第4話
家に戻ると兄貴はどこか物珍しそうに立ち尽くしていて、オーギュストは遠慮会釈なく家中を捜索して歩いた。
まあいいけど。
どうせシリルはいないんだし。
そう思いつつ兄貴にお茶を出す。
出された兄貴はちょっと驚いた顔をした。
「ああ。ありがとう」
小さなテーブルに腰掛けてお茶を飲んだ兄貴が顔をしかめた。
不味いんだろうなってわかる。
俺も最初飲んだときはそう思ったし。
でも、兄貴。
ちょっとは自覚しろ。俺たち贅沢しすぎなんだって。それだって高いお茶の一種なんだぞ?
「サイラス。だれもいないぞ?」
「静かだからそんな気がしていたが。きみ。一緒に住んでいる相手は今どこに?」
知らないとかぶりを振ってみせる。
「待っていれば帰ってくるんじゃないか? もう夜も遅いし。少なくとも彼女の帰りを待っていたんなら、帰ってくる頃にはここにいるはずだから」
「そうかもしれないが、それまで陣取るというのも」
「金髪のだれかが一緒に住んでるのは事実みたいだぞ?」
「どうしてわかる?」
眉をあげる兄貴の前にオーギュストが、ゴミ箱から抜いてきたらしい金髪と黒髪を見せた。
髪をすいたりしたときに抜けて、それを捨ててあったんだ。
不思議だけどシリルのときに抜けた髪は夜になっても金髪のままで、逆にノエルのときにすいて抜けた髪は朝になっても黒髪のままだった。
それを見つけてくるとはコイツは犬か?
「金髪の方が短くて、黒髪の方が長いから、たぶん金髪なのは男だな。女でこんなに短いのって聞いたことないし」
「そうか」
兄貴は金髪の方を持ち上げてマジマジと凝視している。
「細いな」
「ああ。それに癖毛らしい。ほら。置くと丸まるんだ。まるで猫だって」
ネコ毛で悪かったな。
可愛い癖毛と言ってくれ。
ノエルのときはそのおかけで女の子も羨む髪型になるのに。
「シリルと同じ髪質だ。シリルも髪が細くて癖毛だった」
髪を掴んだ兄貴がギュッと目を瞑る。
気づいてほしいような、ここまで気遣ってくれる兄貴に、こんな現実は教えちゃいけないような、なんとも言えない気分に襲われる。
でも、帰ってもらわないとさすがに困る。
朝まで居座られたらバレるって。
さて。
どうしようか。
紙とペンを持ってきて兄貴の前に置く。
兄貴は問いかけるように見上げていた。
「『だれと勘違いしているのか知りません。でも、彼はあなた方の知っているシリルではありません。人違いです』?」
兄貴が書いた文面を読み上げて、オーギュストが呆れたような声をあげた。
「別人かどうか、それはたしかにおれたちも知りたい。でも、それは本人と逢うまで確認できないことだ。きみが奴を庇ってる可能性も否定できない」
「『あなた方がいるかぎり、彼は帰ってきません』? どうして?」
「『彼は普通の男の子です。それに嫉妬深い。あなた方が部屋にいたら、そのまま帰ってきてくれないかもしれない。わたしたちの生活を壊さないでください』?」
ふたりは顔を見合わせた。
ここに住んでいるのが本当に俺なら、自分たちがいれば逃げることを知っているからだろう。
逃げないなら家出したりしないから。
「『帰ってください。お願いします』」
兄貴は弱ったように俺を見た。
それから外を見る。
密室に異性といる時間ではないことを思い出したのか、顔を赤く染めた。
相変わらず純情兄貴。
こりゃ彼女まだいねーな。
「オーギュ。帰ろう」
「いいのか?」
「異性の部屋に押し入る時間ではないし、一応ここが家だとわかったんだ。手を打つ時間もほしい。逃げられたくないからね」
こえーよ、兄貴。
程々にしてください。
俺まだ死にたくありません。
「邪魔したね」
「奴に逃げるなって言っておけよ? 王子としての責務から、これ以上逃げるなって」
(オーギュスト……)
「サイラスの弟だって自覚があるなら、堂々と陽の当たる場所に出てこい。そう伝えて……えっ!?」
オーギュストがギョッとした顔をした。
わかってる。
俺が泣いたからだ。
でも、涙が止まらない。
心配されてるのもわかる。
主張が正しいことも理解できる。
なのに逃げるしかない。
その現実が悔しいやら悲しいやらで涙が止まらない。
オーギュストはオロオロしているだけだったが、弟のことで泣かれたと判断したのか、兄貴がいつもなら考えられない行動に出た。
泣いてる俺をその腕に抱いたんだ。
女の子とは距離を取ってた兄貴が。
唖然として涙も止まったよ、俺。
「ごめん。きみには悲しい想いをさせるね。弟にも考えがあるんだろう。泣かせて済まない」
なにも言えなくて俺はただかぶりを振った。
部屋から兄貴たちが出ていく。
一刻の猶予もない。
すぐに逃げ出す準備しなくちゃ。
そう思っていたのに。
グラリ。
視界が揺れた。
嘘だろう?
なんでこんなときに立ち眩み?
まだ朝には遠いはずだ。
身体の変化で受ける負担だって慣れてきた最近はそれほどでもなかった。
なのになんでえ?
心で叫んでも身体からはどんどん力が抜けていく。
床の上に倒れた俺はそのまま意識を失ったのだった。
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