8話「作ってくれた料理」

「ん……」


 どれくらい眠っていたのか分からなかったが、いつもと違う匂いで目を覚ました。

 間違いなく料理の匂いということは分かるが、俺が普段から作るものとは違う匂い。

 そもそも俺しか料理を作らないのだから、料理の匂いがする状態で寝ていることに違和感を感じる。


「お、起きたか」


 髪をゴムでまとめて、本格的な家事モードに入っている芽衣が、箸を動かしながらこちらを見て、声をかけてきた。


「結構しっかり寝たねぇ。2時間くらいはいびきかいて寝てたよ」

「いびきは許せ。慢性的な鼻炎でどうしようもないから」

「ま、支障が出るほどうるさくないから、大丈夫」


 現在、口がカラカラになっているという事実だけで、いびきをかいていたことは嫌でも分かる。

 彼女とか出来たら、こういうところに幻滅されるんだろうなぁ。

 こんな感じで軽く流してくれる芽衣みたいな人って、いるのかな。

 修学旅行で、同じ部屋になったやつがいびきうるさすぎてみんなにドン引きされてた過去を知っているから、何気に気になるところである。


「そろそろ出来始めるから、テーブルの前に座って待ってて」

「あい」

「相変わらず寝起きのテンションは低いのね」

「治らんやろ、これ」

「そんな感じで、ちゃんと寝坊せずに大学行けてたのか〜? ちょっと怪しくなってきたけど?」

「こんなんでも、ちゃんと目覚ましガンガンにかけて、起きれるようにはしてる。テンションの低さはどうにもならんけど」

「ふーん。ま、寝坊しそうだったら、これからは起こしてあげるから」

「それはすげぇ助かるわ」


 講義で遅刻はまだしも、万が一試験で寝坊で欠席とかあったら、追試も出来なくて単位を落とすことになる。

 そこに保険が出来るのであれば、それはとてもありがたい。


「そろそろ冷凍ご飯も、レンチンしようかな〜」


 こっちから見てても手際よく、楽しそうに料理をしている。


「意外とお皿とか、たくさん持ってるもんなんだね」

「うん。そんなに出番ないんだけど」

「まぁ相変わらずの性格で、友達そんなに呼んだりしなさそうだもんね」

「呼ばないだけで、話すやつぐらいはいるからな」

「だから、呼ばなさそうって敢えて言ってあげたじゃん」

「確かに。流石によく理解してるな」

「もっと褒めろ」


 さらっとこいつを家の中には入れているが、大学から知り合ってぼちぼち話すやつは、部屋に呼んだりしようとは思わない。

 ゲームやら、マンガやら相当な数をこの部屋には置いている。

 あんまり他人にペタペタ触られたくもないし、趣味についてどうのこうの大学で、でかい声で話されるのも嫌だし。

 大体、大学以外で会うとなると、外で飯を食うとかに落ち着く。


「よっしゃ、出来た!」

「やったー」

「はい、運ぶの手伝って」


 一緒に協力して、料理の乗ったお皿をテーブルまで運ぶ。

 並んだのは、肉じゃがとおひたしとひじきの炒めものに味噌汁、カブのゆかり和え。

 もし俺が、今後ずっと死ぬまで一人暮らしするとすれば、死ぬまで食うことがなさそうなラインナップが並んだ。


「どうですか、我が料理は!」

「まず、見た目がキレイなんだけど。俺が作るもの、大体野菜入ってても味噌とかソースで茶色くなるもん」


 おひたしのような、視覚情報として緑緑したものをまず食べない。

 サラダとかだって、食うと意外と食べにくくて考えた結果、味噌汁で解決する方法を選んだわけだし。


「おひたしぐらい作れや……。味噌汁作るより簡単やろ」

「どれほどの量にもならんやん」

「なるほど、男ってこういう考え方だから、男飯とかいうただ量が多くて、シンプルかつ体に悪いものとか作るわけだ」

「間違いなくそうだと思う」


 カブのゆかり和えだって、こんなきれいな見栄えの良い色になるのか。


「食べてみていい?」

「もちろん。召し上がれ」

「いただきます」


 見栄え良さに惹かれて、カブにまず箸を伸ばす。

 口に運んでみると、シャリシャリと食感も良くて、食べやすい。


「うまいな」

「そうだろう?」

「何かお前が昼に言っていたことが、分かったような気がするわ」

「え、なんて言ったっけ?」

「人が作ってくれた料理は、一段と美味しく感じるって言ってたやつ」

「……そうでしょ。そんなもんだよ」


 どのメニューを食べても、食べにくさは無くて箸が進む。

 その様子を、芽衣はずっとニコニコしながら見つめてくる。


「そんなにこっち見てどうかした? ってか、お前は食べないの?」

「人が、自分の作った料理を美味そうに食っている姿は、見てて嬉しいものなんだよ」

「そ、そうか……」


 こうして食べているところを、しっかりと見られているのは落ち着かないが、食べる手を進めた。


「私も食べよーっと。いただきまーす」


 少しすると、芽衣も箸を持って、自らの料理を味わい始めた。


「うーん、今日も良い出来栄え!」

「このクオリティを、毎日味わえると思っていいわけ?」

「うん。どうだ、嬉しいだろ?」

「嬉しさしかないな。明日からもずっと頼む」

「ふふ、何か頑固な拓篤をそこまで素直にさせる辺りに、更に達成感を感じるわー!」

「ここまでのレベルなら、何言われてもお願いしますって感じ」

「よしよし、素直なやつは嫌いじゃないぞー!」


 芽衣が勝ち誇った顔をしているが、ここまでの実力を見せられると、これからも是非ともお願いしたくなる。

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