第31話
「父様……」
泣きながら枕元で両手を合わせて額に当てているのは第一皇女のリアムローダだった。
頬を伝って零れる透明な雫。
傍で立ち尽くす双生児の兄、第二皇子サラディーンにも言うべき言葉は見つからない。
リアはリュシオンの手を握って震え泣いている。
その手は信じられないほど熱く、また力なく細かった。
急激に痩せたことを実感させられる。
リュースの計らいで、すべてを知ったふたりだが、その直後にリュシオンが、これほど容態を悪化させたのである。
事情を知る者はみな不眠不休だが、サラとリアも眠ろうという気にならなかった。
今はただ懇々と眠るリュシオンが目覚めるときを信じて待つしかない。
まだ幼いふたりには荷が勝ちすぎていた。
そんなふたりの姿をみて、ディアスがギリッと唇を噛み締める。
そのまま切れて血が出るほど強く。
だれも……声を出せなかった。
「ディアスがそんなに取り乱してるところ、初めてみるよ、俺」
柔らかく揶揄する声に部屋にいた全員が同時に扉を振り向いた。
凭れかかるように立っていたのは、寝台の住人のはずの世継ぎの君だった。
「リュースっ」
心配して駆け寄ってきた親友に「大丈夫だ」と笑ってみせて、リュースは支えの腕を断った。
自分の足で歩ける。
少なくとも今のリュースは、リュシオンの容態ほどひどくない。
ひどく重い足取りでリュースが近づいてくるのを、ディアスは食い入るように見ていた。
動くことも制止することもできずに。
「しっかりしろよ、ディーン・ディアス。落ち込むのはまだ早いよ」
傍らまでやってきたリュースが、乱れた呼吸とは裏腹に、しっかりした口調でそう言った。
「セインリュース……」
「報告書。俺も読ませてもらったけど、ひとつだけ気になることがあってさ」
「……え?」
まるで空気の抜けた風船のようなディアスに、リュースは「これはダメだ」とぼやく。
慌てて親友の姿を捜し、背後に立っているのを見つけた。
「アリステア」
「はい」
「ひとつだけ確認しておきたいんだけど、あの報告書の親父殿を意味する『ラス』な。あれ神帝としてではなく、身元不明の一般人として扱われてるのか? それとも制作の段階から、親父殿だと意識して構成しなおしたのか?」
「いえ。あれは報告を有りのままに纏めようとしましたから、陛下は皇族ではなく身元不明の少年扱いですね。それがなにか?」
気掛かりだった一点を確かめて、リュースはホッとしたような笑みをみせた。
「じゃあ、もう一度調べなおして確認してほしいことがある」
「いったいなにを?」
「親父殿が事故にあい、意識を取り戻すまでの1週間に、当地の医師が行った救急処置の方法を、ね」
「あ……」
リュースの言いたいことに気づいて、ディアスは愕然として、その場に立ち尽くした。
「なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだ、俺?」
気力の抜けた声に振り向いてリュースが笑う。
本当にリュシオンのことでは、冷静さの吹っ飛ぶディアスに。
「だから、しっかりしろって言ったんだよ。頭に血が登って、なぁんにも考えてなかったから、そんな簡単なことにも気づかないのさ」
「ちょっとキツイぞ、それ」
拗ねたようにディアスは顔を背けた。
普段なら拝めないその顔に、リュースの笑みが深くなる。
「ほんと。ディアスがこれほど自分を見失うとは思わなかったよ。本気で親父殿が弱点なんだな、ディアスは」
「うるさいっ」
面白そうにからかわれ、ディアスが珍しく赤くなる。
「いいか、アリステア? 治療の方法を事細やかに調べるんだ」
「どういうことでしょうか?」
「おいおい。おまえもか? しっかりしてくれよ、ほんとに」
状況に関われなかったリュースが、1番冷静なのは本当に意外だった。
あるいは関わっていなかったからこそ、彼は平静を保てたのかもしれない。
リュシオンに弱いという点において、リュースだって例外ではないのだ。
始めから関わっていたら、きっと彼も冷静ではいられなかった。
本当に世の中なにが幸いするかわからないものである。
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