。助けてー」
透は泣き真似をしてみせた。
ランドールもさすがに言いたいことはあったが、ふと気付く。
彼がさりげなく名を呼び捨てにしたことに。
口許に優しい笑みが浮かぶ。
そうして起き上がった。
身を引き離すのは辛かったが。
透も起き上がる。
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