第21話
「でも、おれにとってはノエルがおまえであることに意味がある。例えばノエルとおまえが別人だったとしても、おれが気にかけるのはノエルじゃなくて……おまえだ。シリル」
「……オーギュスト?」
「ノエルは確かに最高の女だ。普通の男なら惚れるんだろう。おまえが自分を比較して気にするのもわかる。でも、おれにしてみれば自惚れすぎだ」
自惚れもなにも事実だと思うんだけど。
だって第三者として思うけど、実際ノエルってスッゲー美少女じゃん?
街を歩けば振り返らない男なんていなかったし、実際ノエルに冷たく振る舞う男の方が珍しいってか、いなかったし。
そんな男。
兄貴だってノエルが俺だって知った途端手を出してきた。
すべてはあの外見のノエルだから起きたことで、別に俺は自惚れてないと思う。
だって俺はそこまで特別な意識を向けられたことってないし。
まあノエルにベタ惚れって風に装ってたのもあるけどな。
「ノエルがどんなに綺麗でも、おまえじゃないなら意味はない。興味の対象にもならないんだ」
「なんで……」
「何故? ノエルよりおまえの方が大事だからだ」
「なんでそんな風に言えるんだよっ!! おまえっ!! 俺のこと大嫌いだっただろうがっ!!」
思わず癇癪を起こしていた。
だってこれまで散々敵対していて、お互いに天敵だと思っていて、大事だと思われる意味がわからない。
ただ揶揄われてるようにしか感じられない。
「それは謝る」
突然謝ってきたオーギュストに二の句が継げない。
「だが、そのことは説明したはずだ。昔の話だと」
「なんで? そんなに簡単に認識は変わらないだろ。好かれるような真似をした覚えもねーよ」
はっきり拒絶を瞳に浮かべると苦しそうな眼をしたオーギュストが、いきなり俺に腕を伸ばしてきた。
抗う暇もなく抱き締められる。
凄く……大切そうに。
兄貴みたいに強引な抱きしめ方じゃなかった。
唖然として腕の中から見上げる。
「頼むから素直に聞いてくれ。本当におれはノエルよりシリルの方が大事だし、ノエルがおまえだったとして、護りたいと思うなら、それはノエルがおまえだからだ」
「だから、なんでだよ。俺はおまえに好かれる覚えはねーって言っただろ」
震える声になるのは防げなかった。
「言っても……怒らないか?」
「怒るような理由なのか?」
首を傾げればオーギュストは困ったような吐息を漏らした。
「照れて暴れ出しそうではあるな」
「なんだよ?」
「……おまえの本当の、素顔の泣き顔を見たからだ」
「え?」
意外なことを言われて絶句した。
「おれが……泣かせた」
「いつ?」
「まああのときはおまえは混乱していたから、あまり覚えてないのかもしれないが」
回廊で偶然逢って家出について責めたときだと言われて「あっ」となった。
確かオーギュストに突然キスされたときだ。
確かにあのときのことははっきりとは記憶には残ってない。
すっぽり抜け落ちてる。
あのとき?
あのときにオーギュストの俺への認識が変わった?
「なにも考えずおまえの事情も知らずに一方的に責めたおれを見てシリルが泣いたんだ」
顔から火が出そうだった。
暴れようとしたら強く抱かれて抵抗すら封じられたけど。
スッゲー恥ずかしいからオーギュストの胸に顔を埋めた。
「正直に言えばあまりに支離滅裂な言葉を並べられて、今でもなにを怒っていたのかわかっていないんだ。ただ」
「……」
「シリルがおれの心ない言葉に本当に傷付いていて、その心の傷を自分でもどうにもできずに泣き叫んでいるのがわかるだけで」
そんな風に泣いてたのかな、あのときの俺。
あんま覚えてないんだけど。
「おれが傷付けた。おれが泣かせた。そう思ったら急激にシリルが愛しくなってきて」
反発は気になるからこその感情だったと、そのときに気付いたと言われて、俺は違う意味で顔から火が出そうだった。
まるで愛の告白じゃん。
スッゲー恥ずかしいっ!!
「謝る、べきだろうな」
「オーギュスト?」
「あのとき、本当はシリルを落ち着かせるためじゃなく、おれがキスしたいからキスしたんだ。自覚してないだろうが初心者向けじゃないぞ?」
あ。
今度こそ顔から火が出た。
真っ赤になってるのわかったから、胸に埋めた顔をあげられない。
「信じてくれ。おれが大事なのはノエルじゃなくてシリルだ。ノエルを大事だと思うとしたら、それは彼女がおまえの場合だけだ。別人ならどうでもいい」
えっと。
どう反応しろと?
えーこれ愛の告白ですか?
俺、男に告白されてる?
ノエルじゃなく男のシリルとしての俺が?
「ノエルがおまえだとしても、もうノエルなんて名乗らなくていい。ノエルもおまえだ。シリル。区別なんて必要ない」
どちらも俺。
そう言って貰えてなんだかずっと肩肘を張っていたのが、すっと力が抜ける感じがした。
身体から力を抜いた俺を見て、オーギュストがクイッと顎に手をかけた。
なに? と見上げたときに優しく微笑まれ、気付いたら……唇は重なっていた。
「……んっ」
優しい啄むような口付けが、徐々に深さを増していく。
縦横無尽に動き回る舌に何度も絡められて吸われるその感覚に腰から力が抜けていく。
ちょっとぉ。
初心者にもうちょっと容赦しろよぉ。
でも、不思議だ。
怖くない。
兄貴のときは怖くて怖くて仕方なかったのに。
なんで?
抜けた腰を支える腕も、何度も髪を撫でる仕種も、凄く……優しい。
「男でいるか、女になるか。それはおまえが自分で決めればいい。ただ……死なせない。おれが。絶対に」
口付けの合間にオーギュストが囁く。
その声を夢現に聞いていた。
ノエルでもシリルでも俺は俺。
初めてそう言ってくれた人。
ノエルじゃない俺を見てくれた人。
その人の腕に抱かれて、俺はいつしか意識を失っていった。
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