第26話

「そちらの方は全くダメだ。なにも思い出せない」


「そう……」


「本当はそろそろ領地へ帰る頃ではなかったか? たしか滞在期間は過ぎているはずだが」


 城で受けた説明では、公爵家の兄妹の滞在日数は1週間という話だった。


 現在はすでに10日目に突入している。


「それが神帝陛下から滞在を引き延ばすようにご命令があって」


「神帝……」


 この場合はたぶん7代神帝じゃなくて、身代わりをやってるディアスのことだな。


(それにしても7代神帝の留守は長くないか?)


 自分がそうだと知らないとはいえ、とことん呑気なリュシオンである。


「あなたは今どこにいるの? ずっと捜していたけれど姿も見掛けなかったわ」


「それは当然だろうな。俺はさっきまで聖宮にいたんだ」


「聖宮?」


 よほど重要な名称なのか、言ったとたんにラスティア孃の顔色が変わった。


 意外な反応にリュシオンは内心で戸惑う。


「半監禁状態で何度頼んでも出してくれなかったんだ。今はちょうど隙を見つけて出歩いているときに、こっちに出てくることができたんだが」


「半監禁状態ってだれに?」


「あ……ああ。その、今話に出ていた神帝陛下だ」


 ものすごく言いにくそうな答えに、ラスティア孃が青ざめた顔色で立ち尽くす。


 彼女のそんな反応を眼にして、リュシオンはすこし複雑な気分だった。


 普段あまり意識しないがやはりあんな奴でも、周囲にとっては雲上人の神帝なのだろう。


 正体を思えばそれ以上か。


 実物と逢っていると、どうも敬う気が起きなくてふしぎだが。


(どこをどうみれば、英雄にみえるんだろう、あれが?)


 実に失礼な思考なのだが、本人には自覚はない。


 特別扱いできない感覚が、本来の自分に属するものだということも。


「そういえば世継ぎの君に面会はできたか?」


「いいえ。世継ぎの君は今回はだれにもお逢いにならないわ。その旨は最初から通達されていましたから」


「じゃあ用意した見舞いの品もまだ?」


「それは機会をみて、いずれお父さまが渡してくださるはずです」


 しごく当然と答えるラスティア孃を前にして、リュシオンはしばし悩んだ。


 実は渡そうと思えば今日にでも渡すことができる。


 当然のことながらリュシオンは面会は自由なのだ。


 ただ単に最近はあまり散歩の許可が出ないから、逢える時間が限られているだけでリュースには毎日逢っていた。


 見舞いの品はもう用意しているのだという。


 仲介として渡せば、すこしは彼女の役に立つだろうか?


 助けられたのか、助けたのか謎だが、とりあえず世話になった恩はあるのだし。


「よかったら俺が皇子に手渡そうか?」


「あなたが?」


「ああ。俺は毎日逢っているから、渡そうと思えば渡せるんだ。逢いに行ったついでに手渡せば皇子は受け取るだろうし」


 想像した以上にリュシオンが破格の扱いを受けていて、ラスティア孃は強ばった顔で見返した。


 目の前にある端正な彼の顔を。


「贈り物を拒否するような皇子じゃないから安心すればいい。本当によければ俺が仲介で皇子に手渡そうか?」


「あなたは聖宮でいったいどんな暮らしを……」


「暮らし?」


 どうしてそんなことを問われるのかわからない。


 リュシオンの顔には、はっきりそう書いていた。


「リオンクールにいた頃と、そんなに変わらないと思うな。やっぱり1日の多くは寝台の上で過ごすし」


「そういう意味ではなくて……」


 言いかけて彼女はためらいやめてしまった。


 問えば彼が遠くなるような気がしてできない。


 皇族に大事にされている、その意味を訊ねることは。


(なんだろう。彼女の様子が変だ。俺はそんなに特別な扱いを受けてるのか? たしかに祖王や世継ぎに自由に逢えるというのは、破格の扱いには違いないだろうが、別に俺が望んだわけじゃないし)


 あまりにディアスやリュースが普通の少年そのものなので、リュシオンはすっかり感覚が麻痺していた。


 皇族に対する周囲の態度が大げさにみえるくらいだ。


 ……重症である。



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