いがみ合いと悩み

 レンとの不穏な雰囲気をマナが怒りで静止させてから数時間、滅殺者スレイヤーについての授業が滞りなく進められていた。リュウトとレンはそれ以降大きなぶつかり合いは無い。


「それじゃあさっきレンにした質問の答えだ。現マスターは三人。名前はライラス、フドウ、そしてこの育成機関や拠点を建設したベインだ」


 マスターと書かれた楕円形の枠内に三人の名前が書かれる。


「彼等は滅殺者スレイヤーの頂点に立つ人達で、悪魔の動向を予測しながら、後続を育てる為に導いてる」

「先生!滅殺者スレイヤーの他の階級は?」


 生徒の一人が挙手しながら声を上げる。探究心あるその姿にマナは口元を緩めた。


「おおーいい質問じゃねぇか!滅殺者スレイヤーには四つの階級がある。名前的には三つだけどな」


 マナは黒板の文字を一度全て消すと、手を伸ばして届く場所に再びマスターと書いていく。続け様にマスターの文字を頂点にしてピラミッド型の図形を描いた。


「まずは一番下の階級の候補生、お前達の事だな。悪魔との戦闘を視野に一般的な学問も教えていく。実はこう見えてあたしは教員免許もある訳だ。すげぇだろ?」


 マナは自慢げにピラミッドの最下層に候補生と書き足し、今度は真ん中に滅殺者スレイヤーと記す。

 続け様にその文字の上下に、下級、上級と書き上げた。


「次が滅殺者スレイヤーだ。候補生が認定試験を受けて合格すりゃ成れるもんだな。そしてこの階級は二つに別れて、一つは一般的な下級クラスと、マスター候補として選ばれた上級クラスがある」


 マナは襟元にあるバッジを外して教卓の上に置く。十字架の形をしており中心には赤い宝石が一つあしらわれている。

 リュウトを含めた生徒全員が身を乗り出すようにバッジを見る。


「これが下級クラスの滅殺者スレイヤーの証だ。悪魔の討伐から対悪魔武器の管理とかしてる……まぁ4つある階級の一般的なもんだな」


 バッジを付け直すと、今度は上級と書かれた所をドアをノックする様に叩いた。その目はさっきまでの穏やかさが薄れ僅かに鋭くなる。


「次は上級クラスだ。この階級は成りたくてなれるもんじゃない。簡単に言えばマスター候補の奴らが選ばれるし、なるにはそれなりの条件もある」


 詳しくは言えねぇけど――と締めながら最後は候補生からマスターへ上る様に四階級に矢印を付ける。


「ざっとこんなもんだ。ちなみに上級クラスは今五人いる。ほらリュウト、ユウキも上級クラスなんだぞ」


 マナの言葉を聞いて、リュウトはまるで別の国の言葉を聞いているかの様に僅かに沈黙が続き、サイレンにも似た驚きの声を上げる。


「え……えぇぇぇぇぇぇ!!」

「うるせぇぞお前!」


 レンの言葉等耳に入ってない様でリュウトは目を丸くしながらマナの方を見つめる。だがマナもまた驚きの表情を隠せないでいた。


「え……リュウト、お前知らなかったのか?」

「うん……」



 なぜユウキは明かさなかったのか。予測が付かないマナが次の言葉に詰まっていると、大声に大声で返したレンが冷静な声色でリュウトに話しかける。


「なんだよお前、上級クラスの滅殺者スレイヤーと知り合いなのか?」


 その事にも驚いたリュウトだが、何も言わずに頷くとレンの方に視線を向ける。レンの顔は何かを考え込んでいるような、少し達観した表情を浮かべていた。


「いや……うん、実はちょっと前に助けられてここに来る事になったんだ」

「へぇーお前滅殺者スレイヤーに助けられたのか」


 滅殺者スレイヤーに助けられたという言葉に妙に関心を寄せるレン。何か言ってくるのかと黙っていたリュウトにレンはなんの躊躇もなく言い放った。


「それなら余計その上級クラス様の守り損にならねぇ様に命を大事にすりゃいんじゃね?滅殺者にならずにさ」

「……」


 リュウトにはもう返す言葉が無かった。

 同時にマナも怒りに任せてレンに言い返そうとするも、リュウトの姿を見て言葉が詰まる。これまでも含め何も言えず、ただ俯くだけの姿に否定が出来なかったからだ。

 マナはこれ以上の最悪を防ぐ為、半ば強引に声を上げる。


「じ、じゃあ滅殺者スレイヤーの授業はこの辺で、今から普通の授業をするぞ」

「へーい」


 レンは気だるそうに返事をすると自分の席へと戻っていく。

 それ以降、何の揉め事無く授業は終えられた。本物の空を映像で映した窓を見るレンと、授業を聞いているのか怪しい俯いたままのリュウトと共に。


「ーーって事があったのさ」


 授業が終わり、屋上で今日の出来事を話すマナとそれを苦笑いで聞いているリサ。

 ビルから見える景色は、沈みかけた太陽のおかげで茜色に染まっていた。


「先生もなかなか大変そうね」


 リサは労いの言葉を掛けながらジッと景色を眺めている。マナは長い溜息を吐くと抱え込んでいたものをゆっくりと出していく。


「レンは何であんなに尖ってんだか。リュウトはリュウトで言い返さないっつーか、もっと強気で行ってもいいのにな」


 タバコを吸い終わりコーヒーの空き缶に吸い殻を入れるマナ。リサと合流し話し始めて三十分弱。

 吸い終わったタバコの本数は五本目を超えていた。

 やるせない思いをタバコに乗せて吸っていくマナに、リサは小さな溜息を漏らした。


「そのレン君はわからないけど、リュウトの事ならちょっとわかるかもな」

「そうか?」


 リサは頷くと、落下防止の柵にもたれ掛かる様に体勢を変える。そして薄暗くなってきた空を見上げたまま話し始めた。


「ちょっといい例えじゃないけど、もし現状のまま上級クラスが全滅して、次の候補がマナだったらどうする?」

「何言ってんだ、そんなん生徒達もいるしそもそもあたしには……あ」


 マナは何かを察したのか、小さく口を開けてぽかんとする。リサは僅かに微笑むと、わかった?と言いたげに頷く。


「そう、そういう事。自信がないの」


 ビルの下に視線を向けると、黒いコートに身を包む者やスーツを着こなした者がビルから出て行く。


「何かをするのにすぐ立ち上がって動ける人もいれば、立ち上がるのに時間がかかる人もいる」

「でもあいつにはーー」


 マナが言いかけた言葉の先がわかったのか、リサは遮る様に口を開く。その声色は、僅かに怒りにも似て低くなる。


「今さ、それを伝えてリュウトの自信になると思う?仮に話してもプレッシャーと恐怖にしかならない」


 気迫に押された部分もあるが、リサの言っている事は間違いではなかった。マナは口篭りながら弱々しく呟く。


「それもそうか……」

「先生がそんな落ち込んでたら大事な生徒も落ち込むよ?今は少し様子を見てみよ」


 少し強く言い過ぎたと察したリサは、マナの肩に優しく触れて励ます。マナは静かに頷くと六本目のタバコに火をつけた。


「わかった、忙しいのにありがとな」

「大丈夫よ。マナも無理しないでね」


 用事があるから行くね――そう行ってリサは、屋上を後にした。


「ふぅ……そう言われてもなぁ」


 一人残され、空へ向けて吐いた紫煙を見つめる。様子を見ようと言われたが、マナ自身はまだ納得出来ないでいた。

 だが良い案も見付からない。

 柵に両手を置き頬杖を付くと、茜色から暗くなっていく街並みを見つめる事しか今は出来なかった。


 一方マナがリサと話していた頃、リュウトは一人寮への帰路を歩いていた。だが朝の時とは違い、まるで枷でも付いているかの様に足取りが重い。


「守り損か」


 リュウトはレンに言われた言葉が返しのついた針の様に深く突き刺さり抜けずにいた。


「おれは……強くなれるのかな」


 守りたい。その思いで現れた剣。

 でも結局は無我夢中で、最後は自分しか守れなかった。

 この先自分が戦っても何も守れないんじゃないか?

 そんな不安がリュウトの中で恐ろしい速さで増えていく。


「皆は、頑張れって言うと思う。でも頑張ってなれるもんなのかな……」


 意味もない自問自答を繰り返すリュウト。

 だがその瞬間は突然現れた。

 リュウトの体を体調不良とは違う重みが襲いかかる。重力にも似た暗く冷たい気配。


「何これ、でもこの感覚は……」


 体が重くなっていくこの黒い気配に覚えがあった。

 教会を襲われた時と同じもの。リュウトは感覚が重苦しくなるのを頼りに繁華街から外れた道に入る。

 薄暗い路地裏を走り抜け、通った事の無い道を進んでいく。

 やがて港の近くに建てられた倉庫群に出た。


「多分この辺だと思うけど……」


 リュウトが辺りを見渡していると一瞬、視界の端で大きな黒い影がとある倉庫の奥の方で動いた様に見えた。急いで倉庫の横を通り抜ける。

 そこにはもう一件建てようと思ったのか、広めの広場になっている場所に辿り着く。

 だがそれよりも、リュウトは視線の先の光景に目が離せなかった。


「グゥゥゥ貴様ァ……」

「……」


 苦しみながら傷口や口から黒血を垂らす異型ーー悪魔。

 後からジリジリと歩み寄るのは、リュウトとあまり歳が変わらなそうな女の子だった。

 赤茶色の長い髪と右手には細身の剣が握られている。


「お前の顔……忘れないからナァ……」


 そう捨て台詞を吐きながら、悪魔の体は黒い砂と化した。

 理解が追い付かない光景に目が離せないでいたその時、突然リュウトの意思に関係なく右手に剣が現れた。

 その瞬間、女の子がこちらへ振り返る。

 やばい――。直感でそう感じたリュウトは急いでその場をから駆け出す。

 リュウトの姿が倉庫群の中に消えた数秒後に女の子はリュウトが居た位置に到着する。


「……」


 リュウトが立っていた辺りの地面を触りその手を見つめる女の子。

 だがその後は何事も無かった様に女の子も倉庫群から離れた。


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