第10話
「エドワード王子ご到着っ!!」
遠くからそんな声が聞こえる。
エドワード王子を出迎えるため、国王一家と透たちは謁見の間に集まっていた。
隠しても隠せないだろうという理由から、透たちまで謁見の間に招いたのである。
エドワードはすぐにでもお付きの者を引き連れて謁見の間にやってくるはずだった。
初めてみる謁見の間に透はキョロキョロしている。
「兄さん、ちょっと落ち着いてよ」
「だって謁見の間だよっ!? 日本だったら皇族との対面のときに使われるような部屋だよっ!?」
「とにかく落ちついてっ!! 兄さんがそんなに落ち着きがなかったら、紹介してくれるランドール陛下たちが恥を掻くんだからっ!!」
「……はい」
弟に言い負いかされて透が小さくなる。
それでもイジけないところが透らしい。
ランドールたちは微笑ましい気分で彼を眺めていた。
「エドワード王子のご入場です」
そう告げる声がして扉が開く。
そこからそれはもう優雅な青年が歩いてきた。
思わず呆然としてしまう。
うん。
きっと薔薇が似合う。
透はなんの確証もなくそう思った。
アスベルと同じ淡い金髪。優しそうな青い瞳。
その面立ちはどことなくアスベルに似ている。
やはり従兄弟だけはあるな。
それからエドワードが挨拶しようと声を投げようとしたとき、彼の目が透を捉え大きく見開かれた。
「叔母上?」
愕然とした声である。
透はこめかみを掻く。
「俺は……」
人違いだと答えようとして、透の目も大きく見開かれた。
エドワードの後ろに控えている少年の顔を見て。
「隆!?」
その呼び声に俯いていた隆が顔を上げる。
玉座の近くに透が立っているのを見つけ、彼も歓声をあげた。
「透!!」
ふたりは場所も状況も忘れ駆け寄って抱き合った。
周囲の人々は暁を除いて呆然としている。
「おまえっ!! こっちにきてたのかっ!? よく無事だったよな、隆!!」
「そっちこそっ!! どんなに捜したと思ってるんだ!? どこもケガしてないかっ!?」
「俺は平気だって!! 運良くこの国の王子に拾われてさ」
「透も? おれもログレスの王子のエドワードさまに拾われて今まで世話になってたんだ」
感激のあまり透はここがどこだとか、今はどういう状況だとか、すっかり失念している。
女の子みたいにキャーキャーと喜び合うふたりに呆れて、暁が近づいてきてふたりの背中を拳骨で叩いた。
「イテッ!!」
「暁!? おまえもいたのかっ!?」
「相変わらずボクをオマケ扱いするよね、隆はっ!! とにかく周りを見て、ふたりともっ!!」
言われてふたりが周囲を見回す。
そこに唖然とした顔ばかりを見つけ、透と隆は大人しく別れて元の位置に戻った。
「きみは?」
エドワードがやっとのことで声を出す。
「場を混乱させてすみませんでした」
透がペコリと頭を下げた。
「いや。そのことはいいが、きみのその姿は」
「紹介するまでもないかもしれないが、どうやらエドワード王子が助けたそこの人物の知り合いらしいが。アスベルが助けて我が城の客人として扱っているトールとアキラの兄弟だ。残念ながらビクトリアとはなんの関係もない」
「そう……ですか」
「?」
エドワードの後ろで隆が怪訝そうな顔をしている。
母親が亡くなったため、喪に服しているという理由を使って、顔を黒いヴェールで覆っているフィーナが、そんな彼の耳許で囁いた。
「あのふたりがあなたの捜していたトールとアキラ?」
やはりログレスでもトオルという発音はできないようである。
隆も正しい発音をしてもらうのは諦めて、トールという名で透を捜してもらっていた。
だれが彼の名を呼んでも、そういう発音になるので、彼がこちらにきている場合、そう呼ばれている可能性が高いと気付いたからだ。
「はい。違う国に移動してたんですね。ログレスを捜しても見付からないはずです」
そこまで答えてから謁見を進めていくエドワードの後ろで隆が問いかける。
「それより透の顔がどうかしたんですか? なんかエドワード様は透を見た途端顔色を変えていましたが」
「ああ、それなら。彼があまりにも亡くなった叔母様、ビクトリア妃に似ているからよ」
「ビクトリア妃?」
「このイーグルの王妃でアスベル王子とルーイ王子のお母上よ。わたしとお兄様にとっては叔母様に当たるの。お母様の妹だったのよ」
「この国の王妃にそっくり?」
隆は難しい顔になる。
それって透の存在がすごく微妙な位置にいることを意味しないか?
「わたしは叔母様とは何度か逢っているけれど、残念ながら憶えていないの。だから、肖像画でしか知らないけれど、本当に瓜二つだわ。本当に男の子なの?」
「当たり前でしょう。透はあんな顔立ちですが立派な男です」
「そう。たしかわたさよりひとつ年下なのよね? あなたと同じで」
「はい。15です。暁は13歳ですが」
「でも、不思議ね」
「なにがですか?」
「ビクトリア叔母様は実は戦女神、フィオリナの化身とまで呼ばれたほど、フィオリナ様にそっくりだったのよ」
「? 女神なのに容姿が伝わっているんですが?」
「胸像とか銅像が沢山残っているのよ。神話時代の物が。それによればたしかにビクトリア叔母様は、フィオリナ様にそっくりだったの。つまり」
「あのトールという少年も、フィオリナ様に似ている、ということよ」
「え?」
透がこちらで知られた戦女神に似ている?
「でも、考えすぎよね。『紅の神子』は女神で通っているし」
小さく囁かれたその言葉を隆は不吉な予感を抱えながら聞いていた。
謁見が終わってアスベルはエドワードをお茶会に招いた。
もちろん透たちや隆も招いてだ。
隆を保護しているのはエドワードなので、彼を無視して隆だけ呼べなかったのである。
久々に再会できたらしい透に、彼には近付くなとは言えなかったのだ。
「本当に恐ろしいほど叔母上に似ているね。アスベルはビックリしなかったのかい? 最初に彼と逢ったとき」
「ビックリできる状況じゃなかったというか」
「どういう意味だい?」
エドワードの追及をかわそうと、アスベルは彼の背後で何故か自分をじっと見詰めている喪服姿の侍女の話題を振った。
「それよりどうして喪服姿の侍女がいるんだ?」
「母親をついこのあいだ亡くしてね。まだ喪に服さないといけない時期なんだよ」
「だったら仕事を休ませてやれよ。喪に服さないといけない時期に仕事させるなんてエドらしくもない」
「いや。それは……」
今度はエドワードが答えに詰まる。
まさかあれは妹ですなんて言えない。
フィーナは侍女のことまで気遣ってくれるアスベルに驚いていた。
ログレスに伝わってくる噂では、アスベルはもっと冷たい人といった印象だった。
残酷で残忍で邪眼の王子の名に相応しい王子。
そういうイメージで通っているが、兄から聞くアスベルは似ても似つかなかった。
だから、どちらが本当なのか、自分の目で確かめたかったのだ。
直接確かめたアスベルは態度こそどこか素っ気ないが、そんな冷酷でもないし世話をされたら礼を言い、今みたいに仕えてくれる人のことも気にしてくれる優しい王子だった。
噂ってアテにならないものだと今更のようにフィーナは噛み締める。
「あのさあ」
透が割って入り全員の視線が彼に向かった。
「前から聞こうと思ってたんだけど、機会がないまま今日まできてしまったんだけどさ」
「なんだ?」
「邪眼の王子が国を滅ぼすって……なんなんだ?」
アスベルは黙り込んでしまったので、エドワードが口を開いた。
「遥かなる昔、この国に賢者マーリーン様が与えた予言でね。こういう一文が伝わっているんだ」
『国が滅びの危機に瀕したとき、邪眼を持つ王子が生まれる。そして滅びの危機を救うべく古の救世主「紅の神子」が国を救う』
その内容を聞いて透たちの目がアスベルに向かう。
綺麗に澄んだ彼のオッドアイに。
「アスベルはご覧の通り両目の色が違う。そのせいで伝説の邪眼の王子だと噂されていてね」
「その伝説っていうか予言っていうか、それのどこを見たら邪眼の王子が国を滅ぼすって解釈できるんだ?」
頭の良くない透でも気付く疑問点。
だが、全員キョトンとしただけだった。
「気付いていないのか? その予言、どこにも邪眼の王子が国を滅ぼすなんて言ってないじゃないか」
「「あ……」」
アスベルもエドワードも絶句している。
それは会話には入れないフィーナも同じだった。
「国が滅びる危機に瀕したときに邪眼の王子が生まれる。そう言ってるだけで、その邪眼の王子が国を滅ぼすなんてどこにもない。それでどうして邪眼の王子が生まれたら国が滅びるなんて解釈になるんだ? むしろ救世主的な意味じゃないのか?」
「おれが……救世主?」
「少なくともおれにはアスベルの眼は邪眼には見えないし、アスベルが自分の国を滅ぼすとも思えない。逆に救おうと必死になるんじゃないのかな」
言ってから透は「あっ」と呟いた。
彼がどうして「紅の神子」に頼っているか、やっと理解したからだ。
自分ではどうにもできない予言に振り回されているから、どうしても救世主とはっきり言われている「紅の神子」が必要だった。
このままでは自分に不信感を抱く臣下たちの反乱によって国が滅びかねないから。
その事態をアスベルが1番危惧している。
(本当に俺じゃないよな? 瞳が真紅になったのも、こっちにきてすぐの一度きりだし。空間移動した影響ってだけだよな?)
アスベルの必死さがわかってしまうと、透は自分が人違いだと言い張っているのが、なんだか悪いことのような気がしてしまう。
かといってあれから瞳の色も変化がないし、それで当人だと主張することもできないけれども。
「きみは……聡明だね、トール」
「え?」
物思いを遮られて透がエドワードを見る。
「たしかに言われるまで気付かなかったわたしたちがどうかしていた。予言にはどこにも邪眼の王子が国を滅ぼすとは書いていない。むしろ邪眼の王子が生まれることで救世主が現れるとも取れる」
「『紅の神子』」
「その場合アスベルは救世主への呼び水だ。敬うべき相手をこの国の人々も、近隣の人々も誤解して恐れていただけかもしれないね」
(だから? だから、マーリーン様はイーグルにお告げを与えた? 「紅の神子」を招くのが、他ならねアスベルの役目だから? だとしたらわたしに与えられた予言は……)
「エド? 顔色が悪い。どうかしたのか?」
「なんでもないよ、アスベル。ちょっとね」
「気掛かりなことがあれば言えよ。大した力にはなれないけど、おれはおれで頑張るから」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ、今はね」
「今は?」
「本当にどうしようもなくなったらきみに相談するよ。でも、そのときに」
(きみから憎まれることがわたしは怖い。いや。優しいきみのことだから、わたしを気遣って苦しむだろう。それが怖いんだ)
心でしか言えない科白を呟いたとき、透がじっとエドワードを見ていた。
「なにかな?」
首を傾げてエドワードが問う。
「あんまり無理しない方がいいと思う」
「え?」
「どうしてそう思うのかわからない。ただあんたは無理をしてる」
「兄さん」
「透」
一国の王子に向かってあんた呼ばわりをした透に、彼の弟と親友が頭を抱えている。
「俺、勘だけはいいんだ。あんたいつかその無理のために破綻するよ?」
「わたしは……」
「頼ってもいいって頼ってくれって言ってくれる人がいるあいだに、あんたは頼った方がいい。俺に言えるのはそのくらいかな」
「きみは不思議な子だね。まるで叔母上と会話しているみたいだ」
「いや。その例え嬉しくないから。俺は男だっ!!」
「わかっているよ。でも、自分の悩みを打ち明けてしまったら、逆に周囲を傷付けることもあるだろう?」
「傷付け合っても和解は可能だよ」
「……」
「一歩を踏み出すことを恐れるなよ。迷ってるだけじゃなにも解決しない」
透に言い切られてエドワードの瞳が揺れる。
だが、このときは彼はなにも言わなかった。
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