11話「休日の朝」

「……そろそろ起きて」

「う~ん……」


 体を軽く揺さぶられたことで、俺は思い瞼を少しだけ開いた。


「今、何時……?」

「9時過ぎたくらいだよ」

「まだそんな時間なの……? もうちょっと寝させてくれ……」


 そう言って俺は、また寝袋に顔を埋めた。

 基本的に、大学の講義や試験などで遅刻出来ない時は、きちんと起きる。

 ただ、休みの日など早く起きなくても問題ない日は、こうしてなかなか起きれない。


「ダメ! ほら、起きて? 今日も試験勉強とかしないといけないんでしょ!? 早く始めないと、どんどん面倒になるよ!」

「うう……」


 あまりにも正論だった。

 でも、体が動こうとしないので、芽衣の正論が聞こえていないフリをした。


「本当に寝起きダメだなぁ……。おりゃっ!」

「うぐっ!?」

「ほら、重くて苦しいだろう?」


 痺れを切らした芽衣が、俺で丸まっている寝袋の上に飛びかかってきた。

 そんなに重いわけではないが、そこそこな勢いで来たので、思わず変な声が出た。


「止めてくれ……」

「観念するか!? それなら大人しく寝袋から出て、起きるんだな! そうじゃないと、ここから離れないぞ!」


 こんなやり取りをしていると、どんなに寝起きが悪い俺でも、それなりに覚醒してきた。

 そうなってくると、今起きている状況について、さらに分かってくる。

 現在、俺は芽衣に上から飛びつかれている状況。

 つまり、寝袋越しに抱きつかれている、ということになる。

 その状況がようやく理解できると、寝袋越しに感じる感覚が、急にすごく柔らかいもののように感じる。

 きちんと目を開けて状況を見ると、芽衣の顔も、俺の顔からかなり近いところにあった。

 化粧などを完全に落としているが、それでもびっくりするくらいやはり美人。


「ごめん! 本当にちゃんと起きます! 観念したので、離れてください……!」


 この視覚と触覚で完全に混乱した俺は、すぐに芽衣に降参して、大人しく起きることにした。


「声的にやっと起きたか〜! なんか必死だし、顔が赤いけど、どうした〜?」

「どうしたじゃねぇよ! お前がこんなことするからだろ!」

「ふふ、初だねぇ」

「……うるさい」

「はいはい、ごめんね。起きて顔洗って、歯磨きでもしてて。朝ごはん作るから」

「あい」


 ようやく芽衣が離れると、俺にオカンのようなことを言いながら、キッチンで朝食の準備に取り掛かっている。

 洗面台に行って歯を磨いたりしていると、段々と朝食のいい匂いが漂ってくる。


「いっつも休みの日は、何時くらいに起きてるの?」

「11時過ぎくらい」

「うっわ、流石に遅すぎない? 本当に遅刻とかしてないの?」

「こういう日でも、いつも起きてる時間には一度目は覚める。ただ、二度寝しててこんな時間になるって感じだな」

「11時に起きるってことは、朝ごはん食べないってことでしょ? ダメじゃん」

「一人でいたら、こんなもんだって」

「勉強で頭使うのに、そういう人こそちゃんと食べなきゃ!」


 オカン+大学の教員みたいなことを言い出した。

 全部正論な上に、自分がダメなだけなので、何も言い返せない。


「なんか逆に、私のほうが拓篤の生活状況について、すごく心配になってきた」


 そんなことを言いながら、テーブルに朝食の乗ったお皿が並べられた。

 半分に切ったトースト一枚と、スクランブルエッグ、サラダとヨーグルト。

 間違いなく、この部屋で食べる過去最高の朝食である。


「なんか店で出てくるモーニングみたい」

「お店はもっとちゃんとしてるよ?」


 そんな朝食を口に運びながら、話は明日以降についての話になった。


「芽衣は、明日からの平日は何時くらいにここを出るんだ?」

「んと、7時半くらい?」

「めっちゃ早いな……」

「高校に行ってた頃は、これぐらい当たり前だったじゃん」

「それもそうだな……。大学の一番早い講義やテストで、9時半スタートだからな。すっかりそれに慣れちまったんだな」

「え、そんなにゆっくりしてるんだ」

「まぁ近隣なら、県外から通ってる人もいるからね。ってことは、朝6時には起きるって感じ?」

「そうだね。朝食とお弁当の準備、化粧したりすることも考えたら、それぐらいには起きないと、間に合わないね」

「そ、そうか……」


 改めて社会人として生きていくことが、大変だと言うことを、話を聞いていて強く感じる。

 さっきまで、この時間で全く起きようとしない自分が恥ずかしくなってきた。


「拓篤は出来たら、7時くらいに起きてくれたらいいかな。何か仕事行く前に、伝えておきたいこととかあったら、起きててくれると助かるからね」

「俺も、6時に起きたほうが良いよな?」

「ううん、それはしなくていいよ。しっかり寝て、試験とかを突破さえしてくれたら」

「わ、分かった。きっちりと試験は乗り切るから、心配しないでくれ」

「うん」


 朝食の後は、先程の話もあってすぐに試験勉強に取り掛かった。

 芽衣にこれだけのことをしてもらっているので、普通に合格だけではなく、もっと良い成績で終えられるぐらいを目指していきたい。


「洗濯物、一緒に回して干しておくね〜」

「お、俺のは後で回すから、芽衣の分だけ回したらいいよ」

「え、もしかして意識してる? 別に大丈夫だよ。それに何回も回すのは、無駄になるし」


 そういうと、俺の意見を聞く前に洗濯機を回し始めた。

 俺は試験勉強をして、芽衣は家事全般をあまり音を立てないようにしながら、丁寧に行ってくれている。

 本来は、全て自分でやらないといけないことなのだが……。


(俺、芽衣が居なくなったあと、ちゃんと一人で生活出来るのかな……)


 状況が変わって、芽衣はこの部屋から出ていくことにいつかはなると思う。

 そうなってしまった時、果たして自分はきちんと一人で生活が出来るのか。

 芽衣がこの部屋に来て、一日が経過しただけで、そんな不安を感じる俺自身に、不甲斐なさを感じてしまった。

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