10話「暗闇の中で話したこと」

 俺が風呂からあがると、芽衣はベッドの上に寝転がってスマホをいじっていた。


「お、やっと出てきた。私より長風呂だったんじゃない?」

「そうだな、いっつも一時間くらい浸かってると思うわ」

「こんなに長時間入ってたら、私ならのぼせちゃうけどね〜」


 そんな話をしながら、寝る準備を整える。

 誰かが泊まりに来てもいいように、寝袋を一つだけ買っていたのが、ようやく活躍するときが来た。

 もう卒業まで一度も、クローゼットから出てくることはないのだろうなと思っていたが、まさかこんな状況で出番が来るとは、思ってもいなかった。


「ねぇ、本当にベッド使っていいの?」

「大丈夫。それに、すでにしっかりくつろいでるじゃん」

「ま、まぁそうなんだけどさ……」

「そうやって気兼ねなく休んでくれる方が、俺としても良いって何度も言ってるだろ?」

「う、うん。じゃあ、ゆっくり休む」


 その後、テレビを見たりスマホをいじったりして過ごし、0時が過ぎた頃に二人揃って寝ることにした。


「そろそろ寝るとするか〜」

「うん」

「んじゃ、電気消すぞ」


 電気を消すと、部屋の中は真っ暗になった。

 何も見えない中で、掛け布団や寝袋の衣擦れの音だけが部屋の中に響いている。


「ねぇ、拓篤」

「どうした?」

「本当にありがとうね」

「いいよ別に。最初、メッセージ来たときはどうしていいか、正直分からなかったけどな」

「……だよね」

「でも、こうして思い切って会ってみたら、見た目とか社会人としてすごく大人になってるって思いながらも、芽衣自身は良い意味で変わってなくて、すごくホッとした」


 やはり社会人になって、自分でお金を稼いでいるだけあって、考え方も自分よりも遥かにしっかりしていると強く感じた。

 そんな中でも、持ち前の明るさなどは変わらずに持っていて、安心出来る面もあった。


「とは言っても、こうして拓篤を振り回しちゃってるけどね」

「良いんだよ。作ってくれる飯はうまいし、ゲームは一緒にやって楽しいし。それに……話せる人が居てくれるってことのありがたみ、すげぇあるし」


 一人で勉強をして、周りからは楽しそうな声が聞こえてくる。

 それが徐々に自分の気を滅入らせていたのは、紛れもない事実だった。

 一人で気分転換に遊んでも、イマイチ気が紛れるわけでもなかった。

 そんな時に、こうして芽衣が来て、一緒になにかする毎に話が弾んだ一日を過ごした。

 とても充実していた、と感じることのできる一日だった。


「それは私もだよ。ご飯を作ってくれて、一緒に買い物に行って、一緒にゲームして……」

「そいつは良かった」


 俺と同様に、芽衣も楽しかったと感じてくれていたらしい。

 女性一人きちんともてなしたこともない俺だが、幼馴染補正もあってか、満足してもらえている。

 そのことにホッとしていると、芽衣はポツリと一言呟いた。


「こんなに楽しかったの、本当に久しぶりなんだけど……」


 その一言は、これまでの生活の苦労を言葉として絞り出したかのように聞こえた。


「……ここに居る間は、こんな感じでずっと楽しくいられるだろ。俺のことが嫌にならなければだが」


 そんな一言を聞いて、自然と俺は居れば良いと口にした。


「そんなこと言っていいの? 真に受けちゃうよ?」

「構わないぞ」

「迷いがない……だと!?」

「芽衣が居なくなると、飯のランクが落ちる上に、自分で作らないといけなくなる。大変な損失だ」

「私を専属コックかなんかだと思ってない?」

「誰が専属コックのゲーム相手を、要望に応えてやるんだよ」

「確かにそりゃそーだ!」


 高校時代までのようなやり取りに、芽衣は楽しそうに笑っている。

 明るい芽衣は、こうして笑っているのが一番らしくて良いと思う。


「しつこいけど、本当にしばらくいてもいいの?」

「おう。というか、俺がそうして欲しいって思ってるからな」

「何で?」

「お前の立ち振る舞いや雰囲気を見てたら、相当大変だったことは、流石に分かる。だからこそ、俺に申し訳ないからとか言って、またどこかに一人で行こうとするのは、俺自身が相当……辛い」


 同棲していたぐらいの相手との決別。

 慣れない社会生活。

 実家や友達に頼れない孤立感。


 少なくともこれだけの色んな要素と戦っていて、一人でなんとかすることなど、俺からすればとても出来るとは思えない。

 露頭に迷って、極限状態でまた何か悪いトラブルに巻き込まれるようなことがあったらと、思ってしまう。

 都合の良い相手でもいい。

 それで少しでも幼馴染が、元気で本来の姿で居られるのであれば、と思っている。


「……本当に優しいね」

「今更ですか? もう知り合ってから、十数年経ちますけど」

「ごめん。陰キャすぎて、伝わってこなかったわ」

「うわ! その発言、ライン超えでしょ」


 素直な言葉を言ったことで、恥ずかしくなってしまって思わずすぐに話をそらしてしまった。


「……物件探し、中断するかぁ」

「そうしとけ。探し始めるのは、俺と喧嘩してからでも遅くない」

「じゃあ、そうしよっと!」


 その言葉を最後に、掛け布団と寝袋に顔を埋めて本格的に眠りに入った。

 しっかりと話して目が冴えていたような気がしたが、眠りに落ちるまで、それほど時間は掛からなかった。

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