第32話

「どういうことなの、兄さま? 父様を治せるの?」


 父親の手を握りポロポロ泣いているリアに近づいて、リュースはその髪を撫でた。


「兄上……」


「そう心配するなよ、ふたりとも。俺はいい情報を掴んだからさ」


 そこまで言って弟たちを安心させてから、リュースは改めて親友の秘書官を振り向いた。


「あのさ、俺たち皇族は一般と同じ治療はダメなんだ。生態組織からして別物なんだから」


「あ……ああっ!?」


 すっとんきょうな声をあげるアリステアに、侍医の方は納得して頷いていた。


 思った通りこんな簡単な事実に、だれも気がついていなかったのだ。


 まあそれだけリュシオンの一大事に、我を失うほど動揺していた証拠でもあるが。


 肝心の侍医やディアスまでが、同じ反応をみせるなんて、ちょっと困る。


 呆れ返ってリュースは嘆息をひとつついた。


「ややこしい説明は省くけど、俺たちは生態系からして、一般とは別物なんだ。自ずと治療法も違ってくる。

もし親父殿の身元を知らない当地の医師たちが、ただケガのショックで眠っていた親父殿に、なんらかの処置を施していたら、どうなると思う?」


「……ものすごくマズイですね」


 初めて意味を理解して、アリステアは心持ち青ざめた。


「そう。マズイんだよ。力を封じていたから、覚醒が遅れたんだと思うけど、向こうの医師にしてみれば、それは理解の外にあるんだ。

 あの事故はかなりの大惨事だったらしいけど、例えば親父殿が流した血の量が普通じゃなければ、向こうの医師は焦るだろうしね。

 医師としては当然の処置を施すはずだ。だけどそれが親父殿にとっては危険な処置だったんだよ」


「それはたしかに」


「すぐに調べてくれ。子細漏らさず、すべてだ。これ以上長引くと親父殿の体力がもたない」


「はいっ」


 慌てたように駆け去っていく後ろ姿を、リュースはホッと安堵の息を吐いて見送った。


 同じように秘書官を見送ったディアスは、対照的に気力の抜けた顔をしていたが。


 振り向いてぺちぺちと頬を叩くリュースに、ディアスがぼんやりした眼を向ける。


「しっかりしてくれよ、ディアス。英雄王の名が泣くぞ。いつものディアスなら、俺が気づく前に気づいてるはずだよ。このていどのこと」


「……どうせ俺が動転してたから悪いんだ」


「親父殿みたいな開き直りやめろよ、おい」


 あんまりまともに呆れられ、ディアスは気まずくなって、不機嫌を装いプイッと顔を背ける。


 呆れた祖王にリュースはまたため息をついた。


「にしても、いったいどんな治療をしたら、ここまで悪くなるんだ?」


 リュースの素朴な疑問に、侍医が悩むように視線を泳がせる。


 だが、これといって思い浮かぶ治療法はなかった。


 逆に言えば全部が禁じられた方法なので候補がありすぎるのだ。


 この段階で特定するのは難しい。


 照れと困惑から顔を背けていたディアスが、ポツリと呟いた。


「成り行きで仕方のない処置だったのかもしれない」


「ディアス?」


「身分を知らなかった。その一言で仕方のない事態になるのかもしれない。それでも俺は許せない」


「……」


「1番最初に正体がわかった段階で、叩き潰してやればよかったっ!!」


「過激だなぁ。さすが戦乱の時代に生きてる英雄王だ」


 戦を常とするディアスの考え方は、時にとても厳しく容赦がない。


 生と死が隣り合わせの時代だから、ディアスの気性は烈火のごとき激しさだ。


「おまえな。こんなリュシオンをずっと見守っていて、仕方がなかったって笑って許せるのか? できるわけないだろ。おまえにだって」


 まだリュースに一本取られたことで拗ねているのだろうか。


 ふてくされた顔でそう言われ、リュースは軽く首を捻った。


「そりゃあ俺だって報復処置はするけど、叩き潰しはしないなあ。いくらなんでも。相手は一応公爵家なんだし」


「嘘つけ。おまえが俺の立場だったら、絶対に同じこと言ってるよ。おまえの性格は1番俺に似てるんだぞ? わからないわけないだろ、俺に」


 何故か、本家本元だぞ、などと威張るディアスに、リュースは呆れて笑い声を立てた。


「そこで笑うなっ」


「はいはい。好きにしろよ。さすがに親父殿をここまで悪化させたら、笑い話じゃ済まないからね」


 ここまで言ってから、リュースは蒼い瞳を鋭く煌めかせた。


「秘書官だって絡んでるんだ。すでに事は動き出してるよ。たとえ公爵家といえど言い逃れは許されない」


 言葉の裏側に「赦さない」と込めたリュースに気づき、ディアスもようやく余裕の笑みを浮かべた。


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