緊張の出会い
建物の案内から翌日。
リュウトはビルの中でマナと合流していた。しかしその目元には僅かに眠れなかった証が浮かび上がっている。
「よう、よく眠れたか?」
「ぼちぼちかな……」
「なんだ部屋にお化けでも出たか?」
「違うよ!ただ……」
緊張して眠れなかったのだろう。マナはそう察して悪戯っぽく笑いながらリュウトを見る。
「まぁとりあえず行くか、お前の初登校だな」
体が強ばるように緊張するリュウトとは裏腹にマナは機嫌良くエレベーターに乗り込む。
昨日と違い、エレベーターは地下へと降りていった。
ガラス壁から見えていた陽の光は一瞬にして静かな闇へと変貌を遂げる。
「昨日もちょっと言ったが、候補生は地下にある育成施設で学ぶんだ。教室や訓練用の武器庫、模擬戦用の広間もある」
「すごいね……そもそもここは誰が作ったの?」
マナはエレベーターのドアに取り付けられた縦長の子窓を見つめながらリュウトの問いに答える。
「三人いるマスターの内の一人さ 」
「マスター?」
マスターという言葉にリュウトは覚えがなかった。素直に聞き返すと、マナは意外そうな表情を浮かべながらリュウトに視線を移す。
「あぁそっか、その辺もまだだったな。とりあえず教室に行ったら紹介してやる。その後に復習がてら教えてやるよ」
マナが言い終わった直後にエレベーターがタイミング良く地下二階に到着する。十メートル程の一本道の廊下の手前と奥に、距離を置くように部屋の入口が造られていた。
マナはエレベーター近くの扉を無視して奥の扉へと歩き出す。
「教室は二つ。クラスも二つある。奥のをあたしが受け持ってんだ」
マナは普通に話しているが、リュウトはもうそれどころではなかった。緊張と不安が渦を巻いて暴れている。
マナがゆっくりと教室の扉を開き、入っていくマナに続いて教室に入る。陽の光が入らない代わりに蛍光灯が煌々と点いていた。
「おはようさん、皆出てきて何よりだ」
その部屋の中では学校特有の机が置かれ、十数人のリュウトと近い子供がそれぞれに座っている。
すると一番奥の列に座る一人の少年が、リュウトを見ながらマナに話し掛けた。
「なぁ先生そいつ誰だよ」
「待ってろ今から説明してやる。まぁ察しはついてるだろうがお前らの新しい仲間だ」
マナは生徒達に背中を向けるとリュウトの名前を黒板に書いていく。リュウトはバレない様に生徒達に視線を向けると、皆黒板の方を向いていた。
書き終わったマナは優しくリュウトの背中に触れて話すように促す。
「んじゃ自己紹介頼むぜ」
「リ、リュウトです、よろしくお願いします……」
震えてる上にか細い声で話すリュウト。見てるだけでわかる程、緊張は頂点に達している。
「もっとでかい声で言えよ!聞こえねーぞ!」
そんな中、リュウトに更に追い打ちをかける様に教室の奥から怒号が響く。最初にリュウトが誰か聞いた男の子だった。
リュウトはとっさに出せる力を絞り出して声に乗せる。
「リュウトです!よろしくお願いします!」
「あーうるせーよ!加減知らねぇのか!」
頑張って言ったのに……そんな思いを口には出さず、怒る男の子に視線で表現する。すると男の子はリュウトを睨み返し僅かに声を低くした。
「なんだお前、やろうってのか?」
男の子が立ち上がりゆっくりとリュウトに歩み寄る。だがその時、リュウトはユウキからの言葉を思い出した。
問題は起こさないように――。リュウトはすぐに視線を逸らす。不服な思いを拳で我慢しながら。
「いや、何でもない……」
「ったく、怖気付くなら最初から歯向かうんじゃねぇ。大人しく隅にでもいやがれ」
事態の収集が着きそうにないと察したマナがついに口を挟む。
「レン、毎回新入生いびりすんな」
登校初日。リュウトは緊張と目の前の事態に落ち込む他なかった。
一方レンと呼ばれた男の子はリュウトを睨みながら自分の席へと戻る。
「まぁとりあえず座れ。リュウトは空いてる席で構わん。今日は復習がてら
「新入生様のせいで復習だとよ」
レンが気だるそうに誰に言う訳でも無く言葉を突き付ける。するとマナの中で抑えていた怒りが沸騰しかけの鍋のように煮え出す。
「レン、お前いい加減に――」
「いいよマナ……おれのせいでごめん……」
「へっ!お前みてぇな弱いのが
気落ちして弱々しいリュウトに更に強気になって言葉を投げ付けるレン。マナの中で煮えていた鍋が抑えきれず、ついに大きく吹きこぼれた。
「いい加減にしろッ!!」
マナの怒号はレンのそれより遥かに超えて大きかった。新しい生徒にはしゃぐ生徒と、レンを煽る生徒の声が一瞬で静寂に変わる。
「レンは少し言い過ぎだ!新入りに優しくできねぇのか?」
レンは反発と反省を混ぜ合わせた様な表情で壁の方へ視線を逸らす。マナは小さくため息を吐くとリュウトの方に目線を向けた。
「リュウトももうちょい強くなれ、じゃないと言われたまんまだぞ?」
納得の行かなそうなレンと、落ち込んで何も言えないリュウト。問題を起こしたくない思いが強くなり、ただ罵倒されるだけの状態となっている。
「まったく……それならレン。授業で復習が嫌なら授業外でお前が教えてやれ」
悪戯を思い付いた子供のようにニヤニヤと口元を緩ませレンを見るマナ。
そんなマナとは裏腹に、レンは机を叩きながら立ち上がり反抗した。
「はぁ?なんでおれがコイツなんかに!」
「嫌なら素直に復習を受けろ、現マスターは何人いる?そして名前は?」
言いかけた言葉を遮られた上に質問の内容も覚えていない。レンは観念したのか、視線を斜めに逸らしながらゆっくりと椅子に座り直した。
「……わかったよ、復習でいいよ」
「偉いじゃねぇか、覚える事は大切だぜ」
マナはニッと歯を見せながら笑みを浮かべると、黒板のリュウトの名前を消して
小さな雑談が聞こえていた教室も、授業が始まるとマナの声だけが響いていた。
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