7話「欲しい物」
「ぐぬぬ、冷凍庫の中身がギリギリだな……」
「何とか無理矢理押し込んでいけ? 閉まりさえすれば、なんとかなる」
「どうしようもなかったらそうするけど、整理してなんとかきれいに閉まらないものか……!」
冷凍するものと言っても、冷凍食品ぐらいなものと思っていたが、大きめの肉のパックを買ったのをラップに小分けにしたりして、想定以上に圧迫しているらしい。
冷凍庫って、どんなに大きくても絶対にこうして入らないと言いながら、押し込む時が来る。
実家の冷凍庫はなかなかの大きさなのに、気が付いたらこれが入らない、あれが入らないとか常に言ってるもんな。
「よし、これでいけるでしょ!」
そう言いながら芽衣が、冷凍庫を閉めようとすると鈍い音ともに、扉が反発してきた。
「……今日はこの中に入ってる冷凍ご飯、消費する方向性でもいい?」
「それできっちり閉まるなら、そうしよう」
「よし、ならこれを出しておけば」
多めに炊いて、ラップで分けておいた冷凍ご飯を取り出してもう一度トライすると、何とか扉が閉まった。
「よし、片付け終わり!」
「ありがとさん」
買った商品を全て収納し終え、やっと落ち着いた。
「今日の買い物の値段、結局何円になってた?」
「んとね……。ほい、レシート」
「おけ、じゃあこの半分を忘れないうちに渡しておくわ」
財布から、今日の買い物金額の半分を出して芽衣に渡す。
「ちくしょー、すっかり忘れているかと思ったのになー」
「忘れるわけねぇよ」
まだ自分がすべて食費を賄うという企みを、諦めていなかったらしい。
ただ、目の前にお金を渡されてしぶしぶ自分の財布に押し込んでいる。
「節約出来た分は、欲しい物充てて買えばいいのに。働いてるし、誰も文句言わないだろ」
「最近、欲しいってものが無いんだよねー」
「全く無いのか? 高校生までは、色々と欲しいって言ってたような気がするけど」
「それはうちが貧乏だからよ。みんなが話してたら、同じように欲しくなっちゃってた」
「……」
そうはっきりと言われると、どう返していいか分からなくなる。
当たり前だが、あんまりお金のことについては触れないほうが良さそう。
「それに、今ここに欲しいと思ってたもの、すでにあるんだよね」
「え?」
そう言うと、テレビの前に置いているゲーム機にそっと触れた。
「これがあれば、私は十分エンジョイ出来るぞ?」
「あー、なるほどね。ソフトも色々あるから、暇な時に好きなやつやったらいいぞ」
小さい頃からうちに遊びに来た時は、よくゲームをして彼女は遊んでいた。
そういうところは、変わっていないらしい。
大人の女性として、俺が到底分かりかねるようなことに興味を持っているのではと思っていたが、変わらずゲーム好きなのにはホッとする。
こういう共通の趣味があれば、会話も増える。
「なーにあたかも私一人でやるみたいに言ってるのさ。拓篤も一緒にやるんだよ?」
「それもそうだな。ただ、きっちり勉強終わらせた後にな」
「じゃあ、今日はもう出来るでしょ! 晩御飯の後にやろ!」
「いいぞ」
「よしよし、運任せのやつで振り回しまくって、拓篤を不機嫌にしちゃおっと!」
「俺もちょっとは大人になったから、ゲームでそんなに感情的にはもうならんぞ?」
「いや、あれはなかなか治るもんじゃないからね!」
そんな話をしながら、早速今日やるゲームを品定めする芽衣。
俺もなかなかにゲームは好きだから、種類は豊富に揃えている。
彼女がシンプルにやりたいと思ったゲームを、好きなだけやってもらおう。
そんな感じで、芽衣が今日やるゲームを決めた後、テレビを付けてのんびりとした時間を過ごす。
朝からフル稼働してきた俺は、かなりの眠気に襲われ始めている。
「眠い……。晩御飯までちょっと寝るわ」
「そうしとけ? ゲーム中に寝落ちしたら許さんからね?」
「俺もそんなんで負けたくねぇしな。ちょっとここにマット敷くわ」
親が持ち込んだものだが、来客時に寝るときに使えるマットが、丸めた状態で衣装棚の奥に立て掛けてある。
それを、今日から使っていこうと思っている。
「まだ出さなくていいんじゃない? 晩御飯前にまたわざわざ片付けるの面倒でしょ」
「そうなんだけど、取り敢えず横になりたい……」
「ここで寝なさい?」
ポンポンとベッドを叩いて、こちらに来るように促してきた。
「そこはお前が使ってるわけだし」
「私は、ベッドの縁に座らせてくれたら別にいいから。寝ている途中で蹴飛ばされたくなければ、こっちで休みなさい!」
「それは嫌だな……。そうするか」
割とガチでありそうだから、冗談としては受け止められない。
晩御飯を作るときに、マット広げてて邪魔になるのも事実なので、ここは素直に言うことを聞くことにした。
「はい、いい子だぞ〜」
ベットに横になると、早速俺の顔をツンツンと指で突付き始めた。
「子供みたいに扱うな。年は同じだぞ」
「私は数ヶ月働いて、かなり大人になったのだ!」
「の割には、ジュースぐらいで恥ずかしそうにしてたけどな」
「そ、それは大人としての意識が高まってきたから……!」
「別に大人でも、普通にジュース飲むやん」
「ぐっ……!」
そういう物を欲しがる辺り、素直で可愛らしいが、どうも本人は納得していないらしい。
「は、早く寝ろっ!」
「おやすみなさーい」
芽衣に早く寝るように促されたので、目を閉じてテレビの音を聞きながらウトウトした。
「本当にお疲れ様」
その間、俺の顔をツンツンしていた彼女の手は、いつの間にか優しく俺の頭を撫でる動きに変わっていた。
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