第35話

「あのな。みんなよく聞いてほしいんだ。リュシオンは人間の血を受け付けない。皇家の血だってダメなんだ。

 たぐいまれな純血種のリュシオンは、同じ濃さを持つ俺か、リュースの血以外は受け付けない。

 大量の人間の血を輸血されて、リュシオンの身体は今、分子レベルから拒絶反応を起こしてる」


 想像もしなかった事態に、アリステアが真っ白な顔色で寝台を振り返った。


 血の気が引いたアリステアより、寝台で苦しむリュシオンの方が、はるかに顔色が悪い。


 それが現実を物語っていて震えが止まらなかった。


「気づくのが遅すぎた。輸血された事故当時から、すでに3ヶ月以上過ぎてるんだ。

 今日まで耐えられたことの方が奇跡に近い。リュシオンの身体は、すでに限界にきてるんだ。今強引に血を抜き出すことはできない」


 それは死期を早めるだけだと冷静な声が告げる。


 たまらなくなってリュースが感情的な声をあげた。


「じゃあ、どうするんだよっ!? このままの状態が続いたって親父殿はっ!!」


「落ち着けっ!!」


 一喝されてリュースは悔しそうに唇を噛む。


 さっきディアスが張本人を殺したいと言ったのも、今なら納得できる。


 いや。


 リュースだって殺してやりたいくらいだ。


 事件の関係者を皆殺しにしても構わない。


 リュシオンが今味わっている苦しみを思えば、それくらいの処罰でも足りないのだから。


「今のリュシオンにはショックに耐える体力がすでにないんだ。それだけじゃない。余力もない。今の症状に耐えるのでやっとなんだよ。だから、意識が戻らないんだ。限界にきてるから」


「……ちくしょうっ」


 リュースが吐き出したらしくない言葉。


 聞き止めてもだれも咎めることはできなかった。


「毎日、少量の血を負担にならないように抜き出すしか方法はない」


「何日かかるんだよ、それっ」


「俺だって怒鳴り散らして、現実逃避したいけど、仕方ないだろっ!! それ以外にリュシオンを救う方法がないんだからっ!!」


「……ごめん」


 決してディアスが平気だと思っていたわけではない。


 自分の感情に負けただけだ。


 昨夜ディアスにしっかりしろと、偉そうに言っておいて、今頃自分でなにを取り乱しているんだか。


 ディアスによく言えたものだ。


 リュースだって冷静さを失うくせに。


「悪い。俺もおまえに当たった」


 早口の謝罪にリュースが首を横に振る。


 本当にお互い様だった。


 謝ってばかりいても意味はない。


「アリステア」


「……」


 名を呼ばれても返事を返せなかった。


 ぼんやりとただ見返すことしか。


 こんなことをジェノールに、父にどう言えばいい?


 役職を引き継ぐときに、あれだけリュシオンを頼むと言われたのに、いったいどう言えば……。


「しっかりしろよ、秘書官っ!!」


 キツイ叱責の声はリュースからだった。


 反応してアリステアの背筋が伸びる。


「リュース」


「自分の立場を忘れるなよ。おまえは秘書官なんだ。ディアスが呼んでる。行けよ」


 その重さを忘れるなと親友の皇子が言う。


 泣き笑いの顔で頷いて、アリステアは秘書官として祖王の前に立った。


「これからしばらくのあいだ、おまえに執務を一任する」


「それはリュシオン陛下としてですか?」


「そうだ。リュシオンには不在になってもらう。理由は適当にそっちで考えてくれ。俺はリュシオンの容態が落ち着くまでかかりきりになるから。わかったな?」


「ジェノール前秘書官に協力を仰いでも構いませんか?」


「おまえの判断に任せる。ただし公爵には知られるな。知られる可能性があるなら、ロリオン(リュシオンの義兄にして義父)にも知らせなくていい」


「侯爵にも……」


 エルシオン侯爵はリュシオンの姉姫を奥方に迎え、聖稀エディスターシャを次女とする宮廷での実力者である。


 侯爵家の持つ意味はかなり大きいが、公爵に悟られないためには省けと言われ、アリステアは驚いた。


「後はおまえの采配に任せる」


「承知致しました。必ずご命令通りに致します。ご安心ください」


 一礼した秘書官の頭をクシャッと撫でて、ディアスが優しく微笑んだ。


「そんなに緊張するな。おまえならできるから」


 無言で頷いたアリステアに頷き返して、ディアスは出ていく後ろ姿を見送った。



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