第33話
音を立てないように扉を開けて、部屋の中を覗いたディアスは、思わず大きなため息をついた。
そのまま扉に背中を預けて、中央にある寝台を眺める。
朝の光が注ぐ寝室。
寝台の中には青い顔をした世継ぎの君。
その傍らには付き添ったまま眠っているリュシオンの姿があった。
これが運命なのだろうか。
なにも言わなかった。
教えなかったのにリュシオンは、どうやってリュースの部屋までやってきたのだろう?
なにも憶えていないくせに、どうしてリュースに付き添ったまま、一夜を過ごしたのだろう。
記憶なんてなくても、親子の絆は揺らがないのだろうか。
もう一度癖になったようにため息をつくと、弾かれるようにリュシオンが振り向いた。
リュースも眠そうに目を開ける。
「ディアス」
驚いたように名を呼ぶ声に笑ってみせて、ゆっくりした足取りで近づく。
「なにやってるんだよ、勝手に。部屋にいないから心配したじゃないか」
「ああ。世継ぎの君が寂しがるから、部屋に戻りそこねた」
「リュースが寂しがる?」
意外だと目を丸くして、ディアスが覗き込めば、リュースは何故かプイッと顔を背けた。
(あや? バレたかな、これは……)
本当は青くなるような気分だったが、ディアスは平静を装ってリュシオンを振り向いた。
「とにかく朝の診察の時間だ。おまえはそろそろ部屋に戻れ」
慣れた態度で髪を撫でるディアスに、リュシオンは何故か気まずい顔をしている。
「どうした?」
「……戻りたいのはやまやまなんだが、ここは……その、どこなんだ?」
意外な一言にディアスが眼を見開いて絶句すれば、リュースも呆気にとられてリュシオンを凝視した。
ものすごく照れているのか、リュシオンはうつむいて顔をあげようとしない。
それでようやく冗談でもなんでもないと気づいた。
「おまえ、まさか……」
訊ねかけて、そのまま言葉が途切れてしまったディアスに、リュシオンはますます身の置き所がなくなっていく。
「夜中に散歩に出たまではよかったんだが、部屋から出たのは初めてで、その、歩いているあいだに、どこにいるのかわからなくなったんだ。照明も暗かったし、構造がどこも同じにみえて……その」
「部屋に戻れなくなったんだな?」
呆れ返って嘆息まじりに呟けば、リュシオンはうつむいたまま首肯した。
心なしか耳が赤いような気もするが、さすがにからかう気にはなれない。
「まあたしかに内部構造を知らないと、聖宮はどこも同じにみえるよな。回廊や廊下の作りや部屋の間取りなんかは統一しているから」
慰めのつもりなのだが、ディアスの口調には、どうしても呆れの色があった。
自分の宮で迷子になってどうするのだろう。
記憶がないと言ってしまえば、それまでなのだが、それにしても……。
呆れたため息がキリもなく唇から落ちて、気を取り直すように、ディアスが派手に手を打ち鳴らした。
恐縮していたリュシオンが、ビクッと身を震わせると、部屋に侍従の姿が現れた。
(ああ。侍従を呼んだのか。びっくりした)
あからさまにホッとした様子を覗かせるリュシオンに、ディアスはますます脱力する。
無意識に肩が落ちそうになるのを必死になって耐えた。
「悪いがこいつを部屋に連れ戻してくれ。診察まで時間がない」
「皇子のお世話は」
「俺がする」
「かしこまりました」
一礼した侍従に先導されて部屋から出ていくとき、リュシオンは惹かれるように背後を振り返った。
寝台で上半身を起こしたリュースが、食い入るようにリュシオンをみている。
言葉にならない想いを一途に訴えるその瞳に、リュシオンが優しい微笑みを投げた。
見慣れた大好きな微笑みにリュースが眼を瞠る。
「不味くても薬は捨てるなよ、世継ぎの君」
皮肉まじりのからかいに、リュースが顔を真っ赤に染めて絶句する。
その顔に朗らかに笑って、リュシオンは部屋を後にした。
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